雅章の日記帳

雅章の日記帳

失語症で、でもふつうの言葉で話したい

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Eテレでやっている『バリバラ』(毎週日燿の、午後7時〜)って、知ってますか?

私は毎週見てます。“乞音”や“障害者の性の悩み”などなど、率直にやっている番組です。

 

 その『バリバラ』の企画から生まれた特番『ココがズレてる健常者 

障害者100人モノ申す』が、NHK総合で放送されました(20161221日(水)) 。

収録には各障害を持つ障害者100人が集合して、日頃は口に出せない“ありがた迷惑”を

スタジオで語り合いました。

 

 私もテレビで見ましたが、それはそれですごい番組なのですが、ふと疑問がありました。

番組のなかで高次脳機能障害者は一人ぐらいはいましたが、”失語症者”が一人もいない

なぁと思ったのです。

 

各障害者のなかで、“失語症者”が一人もいないのか、それとも“失語症者”はいたけれど

ディレクター(またはプロテューサーかな?)日わく、

“失語症者もいたのだけれども、言葉ができないので…”とカットしたのかな? と私は思いました。

 まぁ、それはそれで仕方がないのですが、やっぱり悲しいですね。

“言葉はできない、でも失語症者もなんとか言いたい”、この言葉が大事です(私も含めて…)

ちょっと昔のことですが…

 

平成28529()、“特定非営利活動法人 東京高次脳機能障害協議会(TKK)”主催の

 

“高次脳機能障害 実践的アプローチ講習会”に行ってきました。

 

会場は“東京慈恵会医科大学西新橋校大学1号館3階講堂”。

 

私は高次脳機能障害(失語症も含む)ですが、どうしてもいきたいと思い、

 

“ときわの杜”のスタッフと一緒に行きました。

 

その講習会の講師には…

 

・三軒茶屋リハビリテーションクリニック院長である長谷川幹さん

 

・横浜市総合リハビリテーションセンターで臨床心理士の山口加代子さん

 

・豊中きらら福祉会工房〔羅針盤〕で施設長の山河正裕さん

 

・豊中市社会福祉協祉協議会で事務参事兼兼地域福祉課長である勝部麗子さん

 

…という方々。

 

講義は11:00〜スタートで、終わったのが17:30頃。

 

ためになることがいっぱいでした。

 

特に臨床心理士・山口さんの授業では…

 

・孤独感の緩和

・当事者への理解...etc.

 

などなどを授業で教わりました。

 

 

2017514日も“実践的アプローチ講習会”がある予定です。

 

皆さんも、いかがですか?

 

昨日の午後2時、BS日テレで、映画『悪名』(1961年)を見た。


原作は今東光。本は読んだのだが、映画は初めて。


いやー、面白かった! 


.特に勝新太郎と田宮二郎のコンビがかっこいいこと!

6月12日(日)、“第34回板橋区ふれあい祭”に行ってきました。


その中で、私はステージでミニコンサートをやりました。


“上を向いて歩こう”(坂本九)、“大丈夫”(斉藤和義)、“さすらい"(奥田民生)、そして“春夏秋冬”(泉谷しげる)の4曲。


もう100点の出来!

ちょー最高に気恃ちいいーっす!!

“第2回おむすび・ときわ祭り”に行ってきました。




2回では、私の故郷である“北海道出身の歌手”をメインにミニコンサートを歌いました。

まず1曲目めは、松山千春の「季節の中で」、

2曲目めは「大空と大地の中で」、

3曲目は「君のために作った歌」の替え歌で「17才に作った歌」を熱唱。

次に、私のポエム“母の恋”を、

4曲目めは玉置浩二の歌に、ちょっとアレンジした「メロディー」を、

最後に中島みゆきの「糸」を歌いました。


特に「17才に作った歌」を、私のポエム「母の恋」 を熱唱しましたが・・・


さて、私の採点は何点でしょうか?()




■「17才に作った歌」


会うたびに好きだったキミがいて…

だけどボクには 恥ずかしくて…

二十歳(はたち)になって 最初の

最後の 初デート


いまボクは 言葉は なくなってしったけれども

口に出せない涙も


たけど この唄 歌うんだ

ありがとう 泣きなから

ありがとう 頬えんで

ありがとう また会う日まで…






■ポエム“母の恋”


ある映画を見て、それは恋愛の映画。

そのことで、ふと思った時がある。

母さんは、ある男性が大好きで、

男性も母さんのことが大好きで、

でもお祖父さん、お祖母さんに

「ダメだ!」と言われ、

結局、泣く泣く別れて…

そして見合いをして、父と母が結婚、

兄と私が生まれた。


その中で母さんは苦労に苦労を重ねて、

兄さん、そして私をそだてた。

父のことを耐えながら、

私たち兄弟をがんばって、そだてていったのだ。


平成27329日、

北海道・旭川の病院で

母さんは亡くなってしまった…。

79歳で…。


そんなことを思いながら、映画を見た。

“母さん…、母さんね…”

“母さんは、亡くなってしまったけれども…”

“でも、母さんはやっと解放されて…”

“ある男性とふたりになって…”

“映画などを見て…”

“それはそれで、いいんじゃないかと思います”

“母さん、たくさん恋をしてください”

“応援しますよ…”