高校生のときに、日常で感じたこととかを書き留めておくようなほんとに個人的なブログをやっていた。最初は自分が見返す以外に見てくれる人なんてほとんどいなかったんだけど、1年くらい続けているとコメントをくれる人なんかもできてそれが嬉しかった。コメントをくれる人のうちの1人が同じ年齢の女の子だった。その子は俺のブログにコメントをときどき書いてくれた。俺もその子のブログにときどきコメントを書くようになった。そこからするすると仲良くなって、当時はLINEなんてなかったからメールアドレスを教えあって、携帯でメールのやり取りもするようになった。俺はほとんどその子に惚れていた。でも、相手の印象なんてよくて当然なんだ。メールなんてどんな文章で返事を返すか考える時間がたっぷりあるのだから。普通に会話するのとは違うから、自分の良い面だけを見せることができる。それで、ある日電話で好きだと伝えた。会ったこともないその女の子に好きだと伝えた。今考えると恐ろしい話だ。しかし話はまだまだ続く。その女の子も俺のことが好きだと言った。付き合おうと言った。うんと言った。恋愛経験がなかった俺はこんな形で交際というものは始まるのかと思った。メールと電話、そして相変わらずお互いのブログにときどきコメントをすることくらい。俺はもう引越しをしたが、当時は俺は日本の西側、その女の子は東側に住んでいて、とても会いに行ける距離ではなかった。でもいつかは会いに行こうと思っていた。女の子はその子が住んでいるMという場所はすごく良いところだと言っていた。付き合っているという関係になってから、いつからか、彼女のブログにコメントをしている他の男にイライラするようになった。そしてその男に明るく返事を返す彼女にもイライラするようになった。正直男には死ねば良いのにと思った。どこに住んで何をしている奴なのかきっちり突き止めてやろうと思った。というか俺がいながら他の男に愛想を振りまいてるこいつもなんなんだと思った。電話をして怒鳴ってやろうかと思った。この時の俺の精神状態は明らかにまともではなかった。今考えると恐ろしい話だ。しかし話はまだまだ続く。ある日の晩、俺がブログを更新すると、今までときどきコメントをくれていた違う女の子からコメントがきた。久しぶりだったから嬉しかった。寝る前だったから、布団にくるまってコメントのやり取りをした。次の日朝起きると、携帯にたくさん新着メールがあった。全てブログのコメント通知だった。びっくりしてブログを開くと、彼女がコメント欄いっぱいに久しぶりにコメントをくれた女の子を罵倒していた。何度も何度も。この人は渡さない。ぶりっ子ぶったことをするなと。ここに書くのも憚られるような言葉がたくさん並んでいた。鳥肌が立った。コメントを消そうと思ったが、この怒りの矛先が俺に向くのが怖くて見ないふりをした。パカパカの携帯を閉じた瞬間に女の子から電話がきた。平常心を装って電話に出ると、彼女は挨拶もそこそこにこう言った。「明日からモーニングコールしてあげる」怖かった。でも断れなかった。あの電話とブログでの罵倒コメントに関係があるのか、今もわからない。次の日から朝早くに本当に電話がかかってくるようになった。彼女のブログは真夜中に更新されることが多かったから、いつ寝ているのか分からなかった。本当に高校生か?と思ったことも何度もある。もしかしたらいい歳した女におもちゃ扱いされてるのかも知れないと思った。でも俺にはそれを口に出す勇気がなかった。季節は冬だった。俺は大学の受験勉強に本腰を入れるためにあまりブログを更新しなくなった。彼女は相変わらず、2日に1度、多いときは1日に2度くらいのペースでブログを更新していた。俺の大学の受験勉強というのは半分口実で、実はその頃学校で同じクラスの女の子と急激に距離が縮まっていた。バレる心配がなかったから、俺はそのクラスの女の子には彼女はいないと嘘をついていた。毎日学校が終わると自転車を2人乗りして駅前のファミリーレストランに行き、ドリンクバーだけで何時間も居座りながら勉強をしていた。ある日、ファミリーレストランからの帰り、女の子をターミナル駅で見送り、自分の自転車に跨ると携帯が鳴った。彼女からだった。この頃はメールの頻度も少なくしていた。なんならこのままフェードアウトしてくれないかなと思っていたいつの間にかモーニングコールの文化もなくなっていたし、どうせ会ったこともない。どうでもいいやと思っていた。電話に出た。電話の向こうで彼女はこう言った。「浮気してんの?」一瞬なんのことか分からなかった。周りをキョロキョロと見回したが、それなりに人通りの多い道にいたので彼女は見つからなかった。携帯メールでプリクラを何度か送ってもらったことしかなかったから、真横にいても気づかなかったかも知れないけど。メールの頻度を下げたことに怒ってるのかと思って適当になだめる言葉を口にしていたら目の前で車同士がぶつかりそうになってクラクションが鳴った。電話口から聞こえた。すぐ近くにいる。ブログの脅迫的なコメントを思い出した。本当に殺されると思った。とっさに自転車にまたがり、滅茶苦茶に走った。追ってきませんように。それだけを考えてとにかく走った。どうして俺の居場所が分かったのか。住んでいる都道府県くらいしか知らないはずだった。でも、その答えは恐ろしく簡単だった。俺のブログそのものが答えだった。家について冬だというのに汗だくでパソコンを開き、今までの自分のブログを見返した。頻繁にアップしていた写真。学校から見えた夕焼けの街。バイト帰りに見た綺麗なネオンの看板。そして、お釣りの金額がゾロ目だったあのファミリーレストランのレシート。印字された店名。俺はその日にブログを閉鎖した。メールアドレスを変えて、電話番号を着信拒否にした。写真も撮らなくなった。それから何年かして、就職活動をしていて、たまたま彼女がいい場所だと言っていたMの近くに行くことがあった。面接が朝で終わったから、夜行バスまでは時間が充分あった。バス乗り場とは反対方向だったが、電車に乗ってその街に行ってみた。確かに静かな街で、住みやすそうだなと思った。朝に面接をしてもらっている企業から採用された。ひとり暮らしをすることになって、俺は住む場所にMを選んだ。毎日駅のホームであのプリクラの面影を持つ女性がいないか見回した。でもいなかった。あの頃の俺の頭の中は、高校生のときに怖くて逃げた彼女のことでいっぱいだった。ふと「彼女はもうこの街にいないのかも知れない」と思った。そうなると次には「今はどこにいるのか」が気になる。彼女について知っていることは、名前、年齢、性別、そして通っていた高校。以上。手始めに俺はその高校の名前をインターネットで検索した。スポーツ校だった。サイト内の「進路情報」というページを開いた。年度別に大学の進学先が書いてあった。次に、その大学名ひとつひとつにスペースを空けて彼女の名前を入力して検索していった。「大学名  名前」という具合だ。結果はすぐ出た。大学のサークルのホームページがヒットした。数年前、俺がまだ大学生の頃に更新が停止されていた。ただそれが逆に都合がよく、そのサークルのホームページには部員名簿があって、彼女の名前もあった。出身高校も書いてあって、間違いない。でも更新が止まったサークルのホームページじゃ彼女の「今」は分からない。Twitterでそのサークル名を検索した。いくつもプロフィールがヒットした。しかしそれは現役でそのサークルに所属する学生のアカウントばかりだった。俺はその中からできるだけ年齢の近い人のアカウントを選び、フォロー・フォロワーをしらみ潰しに見て回った。彼女の名前が無いと分かると違うアカウントのフォロー・フォロワーを見て回った。これを繰り返した。彼女がTwitterをやっている証拠はないが、高校生でブログをやっていたような人がTwitterをやっていないはずがないと踏んでいた。彼女のアカウントは案外すんなり分かった。高校の名前で検索をかけてから1時間もかかっていなかった。どうやら彼女は隣の街に引っ越しているらしい。就職もしているらしい。Mにはたまに遊びにくるらしい。職場は俺の住んでいる場所から頑張れば自転車で行ける。ショッピングセンターのフードコートでファーストフードを食べたりするらしい。いかつい車を乗り回しているらしい。マイルドヤンキーだな、と思った。顔は変わっていなった。プリクラで見たあのままだった。俺はとりあえずTwitterに載っている彼女の写真を手当たり次第保存した。今後街中ですれ違うかも知れない。そのとき顔で分からなくても写真の服装を記憶していれば分かるかも知れないから。情報化社会というのはよくできているな。恐ろしく話だ。


これが昨日の話。いま着替えている。彼女が俺にしたように、俺も彼女がいまどこにいるかつきとめてみたい。さっきの新しいツイートでは知らない男と一緒に写っていた。誰だお前は。どうしてこいつは俺以外の男と一緒に写真を撮るんだろう。この写真の背景。ボーリング場みたいだ。


着替えた。


いつか会いに行こうと思ってたからね。

この街はいい街だ。

会いに行くよ。