1周期目-最悪だったフォローアップ
(※去年の話です)受精した1個も胚盤胞までは育ちませんでした培養士さんから『もし何か質問とかがあるなら, ドクターとフォローアップが出来るから申し込んだら良いよ』と言われたので,早速 担当医の秘書に連絡すると, 彼は次の週から冬休みに入り,次に空いてるのがほぼ6週間後との事ごめん••• そんなに待てないワという事で, 他のドクターで対処してもらうことに。(これが失敗だったのだけど•••)そして翌日, 仕事帰りに二人で話を聞きに行きました。ドクターはテキパキしてる感じの女医さんでした。先ずはデータを一緒に見ていき, 情報を共有。そして彼女の意見を聞いてみました。曰く,『全てパーフェクトだと思う。薬も採卵のタイミングもベストね。確かに受精率が低いけど, そういう事もあるのよ。今回, たまたま運が悪かったって感じかしらね』え? 運が悪かっただけ?? そういうものなの???次回, 受精率を上げるために薬を変える可能性があるかと聞くと,『どうしてもというなら変えるけど, 私はこれで合ってると思う』とのこと。採卵前のエストロゲンの数値が異常に高いけど,それでも次回も同じやり方をするのかと聞くと,『トリガーは変えても良いけど, PCOS気味だし,(OHSSになる)リスクは常にあるから, このままで大丈夫だと思う』とのこと。そして繰り返される『運が悪かっただけ』という言葉•••慰めようとしてくれてるのかもしれないけど,改善の可能性の話をしないで 『運』で片付けられることに,何とも言えない気持ちが沸き起こってきました。それをググッと飲み込んで, 今度はM I の未成熟卵について,これを体外培養して顕微授精する事は可能かどうかを聞くと,『M I は未成熟卵。体外培養してもクオリティは変わらないから培養する意味がない』とバッサリ 。えぇぇ・・・・・・ そっかぁ・・・ そうなのかぁ・・・でも 体外培養して成熟卵子に育つこともあるって複数の病院のサイトやコラムで読んだのだけど・・・モヤモヤする気持ちを またしてもググッと飲み込んで,今度は半分体外受精, 半分顕微授精にする事は可能かと聞くと,『採卵した時点で どれが成熟でどれが未成熟かなんて分からないのだから,そんな半々で行うことなんて出来ない』とかなりの呆れ顔。『体外では周りの細胞が必要だし, 顕微ではそれを取り除いて受精の操作をする,やり方が違うのだから無理よ』とのこと。いや, きっちり半分というわけではなくて、例えば今回 15個取れた卵子を無作為に2グループに分けて,それぞれに体外と顕微を行う事は出来るのかが聞きたいのだけど,と言い直すと こちらが話終わる前に『一体何のために(そんな風に分けるの)?』と食い気味に聞かれました今なら, 確かに彼女の言い分も分かります。日本と違って 採卵数や培養数, 受精数で料金形態が変わるわけではないので,顕微1個も 顕微10個も同じ料金内なのです。既に顕微の料金を払っているなら、何故 体外もする必要があるのか。彼女の言いたいことはよーーっく分かります。でも言い方!!!さすがに私もちょっとムッと来ましたが、やっぱりグググッと気持ちを飲み込んで,『そうですね, 分かりました。ではレスキューICSI は可能ですか?』と聞くと,今度は目をグルンと回しながら お手上げジェスチャーで『何を言ってるのかちっとも分からない』 と言われました昨日の今日で私も頭に血が上りやすくなっているので,ちょっと鼻息荒く『通常のIVFを行っても受精しなかった卵にICSIをする方法があるかと思うのですが•••』と説明を始めると, 途中で遮るようにして『そんなもの聞いたこともない!』 とのこと with お手上げジェスチャー。『日本では行われているところもあるのですが•••』 とそれでも食い下がると,『イギリスでもヨーロッパでも アメリカでも中国でもインドでもそんなこと聞いたことがないわ!!』 と結構大きな声と早口でバッサリ。(ちなみに彼女はインド系の女医さんでした)シーンと重苦しい空気が流れて, 夫が居心地悪そうにモゾモゾ動くのを横目に,ようやく 『そうですか。では私の思い違いかもしれません』 と絞り出すように言った私,エラい!!← 自分で自分を褒めない事にはやってられない夫がホッとしたように 話のまとめに入ってくれ, 私も出来るだけにこやかに 頷きながら,最後に『今日はお時間取って頂きありがとうございました』と言い, クリニックを後にしました。その帰り道•••爆発したように道路で号泣した私悔しくて 悔しくて•••ただの『運』という一言で終わった初めての本格的な治療。その『運』に2週間で90万近く払って何も残らなかった自分。次回への希望すら見えなくて,何よりも 全く親身になってくれないドクターに外国で治療する心細さが浮き彫りになり,日本へ帰るーーーッ!!!とおいおい泣きました。家には義父が来ているので, 泣き顔では帰れません。(治療の事は話していません)たっぷり30分は寒空の下で泣き, ようやく家に帰ったのでした。こうして私の1回目の治療は かなり塩っぱいものとなりました(※去年の話です)