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おフランスでは、23日、同性カップルの結婚が合法化された。オランダ、ベルギー、ニュージーランドなどに続き14カ国目だそうだ。おフランスでは既に同性カップルに社会保障などで結婚に近い権利を与えるパクス(連帯市民協約)法があるそうだが、養子を取り両親となることは認められていなかった。それが合法化で認められるようになった。日本では他人が生んだ子どもを養子縁組する夫婦は少ない。でも外国では普通だ。それも白人の家庭が黒人やアジア人の子どもを施設から引き取り養子にしている。記事にあるように日本での話題はまだ結婚式レベルだが、そのうち日本でも同性カップル婚も。ツトム君

記事生きづらい時代に、結婚式はこう変わった
最近の結婚式は「派手婚」でも「地味婚」でも「アットホーム婚」でもなく、「つながり婚」らしい。新郎新婦の両親だけでなく、おじいちゃんやおばあちゃん、親戚のおばちゃんおじちゃんまで参最加して、みんなで腕を組み、抱き合って、家族のつながりを確認する。家族だけじゃなく、式場に来てくれた友人や仲間たちとのつながりを確認しあう。主役は新郎新婦の二人じゃなくて、そこに参加した全員が主役なのだという。

戦後、結婚式はどう変わったか

日本社会で、結婚式はどのように変遷しているのだろうか。リクルートの結婚情報誌『ゼクシィ』編集長の伊藤綾さんとお会いする機会があり、彼女のお話がめっぽう刺激的で面白かったので、あらためてインタビュー取材を申し込んで話を聞いてみた。以下はそのインタビュー内容を軸にしてまとめたものだ。『ゼクシィ』は毎年、読者を対象にした「結婚トレンド調査」をおこなっていて、昨年秋に最新版が出ている。

そのときどきの生活文化を見ると、その時代の人々の気持ちがよく理解できる。どんなものを食べ、どんな家に住み、どんな服を着て、なにを楽しみに暮らしているのか。そういう衣食住は私たちの時代精神そのものだ。結婚式という人生の一大イベントもまさしくそういう時代精神のたまものだ。

そもそも昔の日本では結婚は家と家のあいだの関係で、結婚式もたいていは家の中で親族が集まってとりおこなわれていた。ホテルや結婚式場などに移ってきたのは1970年代以降のことだ。テレビが普及し、芸能人の結婚式がテレビ中継されて、ウエディングドレスを来た洋風の結婚式に憧れを持つ人が増えてきたからだ。

バブル時代の超派手なウェディング

1980年代に入ると時代はバブルの風に乗り、大がかりな芸能人結婚式がますますテレビ中継されるようになる。1985年、松田聖子と神田正輝の目黒・サレジオ教会での結婚式。テレビ朝日は10時間にわたって生中継して、平均視聴率は34.9%にも達した。もっと凄かったのはその2年後、松田聖子と破局した郷ひろみと二谷友里恵の結婚式で、中継したフジテレビの視聴率は47.6%を記録したという。

バブルが最高潮になった1989年には、五木ひろしと和由布子の「5億円結婚式」が話題になった。このとき披露されたウェディングケーキの高さは11メートル。日本史上最高と言われている。

こういう結婚式に触発され、スモークが吹き上がってゴンドラに乗って新郎新婦が会場に降りてきたり、真っ白な馬車で軽井沢の高原教会に乗り付けたりと、普通の人々のあいだでも大げさな演出が大流行した。このバブル時代は、まさに「派手婚」である。

90年代。バブルがはじけて不況に陥っていくと、結婚式は一転して地味に変わっていく。「地味婚」ブームの幕開けだ。その象徴は1997年、安室奈美恵とダンサーSAMの結婚だった。記者会見では黒いシックなタートルネックに指輪のみという装い。結婚式はおこなわなかった。そのいさぎよさが返って同世代の女性たちの好感を呼び起こして、妊娠3か月での結婚だったのにもかかわらず人気は低下しなかった。

この時代に台頭してきたのが、レストランウェディング。ホテルや結婚式場よりもコンパクトかつ安価で、シンプルな結婚式をおこなうのにはちょうど良かった。さらに世紀が変わるころには、「21世紀の幕開けに結婚しよう」というミレニアム婚の気運が盛り上がる。そして式場もレストランに代わり、ゲストハウスが目立つようになた。

最近流行りのゲストハウスとは

ゲストハウスは90年代終わりからゼロ年代に入って街中に増えてきた「邸宅風結婚式場」。なんだか無国籍というか、南仏プロヴァンス風というか、広い庭のついた洋風の別荘みたいな建物があちこちに建てられるようになった。これまでの大規模ホテル風結婚式場と決定的にちがうのは、緑がふんだんに植えられ、外光もよく採り入れられた空間を貸し切りで独占し、自然光のなかでアットホームな気分でゆっくりと式を楽しめるようになったことだ。

これが「アットホーム婚」だ。90年代の地味婚とゼロ年代のアットホーム婚の違いは、会場が変わっただけではない。地味婚は安室奈美恵のように結婚式さえ挙げないこともあり、本質的には新郎と新婦のたったふたりきりの関係だった。しかしアットホーム婚では、ゲストハウスという明るい空間を新郎新婦とともにゲスト全員が共有し、ゲストを新郎新婦がおもてなしする場に式が変容してきた。お花を会場だけでなく、ゲストハウスの玄関や扉、階段などに飾り付け、空間全体を演出する。ゲストハウスでは結婚式の平均単価も徐々に上がってきた。

2000年代は株価が上向き、「工夫次第で収入が増やせる」というようなことがまだ現実可能性とともに語られていた時代である。勝間和代さんの『無理なく続けられる年収10倍アップ勉強法』がベストセラーになったのは、2007年のことだ。

しかし2008年にリーマンショックが起きて世界同時不況の引き金が引かれ、ゼロ年代の楽天的な気分は一掃される。愛情や家族のつながりをテーマにした韓流ドラマが流行り、人々は物欲よりも家族や友人とのつながりを大事に感じるようになった。「親孝行」が冗談ではなくまじめな気持ちとして子供たちに受け入れられる時代がきたのである。2011年の東日本大震災が、そういう時代の気分をさらに加速させた。

ゴールとしての結婚ではなく、スタート地点としての結婚に

いまの時代は、たいへん生きづらい時代である。非正規雇用は増え、収入は増えず、将来は頼りなく不透明だ。バブルのころまでは結婚式は楽しい青春時代のゴールであり、結婚後は責任ある大人として平凡で穏やかだけれども、退屈な日々が待ち受けていると考えられていた。しかしいま、結婚してすべてが落ち着くところに落ち着くなんて安穏と考えられる人はあまりいない。結婚することで、これからは新郎新婦が二人して、そしてまわりの家族や友人の手助けをうけながら、この苦痛の時代を生きていくという覚悟を定めなければならないというのが、結婚式の意味になりつつあるのだ。

そして同時に、結婚式の単価は上がってきている。2010年が325万7000円だったのが、2012年には343万8000円。まったく形としては残らない、わずか3時間かそこらのイベントに350万円も払うというのは、実に大変なことだ。クルマも買わないような若い世代にとって、これほどの高い買い物は一生に一度あるかないかだろう。

もちろん、これはゼクシィ読者の調査結果の数字なので、かなりバイアスはかかっている。ゼクシィを読むような人は、結婚式にお金をかけても良いと考えている人たちだ。加えて、家族や親戚、友人たちとの関係をうまくつくりあげている人たちでもある。しかしそうした「リア充」的な若い人たちが、この形のない一回こっきりのイベントに、今のような不況の時代にあってもこれだけの金を払っているのだ。

こんな時代に結婚できたなんて奇跡的かも

結婚しない、できない人が増えている。そういう中で、結婚するというのは「人生の墓場」「ようやく一人前」でもなく、「結婚できた!」という価値のあるものになってきているということなのかもしれない。よくまあ、ここまでこぎ着けたね、ということだ。

つまり「家族として、これから苦難の時代を共に生きていくためのスタート地点」という意味に変わったのである。今の世の中いろんなことがあるけれど、新郎新婦がゲストに向けて「みんながんばろうよ。僕らもがんばるよ」と宣言し、そこに共感が生まれる空間になったのだ。「一緒に愛情深くここにいるみんなが大好きだ」という感覚をともにする場になったのだ。

そのつながり感覚を演出するためのコンテキストとして、両親という存在がある。どんな人にも平等に、親はいる。健在じゃなくてもいい。すでに死んでいても、親が離婚して行方不明でも、それらはすべて子にとっての大切な物語になりうるのだ。つまりすべての人は、平等に「親との関係」というコンテキストを物語として持つことができるということだ。

両親とともにある結婚式

だから最近の結婚式では、両親がかなり前面に出てきている。

「派手婚」のころは、新郎新婦は一段高いひな壇に座ってゲストからは遠い存在で、両親は末席だった。バージンロードで父親が新婦の手を引く以外はほとんど目だっていなかったのである。ゼロ年代のアットホーム婚の時代になると、二人を中心にゲストがみんなで囲むような形に変わったが、しかし両親はあいかわらず末席だった。それが2008年ごろからだんだんと変化して、新郎新婦に近い準主役の場所に座る親も出てくるようになった。いまはケーキカットでさえも、新郎新婦と両親が全員で一緒に手を添える形式も出てきていて、首都圏では全体の二割ぐらいにまで達しているとか。

また最近は、ベールダウンというイベントが流行になっている。バージンロードは昔から父親の役目だが、母親の出番がない。そこでバージンロードを歩き出す前に、まずお母さんが前に出てきて、娘のベールを下ろす。そして「本当に良かったね」などとひとこと声をかける。そして父親とともにバージンロードを歩き、その先で新郎がベールを今度は上げるという、ひとつながりのストーリーになっているというわけだ。

両親という存在は、新郎新婦の友人知人であるゲストたちにとっても平等に理解できるコンテキストだ。だからゲストは新郎新婦と両親がともにいる姿を見て、自分の親を思い出し、自分の親との関係を振り返り、そこに「自分ごと」としていま出席している結婚式を感じることができるのだという。

つまり今の結婚式は、新郎新婦のみならず、両親やゲストまでが当事者性をもって参加出来るイベントになってきているということなのだ。これをゼクシィの伊藤さんは「『幸せを感じる場』から『幸せを与えあう場』に」ということばで表現している。

以前の結婚式では、ゲストは「今日のお嫁さん綺麗だったね」「あの2人なら幸せになりそう」と新郎新婦の幸せぶりを眺める場だったのが、今の結婚式では幸せ感をみんなでシェアする。だれが勝ち組として生き残れるかさっぱりわからないこの世の中で、みんなで応援し合おうよ、という感覚を共有する場になっているのだ。

結婚式に積極的な新郎も増えている

新郎の結婚式にのぞむ姿勢も変わってきているという。花嫁が両親への手紙を読み上げるイベントというのは昔からあるが、最近は新郎が手紙を読むというイベントも全体の二割近くにまで増えてきている。新郎はかなり積極的なのだ。昔は新郎は結婚式などという恥ずかしい儀式には消極的で、結婚式の目的をたずねると「けじめをつけるため」「妻が望んでいるから」といった「無理矢理やらされてる感」の回答が多かったが、最近は同じ質問への回答のトップ3が「親や親族に感謝の気持ちを伝えるため」「親に喜んでもらうため」「親族以外に感謝の気持ちを伝えるため」。全然照れていないのだ。

ゼクシィの伊藤さんはこう話した。「披露宴会場での一体感がとても高まっています。でもそれはラテンの人たちのパーティーみたいな楽しい盛り上がりの一体感じゃないんですよね。そもそも多くの日本人にはそんなの無理かなって思う。私たちは、知らない人といきなり仲良くなったりするのはあまり得意じゃないですしね。そうじゃなくて、家族や友人が集まっているところで、新郎新婦と親の物語を見聞きしながら『自分も親とこういうことあったなあ』としみじみと振り返るような、そういうしみじみとした情愛による一体感だと思うんですよね」

日本はだんだんとこういうところへと回帰しつつあるのかもしれない。

(文)佐々木 俊尚 、作家・ジャーナリスト
1961年、兵庫県西脇市生まれ。早稲田大政経学部政治学科中退後1988年毎日新聞社入社。1999年にアスキーに移籍し、月刊アスキー編集部デスク。2003年に退職し、フリージャーナリストとして主にIT分野を取材している。