今朝ふと感じたことを、実家の方でいつも仲良くしてもらってる
Yちゃんにメールしてみました。

『今までは、お金があれば、心配なく自由に幸せでいられるって
思ってきたけど、それって違うんだね。
 お金があろうがなかろうが、私は自由でいることができれば
幸せなんだなって。
 前にYちゃん、私のこと自由に見えないって言ったでしょう?
子ども生まれてからは特に、親としてこうするべき、こうするのが
当たり前で、できない自分はダメだってしばってきたんだな。
 そろそろそこから脱出してもいいのかな。子供のためや誰かの
為に生きるんじゃなくて、自分の為に生きてもいいのかな。
 必要なもの、そうでないものを自分で選んでもいいんだよね!
まわりにどう思われるかとかばっかり気にしていたけど、
どうでもいいね、そんなこと。
自分の想うようにするのは、ただのワガママって思ってきたけど、
多分家族にも、ただのワガママだと思われてると思うけど、
自由に選択して、自分らしくのびのびと生きて行こうって
思ったよ。』

なんだか急にそんな風に思ったの。

そしたらね、お返事が来たよ。

『自由っていうのは、自分をよく知りバランスよく生きることかな~

 要は自分がニュートラルでいること。

 響子は、自分じゃない人の事、考え過ぎるんじゃないかな?』

って。


うん、そうだなあ。きっと自分のことより、他の誰かのことを
考えている時間の方が圧倒的に長い気がするよ。

だから、外界に起こって来る出来事に、一喜一憂してしまうんだ。

ニュートラルニュートラルって思いながら、

午後から学校の授業参観と懇談会に出席したら、
来年度の役員の話になって、またあの独特の雰囲気にやられて
帰ってきました。5時頃・・・




それからはぐるぐるしっぱなし。
早く頭を切り替えなきゃって思いつつも、
やっぱりなかなかできなかったです

誰がどう思うか、じゃなくて、自分がどうしたいか、なのにね。

わたしは自分の心地よさを最優先したいと思う。

やると決めたことはやる、やらないと決めればやらない。
誰にどう思われようが、自分で心地よい方を選択する。
でも、そこにいることで、気分が悪くなる場を立ち去る勇気も
持っていたい。

なかなか急にはできないけど、自由に生きて行くために、
ちょっとずつだけど、トライしていこうって思うよ(^^)

前の記事に書いた、わかつきめぐみさんの
『きんぎんすなご』に出て来る、素敵な台詞の持ち主さんが、
ちょうど素敵に自由に生きてる人で、憧れちゃいます。
はるちゃん(台詞の持ち主)は、ちょっと極端かもだけど、
あんな風に力が抜けているようで、しっかりと自分の芯をもって、
子育てをしても、まわりを振り回しても、そのしっかりとした
芯の部分をまわりに影響させてるの。さりげなくね。

なんだかんだ言いつつも、その人の生き方そのものが
影響を与えてるってことかもね。
これは物語のお話だけどね。

わかつきさんの作品には、そういった芯のある人々がいっぱい
出て来ます。
だから、きっと、心が淋しくなった時に触れたくなるのかな。


長くなっちゃいましたが、書いてるうちに落ち着いてきたので、
よかったです。


読んでくださって、つきあってくださってありがとう


みんな大好き。

あなたのことが大好きだよ~~


響子より