こーんにーちわー・・・こんばんわです。
本日はサッカー日本がデンマークに勝ったからものすごいご機嫌です
いやースポーツってすばらしい。みんなに元気を与えるよね。
ちなみに今日から日曜まではお休みでーす。普段は週末こそ働いてるんで久しぶりの休み、うれしすぎます。
あ、そういや昨日オーストラリアの首相、ケビン・ラッドがあまりに突然の退任。かわりに首相になったジュリア・ギラードはなんと私の働いてるホテルのおとくいさまでした。(もちろんVIP)私も何度か会った事あるんやけど、ほんまフレンドリーで良い人。中国語ペラペラなケビンがいなくなっちゃうのは寂しいけど、頭のキレるジュリアちゃんには注目です。しかし急なケビンの退きに対して、国民はいろんな意見があるようです。
さてさて、週末までお休みしている話に戻るんやけど、実は今週末オフとったのには理由があって・・・。実は日曜日に今まで本当にお世話になっていた彼の両親が母国ボスニアに帰ってしまうんです。ご両親には今まで本当によくしてもらって、まるで本物の娘のように長年面倒をみてもらっていました。17歳の時に彼に連れられて初めて家に行った時に対面してから今まで、何度助けてもらったでしょう・・・数え切れません。こっちに頼れる大人がいなかった私に、いつしか彼らの存在は欠かせないものになっていました。
私はだらしない性格で、夜は遅くまで起きてるし、家事も得意な方やないし、今実際に同じ家に住んでても寝てばっかりでなんにもしないし・・・ほんまダメダメな娘やったけど、それでも今まで一言も文句なんて言われた事なかった。それどころか、いつも「メイちゃん、おなかすいてない?」「メイちゃん、寒くない?」って私の心配ばかり。買い物に出たときは必ずといっていいほど服とか化粧品とか買ってくれて、私からお金はゼッタイ受け取らなかった。
実は、私がムスリムになる上で一番影響力があったのは彼らだった。
初めて出会ってから今まで6年間、私は一度も彼らにイスラムの話をされた事がない。現に最初の数年は彼らがムスリムだということに気がつかなかったくらいでした。でもある時たまたまママがお祈りをしている所を目撃して、それこそ何も知らなかったからビックリしてドキドキしたのを覚えてる。
今思えば私のイスラムへのの長い道はそこから始まっていたんだな・・・って思う。それから彼の家に遊びに行く機会も増えて、だんだん彼らがお祈りしたりラマダンに絶食したりするのにも慣れてきて、それで興味も持つようになって。なんと言っても彼らの優しさ、寛大さ、そして幸せと平和に対する気持ち・・・そういったモノに惹かれるものがあって・・・。戦争を体験して、家族が死に、今は家があった場所は違う国になっている・・・そんな状況でどうしてこんなにも明るく強くいれるのか・・・私はとても想像しきれなかった。
そして思った。
人は「絶望してこそ人は神にすがる」というけど、もしかしたら「絶望してこそ人は神を見る」んじゃないかって。
極地に立たないと見えないものがあるのかも・・・生と死のハザマを体験したからこそ真実を見る人がいるんじゃないっかって・・・。もちろん、わたしが実際にムスリムになったのはもっとずっと後の事だけど、こういった事は十代の時からずっと頭にあって・・・。
そして今、何事をするにも常に頭に置いてる事がある。
「無知は言い訳にならない」
彼らは私自身の中の偏見に気ずかせてくれた・・・。
相手の事も知らないで、意見するのは他の何でもないダダの「攻撃」だ。
生活の中で「知らない」けどいつの間にか当たり前に思ってる事って意外と多いと思う。そういう事が誰かを傷つけたり、もっと言うと偏見や差別を生むんじゃないかって思う。
「知る」事の大切さ・・・知ろうとする事の大切さ。その過程で見えてくるもの、学ぶもの・・・ゼッタイあると思う。
だから、同意しなくていい・・・でもお互いに正しい理解をしあって、尊重しあうこと大切だと思う。
私は日本人でムスリムで、しかも欧米国に住んでいる。
自分で言うものなんやけど、こんな複雑なことってないと思う。
でもこうなった事、神様に感謝してる。
いろんな人と日々出会える事、いろんな人の意見が聞ける事、お互いに刺激し合えること・・・他の国だったらできなかったと思う。
だから今の「私」になれた事、支えてくれた家族、理解してくれた友達、同僚・・・・そして今は何より、何も言わずに支え続けてくれた彼の両親に本当に感謝してる。
寂しいけど、感謝してる。
本当にありがとうって何回も言いたいよ。
何回言っても足りないくらい・・・。
私、強くなります!!