夢のあとの夢 第二回  焼けた廃墟の聖者 | サズ奏者 FUJIのブログ

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2 焼けた廃墟の聖者   カルカッタ



腐乱した魚の臭いの立ちこめる路地裏のぬかるみの中で、私は一個5ルピーに値上げしたばかりのサモサをちぎって食いながら、サルモネラ中毒に侵された下腹をなでさすり、遠からず訪れる死を待ちわびている。

「サンチェさん、おなか壊してんだろ、そんな脂っこいもの朝から食べてちゃだめじゃないか。あたしがこれ作ってきてあげたからね」

太りじしの中年女が両手に鍋を持って私のテントに入ってきた。向かいのサダルバザールで観光客相手に絵葉書を売っているテスリーヌだ。亭主のラジューは乱暴な男で、よくこの女を殴りつけていたが、去年の暮れから商品の仕入れと称して上海に出かけたきり帰ってこないので、テスリーヌはすっかり持ち前の明るさを取り戻している。黒い更紗のスカートからはみでたももの肉がいつものように悩ましい。

「一体ナンだよう、この臭いは」

「となりのアハマドがフグリーの岸辺で釣ってきたんだ。アハマドは淫売宿に売られた妹を取り返しに街に行ったっきり戻ってこねえ。その間に魚は腐っちまったんだ」

「まあもったいない、それであんた、なんでどうにかしてやんなかったのさ」

「俺は老いぼれてごらんのとおり脚も動かねえ。ただ魚が腐って行くのを待ってるだけだ。だが、この臭いが何か無性に懐かしくてな。この町に逃げてきたばかりの頃、あの頃は街中が魚の腐った臭いであふれかえっていたよな。希望と歓喜の街、世界で最も汚い聖なる町とよばれていたものさ」

そういいながら、私は空中に射精していた。半年ぶりのことだった。

「あれまああんた、一体どうしちゃったんだい」

テスリーヌはうれしそうに身を乗り出すと、しぶきをあげたばかりのちんちんをすっぽり唇で覆い、激しく吸い始めた。あまり吸われたので肛門が突き上げるように痛かった。

むっちりとした白い脚が這うように腰に絡みつき、私はひんやりした女の肌触りを楽しみながらまたぐらを丹念になめまわしてやった。

「ここはどこだろうテスリーヌ、あらゆる革命戦士の墓標が建ち並ぶ、うらぶれた世界の豊穣な壁よ」ずんずんと私は突き進んで行った。ここを通るのは何とも久しぶりな気がした。ゆっくりと圧力をかけると、テスリーヌの壁が広がり、私は股関節の痛みも忘れて熱い海の中を泳いでいた。


私が子どもの頃には学校と言う建物があちこちにあり、私も近所の子らといっしょに、いやいやながらそこに行かされ、1日の大半を過ごさねばならなかった。私は学校になじめない子どもだった。私の生まれた島は、世界をゆるやかにめぐる風の吹き溜まりで、あらゆる生命が行き止まり、逃げ場をなくしてよどみ、生気を抜かれ、ゆっくりと腐って行った。島の人間はその臭気を文化とか伝統とか、愛国心だとか呼んでいた。学校はその自慢の文化のひとつだったが、あいにく私はおもらしをしやすい神経質な性分で、軍隊的に昇華されたタイムテーブルの仕切られた時間割に、自分の肛門を適応させていくのは並大抵のわざではなかった。時と所をわきまえず突き上げてくるアナーキーな便意は、無機質な役所然とした教室という空間のなかで勢い過敏となり、しばしば熱いシャワーをほとばしらせるのだった。その後に待ちうける教師の叱責と、子供たちの嘲笑、侮蔑、いじめ。それが私の、島の文化とのあまり幸福とは言えぬ出会いであった。


「あんた、重いよ。もうちょっと体をずらしとくれよ、そう、そうだよ、まだ出きるんじゃないかい、もっと、もっと突いておくれよ」

テスリーヌが私の肩にしがみつき、ゆったりと波打つ乳房が私の腹の下で柔らかく弾んだ。外で遠慮がちな咳払いがきこえた。

「誰だ、アハマドか」

違った。隣の横丁の市営アパートに住む車夫のモロゾフだった。

「サンチェ、地元の警察の動きがおかしいんだ。さっきも俺のところに来てあんたの事をあれこれ聞いて帰った。もっとも何もしゃべっちゃいねえが。おい、やばいぞ、急いでここを立ち去ったほうがいい。隠れ家のほうは俺が何とかする」

「いつもありがとよモロゾフ」と私は濡れたちんぼこを抜き取りながら言った。

「だが俺はもう年だ。そういつまでも逃げ切れるもんじゃねえだろ。今年になってからフズリーとバサエフとイブラヒムが死んだ。そして先週バヌワリがパリの酒場で殺された。あの事件の実行犯で生き残っているのは今じゃ俺一人だからな」

モロゾフは何も言わず、唇をかみ締めながら出て行った。何処で手に入れたのか、ルーマニア警察正式採用の短銃が一丁、入り口に置いてあった。

「ありがとよモロゾフ」

「ねえ、何話してたんだいあんたたち、あの人はだあれ」

「なんでもねえんだ。宝くじ売りのおじさんさ、それよりきょうのおまえ、やけに川魚のにおいがするぜ。なあいつものようにあれをしてみせてくれねえか、みたいんだよ今すぐにな」