
令和八年二月十六日(月)
Symphony In D Minor/Franck / Wilhelm Furtwangler(★★★★★)
ノスタルジ度(★★★★★)
ジャケット(★★★☆☆)
ジャンル:Classical Romantic

Side 1
1.1st Mov.: Lento—Allegro Non Troppo
Side 2
1.2nd Mov.: Allegretto
2.3rd Mov.: Allegro Non Troppo
Wilhelm Furtwängler(cond), César Franck(conm), The Vienna Philharmonic Orchestra
Recorded Dec, 1953
Released by London Records – LL 967(mono) / キングレコード株式会社 – MX 9010(mono)
昨日の日の入りは十七時三十九分だった。
今朝の日の出は六時四十二分だ。
曇り空の朝で気温は十度と高い。
ところが午後は十一度止まりで気温は上がらないようだ。
フルトベングラーがセザール・フランクを振った五十三年録音。
オリジナルはロンドン、これはキングの七十八年復刻盤である。
簡素でつまらないジャケット。
もうすこし工夫は出来ないものかね。
フルトベングラーはウィーン・フィルを数知れぬほど振ってきている。
ベートーベンの交響曲をたくさん振っているが
アタシはベートーベンが嫌いなのである。
何度聴いても、大仰な作風に辟易する。
アタシにはベートーベンを聴いて感動する人の気持ちが判らない。
これはセザール・フランクを振ったアルバムなので手に入れてみた。
フランクはフランスの作曲家で、どういうわけか
交響曲はこの一曲しか書いていない。
しかもフランクが六十四歳の作品である。
アタシは近代フランス音楽が好きでよく聴いている。
マーラーやブルックナは別として
ドイツ古典音楽はどうも性に合わぬ。
ドイツのもっとも誇るべき音楽はFree Jazzだろう。
七十年代に終焉を迎えたFree Jazzを頑なに演り続けた
ペータ・ブロッツマンはアタシの敬愛する演奏家だ。
あの頑固さはドイツ人の特有のものなんだろう。
フランクのこの交響曲には意外にもドイツ古典主義風の響きがある。
ベートーベンを尊敬していたフランクだから
それはよく判る。
だが、そこここに垣間見える響きはベートーベンではない。
やはりフランクはフランスの音楽家なのである。
アタシはヨーロッパの中ではドイツという国をたいそう贔屓にしている。
ま、ユーロじゃなくてマルクの時代ですけどね。
ドイツの頑迷さにフランクは本当は苦笑いしていたに違いないとアタシは確信します。

令和八年二月十五日(日)
Summer Night / Mike Wofford Trio(★★★★★)
ノスタルジ度(★★★★☆)
ジャケット(★★★★★)
ジャンル:Bop

Side 1
1.Summer Night
2.Nimrod
3.Sleep, Sweet Child
4.In Walked Monk
5.Slap That Bass
Side 2
1.I Mean You
2.Make Someone Happy
3.Nosey Neighbors
4.Bird Of Paradise
Mike Wofford(p), Monty Budwig(b), John Guerin(ds)
Recorded Oct.12, Nov. 27, 1967 in L.A.
Released by Milestone – MSP 9012(stereo)
昨日の日の入りは十七時三十八分だった。
今朝の日の出は六時四十三分だ。
今朝の気温は九度と高い。
午後は十八度まで上がる模様。
マイク・ウォフォードの六十七年録音。
マイルストーンのオリジナル盤である。
なんだかモロッコの街角でたむろするロックバンドみたいなジャケット。
ロス録音なんですけどね。
針を下ろすと、ジャケットとまったく違う印象の澄み渡った演奏が流れ出す。
いえ、タイコとベースの二人の写真映りが悪すぎるんですね。
マイクを聴くのは初めてだ。
タイコがやたらと喧しいが、マイクのピアノには爽快感がある。
聴いている内に、なんだかモロッコのクラブにいるような気がしてくる。
アタシはモロッコのクラブがどんなところか知らないが
ロスの雰囲気じゃないね。
ちょっと翳りのある演奏がモロッコかロンドンの雰囲気なんです。
アタシはこういうダークな雰囲気を勝手に“モロ・ドン風”と名付けました。
マイクは一時、サラ・ヴォーンやエラ・フィッツジェラルドの歌伴を務めていた。
たしかにマイクの静かで深みのあるピアニズムは
二人の歌伴にぴったりである。
“Sleep, Sweet Child”は北欧録音のような澄み渡る演奏だ。
続く“In Walked Monk”はモンクへのオマージュのような演奏で
スタイルがまったく違うのにとどいを感じる。
マイク・ウォフォードは不思議な感覚のピアノストです。

令和八年二月十四日(土)
The Astrud Gilberto Album With Antonio Carlos Jobim(★★★★★)
ノスタルジ度(★★★★☆)
ジャケット(★★★★☆)
ジャンル:Bossa Nova

Side 1
1.Once I Loved 2:10
2.Agua De Beber 2:16
3.Meditation 2:39
4.And Roses And Roses 2:30
5.O Morro (Nao Tem Vez) 2:55
6.How Insensitive 2:45
Side 2
1.Dindi 2:40
2.Photograph 2:10
3.Dreamer 2:00
4.So Finha De Ser Com Voce 2:15
5.All That's Left Is To Say Goodbye 3:09
Marty Paich(arr. cond), Astrud Gilberto(vo), Antonio Carlos Jobim(g), João Donato(p)
Recorded Jan. 27, 28, 1965. at RCA Studios, Hollywood, California;
Released by Verve Records – 2317 012(stereo) / Elenco – MEV 4(stere)
今日から七十二候は“魚上氷(うおこおりをいずる)”。
寒気団が去り、氷が張らなくなった。
昨日の日の入りは十七時三十七分だった。
今朝の日の出は六時四十四分だ。
アストラッド・ジルベルトの六十五年録音。
オリジナルはヴァーブ、これはエレンコの同時発売盤。
エレンコはブラジルのレーベルである。
簡素なジャケットのジルベルトの写真は粒子が粗すぎるね。
針を下ろすと、透明感のある瑞々しい音が流れ出してくる。
アタシが浪人生だった時分にはボサノバが流行していた。
アタシはセルジオ・メンデスの奏でる旋律にすっかり虜になって
オープン・リールでラジオを録っていたものだ。
深夜放送のラジオから流れるボサノバはとても心地よく。
受験勉強のひと休みに創元推理文庫のSFを開いて
ラジオを小さく流すと
ひと休みの筈がそのままずっと深夜まで続いてしまった。
ジルベルトのちょっと気怠さのある歌声は
地球の裏側の南米の国の象徴のようにアタシの耳に響いた。
岩波文庫でハドスンの“遙かな國、とほい昔”を読んだのもその頃だ。
ハドスンは父親の結核療養で移り住んだアルゼンチンで生まれた。
アルゼンチンのおもいでをつづった“遙かな國、とほい昔”は
ハドスンが七十七歳で出版した。
アタシはハドスンの描くパンパスの情景をおもいうかべて
夢見心地になっていた。
ジルベルトの声はハドスンと重なる。
ブラジルとアルゼンチンは相当離れて居るが
アタシにとってはどちらも地球の裏側の国だ。
もう一度ハドスンを読み返したいが活字が小さすぎて二の足を踏んでいる。