第14世ダライ・ラマが来日しているようだ。
http://www.tibethouse.jp/dalai_lama/2010japan/index.html
Twitterでもフォローしている人が何名か横浜に行って法話を聞いていたようで
その人気ぶりが伝わります。
またまた、旅をしていた頃の話になってしまうのですが、
その時にダライラマに会いました。
それは、1999年11月3日、ダラムサラ 。
そこはwikiによればこんな所 。
wikiにも書いてあるが、ここはチベットの亡命政府がある場所。
それはセブンイヤーズチベット 何かを見ると少し分かるかも。
(ブラットピットが最高!)
それはそうとなんで会えて握手できたのか?
ただの偶然です。
ダラムサラに到着した次の日に長蛇の列を発見して、列に並ぶ西洋人に聞いてみたら
「明日、ラマが戻ってくるんだよ!!」
って興奮して話してたっけ。
すぐに列にならび、パスポートを預け許可証を貰って、翌日ダライラマ公邸で
会えたのだ。
世界中を法話などで飛び回っているダライラマは拠点地であるダラムサラでも
年に数日しか居ないらしく、熱狂的な信者はその数日を求めてダラムサラで
泊まり込みをしているそうなのだ。
なので私が会えたのは凄く偶然。
しかも法話を聞く前にダラムラマは全ての人と握手をし、一人ひとりに戒名を
与えてくれた。もちろん私にも。
(ただしチベット語なので全く覚えられなかったが。。。)
公邸に入る時の警備は厳重で、3回のボディーチェックを受けようやく通される。
当たり前なのだが、それでもヒッピーの様な西洋人を始めどこの馬の骨か分からないような
私でさえ入れ、触れる事ができるといのは凄く考え深く、懐の深さを思い知った。
法話後にダラムサラに住んでいるチベット人と話したが、
「お前は俺達のリーダーに会ったんだ。それだけは忘れないでくれ」
何でもない一言だが、凄く今でも心に残っている。
日本で言えば、天皇と会い、握手するのと同じレベルなのだろうか。
日本では、正月などに天皇参賀があるが、防弾ガラスの向こうなのだ。
ダライラマはその場に居た、そして全員に話しかけ、握手した。
それに興奮した事は10年経った昨日の様に思いだせる。
その時の日記が手元に残っていた。
備忘録的に当日の日記を書き起こしてみる。
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■ダラムサラ 11月2日 アムリトサル→ダラムサラ バス:7時間 金額:95Rs
初日ダラムサラに夜着き宿を探し寝るという何でもない一日を過ごした。
実際アムリトサル からダラムサラに行くのはただの訪問に近い形の訪れ方であった。
ダラムサラに来て何をするのだ?
次の朝起きてそれは明確になった。
何もしなくいい。
夜着いて見ていなかった風景が朝現れた。目にはパキスタンとはまた違う高地の風景。
こうきたか。
そうつぶやいてしまいそうな現れ方であった。
その日、街をぶらつき美術館などを見るが勉強不足の僕には何一つ興味を持つものが無かった。そのままMeloed Ganji(解読不能w)に上がる。
宿を探す途中、偶然西洋人の長蛇の列を見つける。
聞くと、明日(11月3日)にダライラマに会う事ができると言う事だ。
運が良いのかあっさりと謁見するための許可証を取り、次の日(3日)何の問題もなくダライラマに会う事が出来た。
会ったと言っても握手をする程度の一瞬だった。
外国人は300人程か。日本人は少なく20人もいなかったと思う。
チベット仏教の長である彼に会う人々の中には果たして何人のキリシタン、他の宗教の人がいるのだろうか?
西洋人は彼と握手してニコニコしながら帰って行った。別に何か理由づけるとか意味を持たすという事ではないだろう。
実際自分はダライラマに関して名前しか知らない。
NGOの日本食屋でもらった会報を読むまでは、チベット問題に関して特にはっきりと知っているわけではなかった。カシミールの問題も同じだ。
僕は旅に出るときほとんどそれぞれの国に関して勉強をしない。
しかし、旅に出て直接目に触れ、手で触れていると、なんと無知な者であるかが良く分かる。
パス- のバトゥーラinn(宿名)の情報ノートにこんな事が書いてあった事を思い出す。
「僕らはたまたま先進国である日本に生まれた。そして、こうして旅が出来る。このことで僕たちはいろいろな場所で色んな人々から何かを得る事ができるようになった。その分僕たちは何かを彼らに与えるべきではないだろうか?何かを」
何も知らず僕は旅をしている。それでも何かをこの国にそして人々に与えるようにしたい。
僕は帰って、知らない事を知る努力をまたカンボジアの時のように始める。
入口はどんなきっかけでも良いのだろう。
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なんともロマンチストな感じなのがウケルが20歳位のときの文が残っているのは
今となると書いておいて良かったとも思う。
丸々ノート一冊分あるのでいつかデータ化しようと思う。
裏話で、この謁見時にスーパーハードな警備をかいくぐり、
ある日本人が目の前である物を持ち込み、ダライラマに手渡した。
それは僕の前に居た友人だ。
渡したもの、それは、
「折り鶴」
そしてその裏には
「I'm from HIROSHIMA.」
と書かれていた。
慌てる警備員をよそに、ダライラマは静かに両手で受け取った。



