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子連れバックパッカー、ネパール〜インドでの生活から今のフツーの日常までをゆったり見つめています。



川島なお美さんの訃報に、北斗晶さんの乳癌闘病宣言・・・
私も、今朝は心が乱れました。


私にとって、どちらも本当に突然のニュース。







人は生まれてきたからには、
いつかは迎える『死』。


実は私も、去年のちょうど今頃、乳癌の手術を受けました。

昨年ネパールから戻ってきて、久しぶりに乳癌検診に行ったのですが、
実は右乳房の腋の下のそばに、コリコリしたしこりがあったので
「痛くもないし、他に体調の悪いところがないし・・このしこりは何?」という
気楽な感じで検査したら、触診した先生は「明日精密検査に来てね」と言いました。

マンモグラフィーの再検査、他にレントゲンや細胞を採って検査しましたが、それでも状況を本気に受け取らず、気楽な態度の私を先生は、子供を諭すように優しく、そしてとても心配して、「何かあればいつでも電話して」と連絡先まで教えてくれました。

結果は陽性。

結果をを知ったその足で、すぐに紹介された専門の病院に行き、更に詳しい検査の日程の予約などをして、トントン拍子に治療方針の説明がされました。

自分に癌がある事実がまだまだ信じられず、風邪をこじらせ近くのクリニックを受診してるのと、何も変わらない流れに
(うそでしょ??)と心の中では叫んでいました。

そのまま、ハイハイと手術を承諾するには、気持ちの準備が間に合わず
日を改めて詳しい話を伺うということにして、病院を出ました。

病院を出てから、家に戻るまではもう何も聞こえないような
聞きたくないような状態でした。

(手術?今、こんなに元気なのに?この小さなしこりひとつで、
私の胸が切り取られるの?そのあとどうなるの?抗がん剤で髪の毛も抜けるの?
子供の事はどうしよう?)という思いで頭の中がいっぱいに。

私の癌は12mm。
進行はフツー・・フツーってどれくらい?って思いますよね。

私はしこりに気が付いたのは手術の約2年前で、その時にはネパールにいましたから、帰国せず、検査を後回しにしていたおバカだったのですが、北斗晶さんは1年で2cmの大きさって言ってますから、とても進行が早いのがわかります。

なので、もし私の癌も進行が早いタイプのもので、2年も放置していたら今頃は・・・
そう思うと、つくづく自分が生かされてるな、と思ってしまい
今朝から震えが止まりません。

元気なうちは、病気に対して関心がないので、突然、病気と知った時にはわけがわからなくなります。

私の場合は、母がなぜか「本当に癌なの?」と言ってきました。

その時、すこし冷静になって、本当に切除する必要があるか?
切り取るほうが安全なのか?術後のQOLもイメージしてみたり、他に方法はないのか?と自分なりに考えることができました。

時間に猶予があればセカンドオピニオンも絶対受けたほうがいいと思います。

私は癌宣告から、自分なりにいろいろと情報を集めて、セカンドオピニオン、サードオピニオンを受けて最終的には、千葉の、とある有名病院で凍結療法という先進治療で、切らずに癌を凍滅させる手術を受ける事にしたのです。

この手術はリンパへの転移が無く、初期の乳癌に限られて施すことが出来るという手術だったのですが、私はER陽性/HER2陰性という比較的に予後が良いとされるタイプの乳癌で、大きさも12mmとギリギリ手術を自分から選択出来る初期癌だったので、ラッキーな状況ではあったのです。

結果は良好。
手術前と同様の身体の動きが出来ています。もちろんしこりは無くなり、見た目にも手術の痕がわかりません。

その後の半年に1度のMRI、PETCT検査でも今のところは再発は見られていません。
しかし私の場合は、5年間のホルモン剤を服用をする事になっています。

乳癌になると、完治という言葉ははっきりとは使用できず、5~10年ぐらいは再発のリスクに怯えなければなりませんが、今は与えられた生をただ思いっきり楽しみたいとつくづく思うのです。

そして「生きる」意味を本気で考えさせてくれた乳癌という経験は、これから私が生きていく中で、教えとなって私を励まし続けるに違いありません。
自分の体の声に耳を傾けて、少しでもおかしいな、と感じたら放置せず原因を知って、必要な治療をする事が大事だと思っています。






川島なお美さんのご冥福をお祈りします。

そして、北斗晶さんには癌を無事に克服して、またテレビで元気にご活躍される時を心から願っています。