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わたしは愛される価値がある

自分のほんとうの気持ちがわからない。それくらい自分のことを後回しにしてしまう人。そろそろ自分の思いに気付いてあげませんか?

いま、ふと思ったこと。

子ども時代の、父の私への態度は、DVだったんじゃないかって。

父から娘へ、DVという言葉を使うのが適切かどうかはわからないけれど。。。


カーッとなると殴る、蹴る。
それも、感情的に、一貫した理屈はなく。


かと思うと、ひとしきり怒ったあとは、急に優しくなったり。
機嫌のよいときはお小遣をくれたりして。


子ども心に、お父さんは怖いけれど、優しいって思ってた。



でも、あの、殴られる!って思う一瞬の恐怖。

怖かった。ほんとうに怖かった。


だから、いい子でいなきゃって思ってた。
とりあえず、なんにでもほどほどに頑張って、それなりに喜んでもらえるレベルにならなきゃって。


愛とはまた別の次元に存在しているみたいだった、あの暴力は。
なんだったんだろう。

胸がぎゅうっと押しつぶされるような恐怖。


父もかわいそうなひとなのかもしれない。

と、思ってしまうこと自体、DVに支配されてるのかな~。

今日は満月。

そのせいか、心のざわざわがいつにもまして激しかった。


恋って不思議。

いくつになっても、何回しても、どれも同じ経験なんてない。

相手によって、何もかも初めて、そう思える。


そう考えると、経験値なんて、意味がないような気もしてくる。

それに、経験値がものをいう恋なんて、おもしろみもないんじゃないかな。


セラピージプシーのわたし。

以前受けた子宮系のセッションで、無駄に多い恋の経験について、

「いろんな経験をしたいのよね。自分のカラダとココロで、いろんな恋を味わいたいのよね、あなたの魂は」

と言われた。


確かに、つらかったことも、みんな、私の糧になってるなあ。

今のつらさも、いつか、豊かな心のひだになりますように。
最近、美人の思考回路がとっても気になる。


こんなとき、自分を美人だと認識している人はどんな返事をするのだろう?

こんなとき、美人はどんな行動をするのだろう?って。



よく、「キレイですね」と褒められたときは、「ありがとう」と素直にお礼をするのがよいと、いろいろなところで目にする。

でも、自分は美人じゃないという自己認識を持っていると、褒められたときは妙に居心地が悪い。「ありがとう」と言ったところで、「美人じゃないってこと、自分がいちばんわかってるよ」なんて、心の中ではいじけていたりして。

これってよくない!たちが悪い!


気が付いたなら、変えればいいんだよね。
嫌だな、たちが悪いなってわかっているのに。

私はこういう傾向があるんだなってわかったら、あとは変えていけばいい。


今まで見えてないものに気付いただけでもラッキー。


美人の思考回路をお勉強しよう!

とはいっても、今までずっと、ブサイクの思考回路だったしなあ。難しいなあ。

まずはお手本探しから、かな。