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- 17Nov
[再]カラーシリーズ41「まき毛のロン」作:松本零士
松本零士1938年福岡県に生まれる。53年、15歳の時に『漫画少年』「蜜蜂の冒険」が同誌第1回新人王となる。高校卒業後も九州在住のまま少女誌に”松本あきら”名義で「銀の谷のマリア」などを発表。56年上京、その後、少女漫画から少年・青年漫画に移行。「男おいどん」(72年、第3回講談社出版文化賞)で人気を獲得。78年、第23回小学館漫画賞を受賞した「銀河鉄道999」のほか、SF、戦記、ギャグ漫画など幅広い作風で活躍。朝日新聞2019年11月16日23時10分ニュースイタリア・トリノを訪問中に体調を崩し、脳卒中の疑いで病院に救急搬送された漫画家の松本零士さん(81)について、搬送先の病院が16日、朝日新聞の取材に応じた。病院によると、松本さんは脳卒中ではないが自分で呼吸ができない状態で、依然予断を許さない状況という。24〜48時間は様子を見る必要があるとしている。 松本さんは「銀河鉄道999」「宇宙海賊キャプテンハーロック」などの作品がイタリアでも人気で、同国メディアによると、イタリアで自身の作品のアニメ放映から40周年を記念するイベントに参加するために、14日にトリノを訪問していた。15日午後に「銀河鉄道999」の上映会が開かれた同市内の映画館に行ったが体調が悪くなり、ホテルに戻った後、救急搬送されたという。松本零士先生、無事の帰国を願って[再投稿記事]2019年4月26日の記事の再投稿です。あらかじめ了承願います。1人でも多くの人にこの雑誌を知ってもらう事を願って、試験的に再投稿するものです。 電子書籍で読める「エスの太陽」 『りぼん』昭和40年10月号〜昭和41年 2月号 5回連載このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 15Nov
カラーシリーズ38「ヒヤシンスの花嫁」作:竹本みつる
ヒヤシンスの花嫁 りぼんカラーシリーズ38はシリーズ1 「ふたりの花物語」 以降、全9作をシリーズに発表した竹本みつる作品である。娘を亡くした画家、矢沢が孤児の恵子を引き取るも、パリの大劇場の壁画を描く仕事中の事故で視力に障害が・・・。「りぼんの付録全部カタログ」 集英社刊のインタビュー記事と 「ヒヤシンスの花嫁」 のダイジェストです。カラーシリーズ・インタビュー竹本みつる先生記念すべき、カラーシリーズ第1巻目の作者、そして、シリーズ最多の9作をお描きになった竹本みつる先生のお話です。手塚先生の「新宝島」が、まんがを描くきっかけでした。昭和22年に出た本ですから、読んだのは中学校へあがるころだったと思います。東映映画などをみては、見よう見まねで映画をまんがにしたのを手はじめに、高校生になると北陸本線で1時間くらいの金沢までよっちゅう行っては「北國新聞」の「少年プレス」という少年版のページに、さし絵や子どもまんがを描かせてもらいました。自分のまんがを描いてみようと思ったのは、高校を卒業してすぐです。ずっと描いたり消したりしている「少女と宝石」という少女まんががあって、それを抱えて上京し、ある出版社をたずねると、編集者のOさんが松本零士さん(まだ晟といっていましたが)を紹介してくれました。松本さんはわたしの大恩人です。わたしをトキワ荘に連れていき手塚先生に紹介してくれて、「少女と宝石」を見ていただくことができました。手塚先生は決してほめません。わたしにとって最後まで厳しい”まんがの神様”でしたね。2作目を描いてOさんに見てもらうと、若木書房という貸本マンガの出版社を紹介してくれて、1冊分128ページか短編32ページを毎月描くようになりました。そこで描いたうちのひとつがカラーシリーズ第1巻になった「ふたりの花物語」です。自信作でした。もう50年以上前のことですからどうして「りぼん」を訪ねたかはっきり覚えていないのですが、編集部でUさんというこわもての編集長が読んでくれて、「良かった。うちでなんとか日の目を見られるようやってみるよ」と言ってくれました。それからカラーシリーズがはじまって、全部で9作描いています。読者からのお手紙はうれしかった。仕事が遅くて、1ヶ月で32ページ描くのがやっとだったわたしが128ページ描くのは大変でしたが、そのうれしさは今でも忘れられません。引用:「りぼんの付録全部カタログ」集英社刊このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 11Nov
「美少女戦士セーラームーン」 第12回 1993年1月号
美少女戦士セーラームーン 連載第12回先月号は・・・・クイン・ベリルにあやつられた地場衛は地上にあらわれ、ゲームセンター、クラウンのオーナーの息子、古幡元基のもとに・・・・元基の友人遠藤になりすました地場衛はゲームセンターの地下にあるセーラー戦士の司令室をつきとめ、タキシード仮面の姿で司令室を襲い 「幻の銀水晶」 を奪おうとする。クイン・ベリルに操られたタキシード仮面だと見破ったセーラー戦士たちは反撃する。タキシード仮面の背後にクイン・ベリルが現れ、タキシード仮面は王子エンデミィオンであると告げる。はたしてセーラームーンは・・・・このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 09Nov
『少 女』1959年(昭和34)9月号
少 女1959年(昭和34年)9月号である。巻頭漫画は高橋真琴の数少ない雑誌掲載漫画作品 「東京・パリ」、1960年代から80年代にかけて多くの少女雑誌や幼年誌に絵物語やイラストを描き、絶大な読者支持を得た。巻末に牧美也子の 「少女三人」 最終回がとじこみ付録で掲載されている。本作は連載開始以降、幾度となく本誌から別冊付録に続く形で描かれた 『少女』 を代表する人気連載漫画であった。少女創刊十周年記念大けん賞!少女10月号はびっくり4大ふろく!2学期のお勉強用ノートセットがつきます!別冊付録は今月号で最終回をむかえた 「少女三人」 に続く新連載 「可奈ちゃん」 作:西谷康二 画:牧美也子 64頁と「星からの合図だ!」 作:園生義人 画:大竹昌夫 48頁を収録したA5版、112頁。 あなたはどなたがおすき スター★ニュース! 大川橋蔵ザ・ピーナツ 三船敏郎 島倉千代子 石原裕次郎と長島茂雄 若尾文子 山本富士子 美空ひばり 里見浩太郎 山本豊三 司葉子 鰐淵晴子 桑野みゆきを見舞う津川雅彦と瞳麗子 桜町弘子連載テレビ小説 「ひとりっ子」 主演:松島トモ子 15頁かなしい小説 「おかあさん おかあさん!」 作:橋田寿賀子 主演:小鳩くるみ 14頁 テレビドラマ「おしん」 や 「渡る世間は鬼ばかり」 の脚本家として知られる橋田寿賀子が、少女小説を足掛かりに駆け上がった足跡が確認できる小説。「東京・パリ」原作:春名誠一 画:高橋真琴 4色カラー1+2色カラー12頁 ママの病気も知らないで、あたらしいバレエ研究所ではしゃいでいる、かわいそうな、マリ子・・・・だが!PR漫画 「セイちゃん」 作:いずみあすか(石森章太郎)高橋真琴(たかはし まこと、男性、1934年8月27日- )は、日本の画家、漫画家、イラストレーター。大阪府大阪市出身。中学時代に中原淳一や蕗谷虹児の絵に憧れて、叙情画に興味を持つ。1950年、大阪市立泉尾工業高等学校色染科卒業、1953年、榎本法令館より『奴隷の女王』で貸本漫画デビュー。その後は大阪の日の丸文庫やあかしや書房などで貸本少女漫画を手がける。1957年、雑誌『少女』にて「悲しみの浜辺」を掲載。以降、1960年代から80年代にかけて『なかよし』『マーガレット』『よいこ』などの少女誌・幼女誌の表紙・挿絵を多数執筆。文房具・衣服などのデザインも手がけた。1987年、千葉県佐倉市に「真琴画廊」を開設。現在でも意欲的に創作活動を行い、個展以外にも雑誌表紙・ポスター等で新作を発表している。 Wikipedia「海野カナリア」 作:うちのすみお 16頁 大ひょうばんのスリラーまんが 16頁しげみちゃんと、おそろしい三人の人ごろしをのせた船は、あらしのまっただ中へすすんでゆく‼︎まんが日記 「なまちゃん」 作: 『少女』 愛読者 中村はつえ 2頁「こんにちは山びこさん」原作:淡島弘太郎 構成:小山葉子 13頁日光で、林間学校がひらかれることにきまって、アムール学院の生徒たちは、おどりあがってよろこびました。なかでも、ちどりと洋子のよろこびは、どんなだったでしょう!ところが、それとはんたいに、ひどいショックをうけた三人がいました。それは、ちどりのおとうさん、おかあさんと、寮母先生です。なみだの映画物語 「おかあさんの耳は買えない」 作:赤松セツ子 12頁この映画まんがをよんで、泣かない人は、少女の愛読者にはおりません!みよ子ちゃんのおかあさんは、おとうさんが死んだあと、男のやるような、はげしいしごとをしています。★はたらきすぎて、みよ子ちゃんのおかあさんは、たおれたのです。「星ひめさま」 原作:八剣浩太郎 構成:石井きよみ 11頁 助けて!とさけぶ星ひめの声‼︎仙吉はどこにいる・・・・「チャコちゃんの日記 田舎のおねえちゃん」 原案: 『少女』 愛読 加藤アヤ子 構成:今村洋子 13頁こん月の「いなかのおねえちゃん」は、千葉県木更津市の加藤アヤ子さん(中学一年生)からきたはがきをもとにしてつくりました。あなたも、おもしろい話をしらせてください。今村洋子の代表作「チャコちゃんの日記」紹介記事。左の画像をクリックして確認できます。「となりのとまこちゃん」 作:にしなさだお 5頁十月号からはじまるてれびマンガ 「ママちょっと来て」 2頁1959年7月12日から1963年4月28日まで日本テレビ系列の毎週日曜19:00 - 19:30に放送されたテレビドラマである。全198回。アメリカ製ホームドラマ『パパは何でも知っている』をモデルとして、理想化された家庭像を描いた作品。その後の国産ホームドラマ全盛時代の先駆的番組となった。 Wikipediaとじこみ付録 「少女三人」 「星からの合図だ!」付録の数を競う裏技(多用するので裏技と言えない雑誌もあった)。月刊誌の華、付録。一時期その数の多さで読者の購買意欲を刺激した。新年号ともなると20を超える大付録を連ねるのだが、より多くの付録を実現する作としてとじこみ付録があった。本誌の最後に掲載した何作品かをとじこみ付録と称して、付録にカウントするという荒技。雑誌によってはあまりのとじこみ付録の多さゆえ、付録になってない漫画が無いほどになってしまうことも。3枚のしおりに仕立てた厚紙のタイトル頁。これの方が付録として納得出来そうである。「少女三人」原作:西谷康二 構成:牧美也子 28頁これまでの話 純子・・・にど目のおかあさんと、しあわせにくらしている少女。でも、トンネルの事故で、足に大けがをしてしまいました。ゆり・・・みなしごだったのを、三平おじさんにひろわれたのがきっかけで、いまでは、ゆうめいな少女歌手、並木ゆりとなりました。いないと思っていたおとうさんにめぐリあう、幸福をつかみましたが、父、大月五郎は、自分の、バス会社のために、純子のおとうさんのしている、トンネル工事のじゃまをしたのでした。令子・・・上野駅で、人さらいにさらわれるところを、そのころ、花うりむすめだった、ゆりにたすけられたのですが、ゆりが、歌手になったのをねたんで、ゆりがだいじにしていた、マリア像を、ぬすんでにげたのでした。でも、ゆりや、純子のおかあさんになっていた、自分のほんとうのおかあさんたちにはげまされ、だんだん、すなおな少女になっていくのでした。ところが、トンネル爆破の事件で・・・。「星からの合図だ!」 原作:園生義人 構成:大竹晶夫 20頁 宇宙まんがジャグ族のために、地球は、めちゃくちゃになってしまった!柴田博士はどうなるでしょうか?このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 06Nov
『少年ブック』1969年(昭和44年)4月最終号
少年ブック 1969年(昭和44年)4月最終号である。『少年ブック』 は1949年に創刊した 『おもしろブック』 を改題する形で1959年に誕生した。Wikipediaによると1969年4月号をもって 『別冊少年ジャンプ』 に統合される形で廃刊となったとある。だが、本誌により統合雑誌は 『別冊少年ジャンプ』 ではなく、9ヶ月前の昭和43年8月に創刊された月2回発行の 『少年ジャンプ』 であったこと、統合時はすでに2年目の5号に達していた 『少年ジャンプ』への移行漫画はなく、主力執筆陣の梅本さちお・望月三起也と常連漫画家の貝塚ひろし・川崎のぼるらが 『少年ジャンプ』に新作を描いていることを指して統合と称したものだったことがわかる。『少年ジャンプ』 〜 『少年ブック』 ドッキング大懸賞(ドッキング=統合としたようだ)'69年の漫画界を圧倒的にリードする少年ジャンプ 『少年ブック』で 「流星球団」 を連載していた梅本さちおは 「爆発野郎」 を連載中、「ケネディ騎士団」 を連載していた望月三起也は 「祖国はわが腕に」 を執筆、「少年ブック」 常連漫画家の貝塚ひろしは 「父の魂」 を連載中、同じく常連漫画家の川崎のぼるは 「男の条件」 を連載中である。「少年プラ模型新聞」 2色カラー11頁 「少年プラ模型新聞」が 『少年ジャンプ』 へ引き継がれる。当時のプラ模型ブームは月刊少年雑誌の華であった組立付録の衰退を生み、月刊誌が休刊となる一因にもなった。「流星球団」 作:梅本さちお 原作:福本和也 2色カラー8+25ページ ★流星エース七人が決まり、残り二人は最後に突然登場して球団の試合を描くことなく連載終了「爆発野郎」告知★敗戦の混乱から、でっかい夢をひっさげて立ちあがった、太志少年の、でっかい行動力‼︎読切 「ドロボウ学園」 作:板井れんたろう 15ページ「グランプリ野郎」 と 「バンパイヤ」 二大巨匠作品の最終回・・・・「グランプリ野郎」は、光文社の月刊誌 『少年』 に昭和41年4月号から昭和43年3月号まで連載された作品である。『少年』休刊の翌月、昭和43年4月号から集英社の 『少年ブック』 に再編集版を連載開始した。だが、『少年ブック』も昭和44年の4月に既刊の 『少年ジャンプ』 と統合することになり、F1に乗って世界のグランプリを制する夢を持つ主人公若林真一が、日米レースを制するまでを描いて終了した。2度の掲載誌の休刊などにより未完作となった。「バンパイヤ」 第2部、手塚治虫作品は、小学館発行の 『少年サンデー』 に連載された第1部完結後、テレビドラマ放送に合わせて 『少年ブック』 に連載されたものである。最終回はエピソードの完結すら描くことなく、唐突に終了した。「バンパイヤ」 作:手塚治虫 19ページ ★おわび・・・休刊(ここでは休刊と表現)のため、話の途中ですが、これでおわらせていただきます。・・・ 「少年ブック」 編集部「グランプリ野郎」 作:横山光輝 29ページ ★大好評の「グランプリ野郎」は、今月号で終わりです。長い間のご愛読ありがとうございました。『少年ブック』 版 「グランプリ野郎」 新連載号 1968年(昭和43年)4月号作者のことば この物語は、雑誌 『少年』 に連載中のものでしたが、雑誌が休刊となったため、「少年ブック」 で話を一部かえて、完結まで発表させていただくことになりました。はじめて読む読者のために、物語は、さいしょから進めていきます。いままで読んでくださっていたファンも、新しい読者といっしょに、完結まで若林真一を応援してください。「光速エスパー」 松本零士 26ページ ★長いあいだ「高速エスパー」をご愛読くださってありがとう!今度は「少年ジャンプ」であいましょう!『少年ジャンプ』で連載中「高速エスパーくんの漫画SF大学」「オトイレ大作戦」 作:高橋タクミ 5ページ「イジワル死んでもなおらない」 作:長谷邦夫とフジオ・プロ 22ページ「ケネディ騎士団」 作:望月三起也 41ページ ★長い間、ご愛読ありがとう。きみも源のような熱いハートと力づよい勇気をもちつづけてください!(少ブ編集部)特報‼︎ 「少年ジャンプ」◆少年ジャンプのすべて 巻末に 『少年ジャンプ』 連載中の3作品、統合時の回が掲載されている。"このつづきは少年ジャンプ No.6 でどうぞ!"として、読者を 『少年ジャンプ』 へ誘導した。 予告「祖国はわが腕に」 作:望月三起也「父の魂」 作:貝塚ひろし 27ページ「ハレンチ学園」 作:永井豪 15ページ「男の条件」 作:川崎のぼる 13ページJUNPの誇り!強力連載漫画少年ブック休刊のごあいさつ(ここでは休刊と表現)・少年ジャンプの決意とごあいさつ・・・・みなさんの心を、今まで以上にゆりうごかす雑誌とするために、「少年ジャンプ」といっしょになることになりました・・・・ 『少年ジャンプ』 創刊号復刻版より 「くじら大吾」 作:梅本さちお 39ページ「父の魂」 作:貝塚ひろし 47ページ 「ハレンチ学園」 作:永井豪 15ページ「ドル野郎」 作:望月三起也 31ページ 「大あばれアパッチ君」 作:赤塚不二夫 23ページ このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 05Nov
[再]『まんが王』1964年(昭和39年)1月号
まんが王 1949年創刊『少年少女冒険王』の増刊号「漫画王」として刊行、のちに独立した。昭和35年1月に「まんが王」に改題、昭和36年5月には「小学生画報」改題するも昭和37年1月に「まんが王」に戻り、昭和47年3月号をもって休刊となった。[再投稿記事]2019年4月26日の記事の再投稿です。あらかじめ了承願います。1人でも多くの人にこの雑誌を知ってもらう事を願って、試験的に再投稿するものです。このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 03Nov
「美少女戦士セーラームーン」 第11回 1992年12月号
美少女戦士セーラームーン前回までは・・・はるか遠いむかし、月には王国シルバーミレニアムがあった。 月のプリンセスセレニティと地球の王子エンディミオンは互いにひかれあっていた。地球にひそむ悪魔はそれを手にしたものは宇宙を制するといわれる 「幻の銀水晶」 をねらい、地球の戦士をあやつって月に攻めいる。戦いの末、ともに滅びてしまった月の王国と地球・・・。地球に月野うさぎと地場衛として生まれ変わったプリンセスセレニティと王子エンデミオン。月野うさぎがプリンセスセレニティとして覚醒するも、地場衛は悪魔の手先クイン・ベリルに連れ去られてしまう・・・・・美少女戦士セーラームーン 12月号は・・・1993年1月号の 『なかよし』 は・・・このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 01Nov
「冒険 日本号」 作:小沢さとる
冒険日本号小沢さとるの科学冒険まんがである。『冒険王』 連載、1965年9月号の回。1936年埼玉県に生まれ、工業高校在学中に漫画家を志し、57年、『少女』 に 「ルミ死なないで」 を発表してデビュー。作者最大のヒット作とも言える海洋戦記漫画 「サブマリン707」 で発揮された機械を描く圧倒的な絵の力。「冒険 日本号」 のこの回でも、その魅力が存分に発揮されている。地球を後にした 「日本号」 から飛びたった 「日本号フライト」 が謎の円盤の攻撃をうけ、隊長をうしなうことに・・・。この回全26頁にコマをつないで展開されるシーン。小沢さとるの魅力が堪能できる。世界のこどもの夢と希望をのせて七つの海をかけめぐる「冒険 日本号」木こりの遺産一兆円を相続した日本太郎は「冒険日本号」をつくって世界中の少年たちと冒険旅行をしようとかんがえていた。科学の粋をあつめた「日本号」が完成し、自衛隊の名パイロット雷一佐が「日本号」の乗組員第一号となった。やがて世界中からえらばれた少年たちが「日本号」に乗りくみ、つぎに「日本号フライト」のパイロットに太郎はじめ六人がえらばれた。雷隊長は、成層圏パトロールのためにロケット機の発進を命じた。果てしない宇宙にむかって太郎のロケット機は発進しようとしている。さて・・・・。この回終わり隊長機爆発シーン 注:編集画像このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 30Oct
『 なかよし 』1967年(昭和42年)5月号
なかよし1967年(昭和42年)5月号である。巻頭漫画は新連載 「星のゆりかご」 作:牧美也子、続く作品はドラマチックなストーリー展開で読者の指示を得た 「ガラスのバレーシューズ」 作:松尾美保子。共に4色カラー頁が美しい。注目は、読切 「かなしい白鳥」 作:諏訪栄。小島剛夕の別ペンネームでの発表作品である。『週刊少女フレンド』 で蛇(異形の人物)もの作品ブームを巻き起こした楳図かずおの学園コメディー「ロマンスの薬あげます」連載中。別冊付録 『なかよしブック』 「ウィーン少年合唱団物語浜千鳥の歌」 作:松井由美子 叙情歌 「浜千鳥の歌」 にウィーン少年合唱団の少年と日本の少女の友情をのせて描いた作品。次号の 『なかよしブック』 は映画 『おしゃれどろぼう』 のコミカライズ、作:中島利行。競合誌 『りぼん』 の 『りぼんカラーシリーズ』 に対抗すべく企画された 『なかよし』 の 『なかよしブック』 であったが、『りぼんカラーシリーズ』 が一貫して 「愛と感動の物語」 をテーマにしたのに対し、『なかよしブック』 はノンフィクション、フィクションの感動もので始まり、楳図かずお作品、グループサウンズや歌手の実話もの、ジャンルの特定できない作品群と続く、迷走ぶりであった。お花の香水カード カーネーション 実際に香水がかおるカードグラビア 「かぐや姫」 モデルは子役やモデルとして活躍後、寿司チェーン店「小銭すし」を創業し、実業家に転身した太田博之と林あつ子。映画物語 ウィーン少年合唱団総出演 「野ばら」新連載 「 星のゆりかご 」作:牧美也子 4色カラー4+16頁 1967年5月号 - 1968年7月号「ガラスのバレーシューズ」 作:松尾美保子 4色カラー4+15頁 1966年1月号 - 1967年12月号貧しい家庭に育つ少女、香川純子は謎の人の支えを得てパリのバレー学校に留学。そこには日本のバレー学校の会長の娘金井玲子が。純子に対する玲子の冷たい仕打ちが続く。「スタートいっしょに笑ってチョーダイ」 2色カラー4+4頁「チャコねえちゃん」 作:竹中きよし 2色カラー4+9頁 1967年5月号 - 1968年4月号1967年4月6日から1968年3月28日までTBS系列の毎週木曜19:30 - 20:00に放送された児童向けドラマ『チャコねえちゃん』全52回のコミカライズ。ドラマは『チャコちゃんシリーズ』第5作にあたる。水野英子世界名作シリーズ「ロミオとジュリエット」 作:水野英子 4頁「かなしい白鳥」 作:諏訪栄(小島剛夕) 31頁小島剛夕 1928年三重県に生まれる。父親が肖像画家のため幼少より絵を描いたが、様々な職業を転々とする。50年に上京して紙芝居画家に。58年、「かげろう殺法」で貸本デビューし、ひばり書房より数多くの貸本時代劇を発表、静かな支持を集める。白土三平の赤目プロのアシスタントとして「カムイ伝」などの作画に協力。70年から『週刊漫画アクション』に連載された「子連れ狼」が大ヒットする。 現代漫画博物館読切 「おまかせテディ」 作:長谷川一 16頁「ヨッちゃんパンチ」 作:今村ゆたか 16頁 1965年4月号 - 1967年9月号「おいでロッテ」 作:望月あきら 23頁 1966年8月号 - 1967年10月号「おっとマチ子ちゃん」 作:深江恵二子 5頁 1966年7月号 - 1967年5月号「ロマンスの薬あげます!」 作:楳図かずお 24頁 1966年8月号 - 1967年8月号「とっても!ステキちゃん」 作:藤木輝美 8頁読切 「アンネの日記」 作:松井由美子 27頁「たのしいおばけシリーズ」 作:水木しげる 4頁 いよいよはじまった、水木しげる先生の・・・・「青衣の怪人」 原作:西条八十 え:石原豪人 8頁 西條 八十1892年-1970年は、詩人、作詞家、仏文学者。西条八十による児童小説は1924年の『少女倶楽部』 掲載 「はかなき誓」に始まり、1960年の 『なかよ』 連載 「笛をふく影」まで続く。本作は1951年に 『少女クラブ』 に連載された「青衣の怪人」のダイジェスト版である。「原作:西条八十」とあるが昭和41年なかよし8月号の予告を見ると西條八十が執筆したらしい。これは雑誌では挿絵と文が半々の、文字で書いたマンガという扱いのためであろう。挿絵は石原豪人。 「ガラスのバレーシューズ」 新連載号 『 なかよし 』 1966年(昭和41年)1月号画像をクリックすると紹介記事にジャンプします。このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 29Oct
カラーシリーズ 45 「若草物語」 作:北島洋子
若草物語りぼんカラーシリーズ45は北島洋子作品である。北島洋子によるシリーズ作品はこのほかに、シリーズ49「アンネの日記」、映画「アンネの日記」のコミカライズがある。代表作「スィート★ラーラ」で1960年代終盤から1970年代にかけて少女雑誌の誌面を賑わせたロマンティックコメディー人気の先陣を切った。マーチ家は貧しい一家です。おとうさんが戦争にいってしまったあと、おかあさんが働きにでて生活をささえているのですから。けれどメグ、ジョー、ベス、エィミーの四人姉妹はあかるく素直な、まるで若草のような少女たちでした。クリスマスのプレゼント四人の姉妹はママといっしょにかいがいしくはたらきました。火でへやをあたため子供たちにふくをきせ、たべものをあたえて・・・。ハンメルさんの目からはとめどなくかんしゃのなみだがながれおちました。おこづかいで、ママのためにプレゼントを・・・・。クリスマスのよるはふけていきます。みんなあたたかい、しあわせなきもちでいっぱいでした。ダンス・パーティそんなしあわせがさめやらぬある日、メグとジョーにちかくのガーディナー家からダンスパーティの招待状がまいこみました。そこで、となりのローレンス家の孫、ローリーとしりあいになりました。ローレンス家の人たちジョーはかぜを引いたローリーをみまいました。ローリーは寂しそうでした。「お金がありあまるほどあってもそれですべてがみちたりるわけじゃないのね・・・・」こわそうだとおもっていたローレンスさんはやさしく、ジョーはローレンス家の本をじゆうに読ませてもらえることになりました。「ローリー わたしの夢は小説家になることよ」 そして、はにかみやのベスはローレンスさんのるすちゅうにピアノをひかせてもらい・・・・。ベスにローレンスさんからピアノのプレゼントがとどき、ローレンスさんのほおにかんしゃのキスをしたときからベスは、まるで心にあつくはっていたはにかみの氷がとけてしまったかのようにかいかつな少女にかわりました。母のいない家電報で届いたパパが危篤のしらせが・・・・ 「ママ・・・・これからママは旅費もくめんしなきゃならないんだわ よぶんなお金があるはずないもの・・・・」ベスの病気ママのるすちゅうにハンメルさんの赤ちゃんを見舞ったベスに赤ちゃんのしょうこうねつがうつってしまいました。やさしい心のベスはみんなにしんぱいをかけまいとひっしに苦しさをがまんするのでした。ジョーたちのひっしのかんびょうのかいあってベスはかいふくし、ママももどってきました。メグの結婚その年のクリスマスはいままでになくたのしいものになりました。ブルックさんとメグの婚約発表がいっしょだったからです。もうひとつうれしい知らせがありました。ジョーの応募小説がみごと当選したのです。そして元気になったパパも帰ってきてくれて・・・・。北島洋子の作品ロンドン 大金持ちのグランド伯爵家の娘ラーラが巻き起こす明るく楽しい騒動・・・・『 少女フレンド 』 連載 「ナイルの王冠 」『 少女フレンド 』 連載 「 ロレッタ 」と「 アイリス 」このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 26Oct
[再]『ぼくら』1965年(昭和40年)2月号
ぼくら講談社から発行されていた月刊漫画雑誌であり1954年12月創刊(1955年1月号)、1969年10月号で休刊になった。創刊当初は『少年クラブ』との2枚看板で幾多の競合誌を相手に奮闘したが、1960年代後半の週刊漫画雑誌の台頭に抗しきれず、休刊。直後の1969年11月に『週刊ぼくらマガジン』として再出発を図った。末期の人気作品であった「タイガーマスク」は、同新雑誌の看板作品として連載を継承した。[再投稿記事]2019年5月9日の記事の再投稿です。あらかじめ了承願います。1人でも多くの人にこの雑誌を知ってもらう事を願って、試験的に再投稿するものです。このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
movies 「 楽 園 」
『 楽 園 』2019年10月18日公開。監督・脚本は瀬々敬久、主演は綾野剛。第76回ヴェネツィア国際映画祭公式イベント 「Focus on Japan」 正式出品作品。吉田修一の短編小説集 『犯罪小説集』 を原作とし、未解決の幼女誘拐事件と同じ場所で12年後に起きた2つの事件を巡り、容疑者と疑われる青年、心に傷を負った少女、限界集落に暮らす男性の人生が交錯していく姿を描くサスペンスドラマWikipedia2019年10月25日 109シネマズ 二子玉川
- 24Oct
『少 年』1967年(昭和42年)1月号
少 年 創刊20周年を迎えた1967年の1月号である。『少 年』 の代名詞とも言える2大ロボット漫画のひとつ、「鉄人28号」 は前年に連載を終了しており、一方の 「鉄腕アトム」 も本誌掲載のみである。新連載作品が2本あり、「大マシン」 作:泉ゆき雄、「閃光マック」 作:一峰大二。注目すべきは次号より連載を開始する 「シャドウマン」 作:さいとうたかを作品の予告編である。予告編としては破格の10頁を掲載して、読者に作品の魅力を訴えている。新年おめでとう カラー速報 第13回 東京モーターショー これが’67年型だ‼︎『少 年』2月号のおしらせ 新年号なみの8大ふろく別冊付録の新しい形式として企画された、新書版別冊付録 『少年コミクス』 。2月号は 「シルバークロス」 である。3月号は 「鉄腕アトム」 で、1話完結、読切式の予定が、手塚治虫の都合で頁数が少なくなり、ストーリーは次号へ続いた。鉄腕アトム復刻大全集地球の時代21世紀 アーサー・C・クラーク「未来のプロフィル」より、13頁 2000年から2100年まで、地球の未来がどう発展を遂げるかを描いた「未来年表」。制御による気象現象軽減が可能に・・・なるはずだった。2020年 気象コントロール完成 〜あすはクモリのちハレに決定しました〜「鉄腕アトム」 作:手塚治虫 顔のないロボットの巻 33頁「忍者 ハットリくん」 作:藤子不二雄 父上母上おなつかしゅうござるの巻 17頁新連載 「大マシン」 作:泉ゆき雄 24頁「ポテト大将」 作:板井れんたろう 21世紀の夢の巻 15頁「ミスター★ジャイアンツ」 作:森田拳次 顔のないロボットの巻 17頁「ストップ!にいちゃん」 作:関谷ひさし Go!Go!ゴーカートの巻 30頁新連載 「閃光マック」 作:一峰大二 顔のないロボットの巻 24頁明日の世界からやってきた謎の少年 「閃光マック」 うて!悪の手を。見せろ。スパークガンのうでのさえ‼︎ 「電人アロー」 昭和39年9月号ー昭和41年12月号連載に続き始まった一峰大二の漫画。白鳥座R13号星の宇宙平和隊員(スペースパトロール隊員)閃光マックが、宇宙征服を企むブラックデモンの首領、デモン星人と闘う宇宙人ヒーロー漫画。12月号まで、12回連載。「それいけ!カンスケ」 作:太宰 勉 月影のマジョリカ 23頁「パンチくん」 作:吉田ゆたか 15頁「光速エスパー」 作:あさのりじ 連載は『少年』休刊の昭和43年3月号まで続いた。エスパー星人の両親に育てられたヒカル少年は、「宇宙の侵略者」ギロン星人の魔手から地球を守るため、7つの能力を秘めた強化服によって無敵の光速エスパーに生まれ変わる―。マンガショップ『少年ブック』 版 「光速エスパー」 最終回作:松本零士 テレビドラマ版の再放送時に 『少年ブック』 に連載された。松本版は仕事を受けるにあたって 「好きにやらせてくれるなら」 という条件を出したこともあり、全くのオリジナルストーリーになっており、のちに主人公名が 『宇宙戦艦ヤマト』 に流用され、主人公の境遇は 『銀河鉄道999』 の星野鉄郎のキャラクター原型の一つとなった。故郷バシウト星の政変により難民となった宇宙人少年、エスパーが地球にたどり着き、異端の科学者古代博士の養子となる。古代すすむと名乗ることになった少年は、本星で邪悪な政権打倒のためにレジスタンスとして戦う両親を想いながら、博士の開発した強化服(バシウト星人の卓越した体力をもってしか着こなせない未完成な代物)を身につけ 「光速エスパー」 として、拡大政策をもって地球に侵攻してきたバシウト星人と戦う。 Wikipedia次号新連載予告 「シャドウマン」作:さいとうたかをナチスドイツに協力した日本人学者、滝沢博士は、世界征服を企む犯罪組織レリッシュの超人計画のために人体改造の研究を進めた結果、ついに超人を誕生させるに至った。実験に選ばれた構成員のひとり片桐は、実験中に暴れ出しアジトを飛び出し、強盗の乗った車に出くわし、その驚異の力で車を持ち上げるなど暴れまわり、駆けつけた警官の射撃により絶命してしまう。連載は 『少年』 休刊の昭和43年3月号まで続いた。作者はスポーツ選手に代表されるような黒人の驚異的な肉体のイメージをもとに 「シャドウマン」 と言うヒーローを創出したとコメントしている。まんが動物科学シリーズ 「生きてる怪獣」 あさのりじ 7頁「カムイの剣」 文:矢野 徹 絵:山本朝也 17頁このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 23Oct
[再] 『少女クラブ』 1960年(昭和35年)1月号
少女クラブ 1923年に『少女倶楽部』として創刊され、1946年に雑誌名を『少女クラブ』に改め、1962年に『週間少女フレンド』へと発展して刊行を終了した。少女小説や詩を中心に掲載していたが、後に漫画作品が主となった。この号で連載を開始した三作品、水野英子「星のたてごと」、細川知栄子「母の名よべば」、東浦美津夫「夕月の山びこ」はいずれも『少女クラブ』終盤の人気連載となった。[再投稿記事]2019年5月18日の記事の再投稿です。あらかじめ了承願います。1人でも多くの人にこの雑誌を知ってもらう事を願って、試験的に再投稿するものです。このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 22Oct
[再]『少 年』1964年(昭和39年)7月号
少年 「少年画報」と並ぶ少年月刊誌のトップランナー『少年』7月号。連載まんがの魅力が主であった『少年画報』に対し、「鉄人28号」「鉄腕アトム」の2大ロボットまんがに加えて読み物と組み立てふろくも充実しており、少年雑誌の王者に相応しい編集内容であった。この年の秋に第18回東京オリンピックが開催されることもあり、グラビアと読み物にオリンピックを取り上げている。[再投稿記事]2019年4月26日の記事の再投稿です。あらかじめ了承願います。1人でも多くの人にこの雑誌を知ってもらう事を願って、試験的に再投稿するものです。このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 20Oct
「美少女戦士セーラームーン」第10回 1992年11月号
美少女戦士セーラームーン前回は・・・ダーク・キングダム四天王の一人、クンツァイトの手にかかってしまった地球国の第1王子エンディミオン、タキシード仮面(地場衛)。その衝撃でセーラームーン(月野うさぎ)に過去の記憶が蘇る。自分こそが月の王国シルバーミレニアムのプリンセス、セレニティであり、流す涙の結晶が「幻の銀水晶」であると。プリンセスセレニティの側近、ネコのルナとアルテミスはセーラーV(セーラーヴィーナス・愛野美奈子)をプリンセスセレニティのダミーにして、セーラームーンがプリンセスセレニティであるという記憶を封印していたのだ。クンツァイトに連れ去られたタキシード仮面の体には「幻の銀水晶」の一部が吸い込まれた。そのタキシード仮面を取り戻すべく、セーラームーンとセーラー戦士四人は月の王国へ・・・・・美少女戦士セーラームーン 11月号は・・・12月号の 『なかよし』 は・・・このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 19Oct
カラーシリーズ 7 「小さな花」 作:わたなべまさこ
小さな花わたなべまさこは、1963年1月号新連載の 「カメリア館」 から1969年8月号最終回の 「パパは恋人」 まで長期に渡って 『りぼん』 に名作を残した。本作は作者による 『りぼんカラーシリーズ』 唯一の作品、幼くして両親をなくした少女ジェーンの運命がミステリアスな愛の結末につながる秀作である。ジェーンがロウウッド孤児院に向かう日、見送ってくれたのはメイドのベッシィだけでした。幼くして両親を失ったジェーンを引き取った叔母とその娘のイライザは、成長したジェーンを受け入れてくれませんでした。少女ジェーンのものがたり 小さな花ジェーンはロウウッド孤児院のやさしい院長にむかえられましたが、生徒長のミルー先生はきびしい人でした。孤児院の生活になれないジェーンにやさしくしてくれたのは、ヘレンと言う少女でした。ミレー先生は何かにつけてヘレンに辛く当たります。それでもヘレンは、先生は自分の欠点を注意してくださっているのだとミレー先生を信じていました。そのやさしいヘレンが風邪がもとで亡くなってしまいます。ヘレンの亡くなった朝、慈善家のロチェスター氏がロウウッド孤児院を訪れていました。ジェーンがヘレンと友達だったと聞いたロチェスター氏はジェーンを引き取りたいと申し出ます。ロチェスター氏の大きなお城で何不自由なく生活するジェーンですが、自分は本当にロチェスター氏に愛されているのだろうかと言う思いがありました。ヘレンを失った自分をあわれんで引き取ったのではないかと・・・。それもでも日が経ち、ロチェスター氏の愛情を受けるうちにジェーンの心は和らいでいきました。ある夜、気味の悪い笑い声に誘われて入った部屋にヘレンが・・・。それは、ヘレンではなくローラァと言う少女でした。ヘレンとローラァは双子の姉妹だったのです。ロチェスター氏はジェーンに真実を話しました。精神を病んだ子として生まれたローラァ。そのローラァがいたずらで起こした火事でヘレンは行方不明になってしまったと。以来、孤児院への慈善を始め、ロウウッド孤児院で行方不明だったヘレンの死を聞いたのでした。ふたたびジェーンは、やはりローウッド氏はヘレンを失ったジェーンを哀れんで引き取ったのだという思いに苦しみます。ジェーンのすくいはローラァでした。ジェーンにはローラァがヘレンのように思えたのです。しかし、そのローラァも肺炎で亡くなってしまいます。ローラァさえも失ってしまったジェーンはロチェスター氏の愛さえも信じられず、孤児院へ戻る決意をします。雪の中、馬車のジェーンを追いかけてきたのはロチェスター氏でした。いかないでくれ!ジェーンわしをひとりにしないでおくれわたしのかなしみをわかってくれるのはきみひとりだけだみすてないでおくれジェーン心から愛しているよ雪の下で小さなつぼみがふくらみかけた小さな花 それはきびしい運命に負けなかったジェーンのようでもありました。わたなべまさこ 『なかよし』 の別冊付録このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 18Oct
[再]カラーシリーズ36「九平とねえちゃん」作:赤塚不二夫
赤塚不二夫 1935年、旧満州(中国北東部)に生まれ、46年に引き揚げ後、奈良・新潟県で育つ。56年、貸本漫画「嵐をこえて」でデビュー。少年月刊誌『まんが王』発表の『ナマちゃん』が契機となり、同様の人気作を次々に連載。本作は少女月刊誌『りぼん』連載「ひみつのアッコちゃん」の初期連載が終了して程なく発表された戦争をテーマにしたドラマ作品で、ギャグマンガの第一人者であった作者が残した最後の「悲しいまんが」とも言える。[再投稿記事]2019年4月22日の記事の再投稿です。あらかじめ了承願います。1人でも多くの人にこの雑誌を知ってもらう事を願って、試験的に再投稿するものです。このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 17Oct
『りぼん』1967年(昭和42年)5月号
りぼん 昭和42年5月号である。牧美也子とわたなべまさこのカラーぺージの美しさで読者を魅了し続けた 『りぼん』 に、水野英子の「ハニーハニーのすてきな冒険」が加わり、カラー頁作品が3作掲載されている。デラックス12大付録は水野英子作品の主人公ハニーの絵柄を使った「かわいいマスコットハニーちゃんの卓上人形」と牧美也子作品の主人公まゆみを絵柄に使った「まゆみちゃんレターラック」など実用的で夢のある付録。色使いが美しい表紙のモデルは鈴木登志子。こんにちはニッポン! ウィーン少年合唱団来日メンバー名簿5度目の来日となったウィーン少年合唱団のグラビアとメンバーの名簿。名簿は3つ折り綴込みで、来日メンバー13人のブロマイドの裏に各団員の ①生年月日 ②出生地 ③しゅみ ④とくいな学科 ⑤すきなスポーツが紹介されている。りぼん母の日カード二つ折りの表は窓付になっており、窓にルノワールの絵をあしらってある。りぼん6月号のふろくでたのしいパーティをひらこう!10のパーティアイテム、別冊カラーシリーズ50 「野ばら」 作:新城さちことウィーン少年合唱団手帳。この号のカラーシリーズ49は 「アンネの日記」 作:北島洋子。りぼん4月大増刊号のお知らせ 『りぼんカラーシリーズ』 は月刊誌の付録77作の他に、増刊号の付録が2作品あり、そのうちの1作にあたる 「四つ葉のクローバー」 作:むれあきこ は増刊号の付録であった。 別冊りぼんNo.6のお知らせ 見逃した 『りぼんカラーシリーズ』 作品を読みたいという読者の要望に応えて発行されたA5版の再録雑誌(オリジナル別冊はB6版)。この号の掲載はシリーズ41 「まき毛のロン」 作:松本零士、シリーズ13 「お姉さんのいる街」 作:竹本みつる 巻頭まんが 「道ふたつ」 作:牧美也子 原作:西谷康二 27頁 連載期間1967年1月号 - 1968年2月号 ❤︎日本中の少女の間で大評判 ‼︎ 大長編青春ドラマ「ハニーハニーのすてきな冒険」 作:水野英子 35頁 連載期間1966年9月号 - 1967年8月号 ★かわいい王女さまが世界をまたに胸のすく大活躍‼︎ 1981年10月17日から1982年5月1日まで、フジテレビ他にて全29で放送された。テレビアニメ版で主人公達が訪ねた国々は、イタリア王国・ドイツ帝国・フランス共和国・スペイン王国・ポルトガル王国・ノルウェーなど、計17ヶ国である。アニメではオーストリア=ハンガリー帝国から始まった「冒険」は、アメリカ合衆国にて終焉を迎えているが、原作漫画ではアメリカから去った後のハニー・ハニーらの活躍も描かれている。Wikipedia「5年ひばり組」 作:巴 里夫 25頁 連載期間1965年7月号 - 1969年10月号 ★りぼんにだけのっている、ウルトラCの現代っ子まんが‼︎ 巴里夫は 『りぼんカラーシリーズ』 に全7作を発表した。『りぼん』 で人気に火がついた巴里夫作品は後に次々と競合他誌にも掲載され、圧倒的な読者の支持を得た。1978年頃より集英社の編集者として新人漫画家の育成に携わり、晩年は昔の作品の復刻出版を行っていた。2016年7月1日83歳、死去。氏の思いは引き継がれ、「巴 里夫のマンガ伝承保存会」 として今も復刻が継続されている。読切連載美智子シリーズ 「みどりの春風」 作:田中満智子 16頁 貸本まんがで多くの作品を発表した作者が少女たちの友情や心の葛藤を描いた連作。「あした輝く星」 作:樹村みのり 16頁 連載期間1967年4月号 - 1967年6月号1964年、14歳の時に「ピクニック」(『りぼん』春の増刊)でデビュー。以後、夏休みや春休みごとに執筆する学生作家として活動。本作はスターをめざす少女の夢と情熱を描いた、作者18歳の時の作品である。デビュー直後に発表したカラーシリーズ28 「ふたりだけの空」 はアメリカ、フランス、ポーランドを舞台に、人種差別や戦争の悲劇を描いたオムニバス作品で、作者が当時15歳とは思えない視点と描画でみずみずしく描かれた。「ドレミファ家族」 作:水沢まりこ 16頁 連載期間1967年1月号 - 1967年6月号❤︎おちゃっぴいまり子のハッスル日記「その名はテス」 作:松本零士 20頁 連載期間1967年1月号 - 1967年6月号◆大きなお屋敷にうまれながら、重なる不幸に苦労をつづける子犬のテス。そのテスの、たったひとつの希望は、やさしくかわいがってくれたマリちゃんでした、、、、。作者得意の動物感動漫画。「ミータンとおはよう」 作:赤塚不二夫 12頁 連載期間1967年1月号 - 1967年7月号★たいへんだあー‼︎ミータンがゆうかいされたヨーン‼︎きいてびっくりチビラは、犯人もとめて大活躍。「魔法使いサリー」 作:横山光輝 24頁 連載期間1966年7月号 - 1967年10月号テレビアニメ放送中 連載当初は 『魔法使いサニー』 の題名であったが5回連載した後に 『魔法使いサリー』 と名前を変えた。これは、アニメ化の話題になり 「サニー」 の商標権を持っている家電メーカーのソニーから 「サニー」 の使用許可が下りなかったための変更である(自動車の 「サニー」 を販売していた日産自動車はソニーから使用許可を得ている)。以後、漫画・アニメ共に 「魔法使いサリー」 の名前で統一し作品を展開している。Wikipedia「ねむの木の子守歌」 作:わたなべまさこ 連載期間1966年11月号 - 1967年8月号 カラー折込+24頁 わたなべまさこ作品の魅力が発揮された美しいカラーの扉絵。B5×2の横長サイズ。連載小説 「さすらい山河」 作:水上 勉 絵:糸賀君子 9頁 連載期間1966年5月号 - 1967年12月号関連記事の紹介 画像をクリックすると関連記事にジャンプします。画像左から水野英子の 「ハニーハニのすてきな冒険」 総集編別冊付録「マスコットコミックス」水野英子の カラーシリーズ33 「奇跡の人」 松本零士の カラーシリーズ41 「まき毛のロン」このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。
- 15Oct
「リンゴの並木道」作:西谷祥子
西谷祥子1943年、高知県に生まれる。61年、『少女クラブ』 に「ふたごの天使」 を発表しデビュー。学園ラブコメディーや青春ものの先駆けとなる 「マリイ❤︎ルウ」 「レモンとサクランボ」 「花びら日記」などを立て続けに発表する一方、シリアスな問題作 「ジェシカの世界」 も描く。現代漫画博物館本作は、作者が本格的に執筆活動を始めて発表した最初の作品、『別冊マーガレット』掲載の 「春子のみた夢」 に続く初の連載作品で、『週刊マーガレット』 に短期連載された。テーマやストーリーが明確で、読者の共感を得た秀作である。その後も 『週刊マーガレット』 を発表の場にして、多くの名作を読者に送り続けた。リンゴの並木道 作:西谷祥子 連載第1回 16頁 『週刊マーガレット』 1965年(昭和40年)18号この漫画の作者西谷祥子先生は、別冊マーガレットの「春子の見た夢」で大評判をとった、すてきなおねえさまです。美しい少女ジェーンと、すてきな仲間と友情の物語‼︎♣︎転勤のパパについて山奥の町にやって来たジェーンは、友だちになったサリーといっしょに馬車で散歩に出ます。ところがリンゴの並木道で、とつぜん馬があばれだしました。そこへ、少年があらわれて、馬を静めてめてくれます。ひとみの美しいその少年にジェーンは感謝しますが、サリーはなぜか冷たい態度でした。リンゴの並木道 作:西谷祥子 連載第2回 16頁 『週刊マーガレット』 1965年(昭和40年)19号リンゴの並木のすてきな村にやってきた、都会育ちの美少女ジェーン!あたらしい仲間のあいだに、友情の花がひらきます。♣︎都会から転校してきたジェーンは、みんなと仲よくなりますが。散歩のときにたすけてくれた少年とは、どうしても友だちになれません。その少年は、大地主のロバートの家の使用人で、しかもロバートの妹のアンナを木からつき落として、かたわにしたというのです。ジェーンには信じられないことなのですが・・・。リンゴの並木道 作:西谷祥子 連載第3回 16頁 『週刊マーガレット』 1965年(昭和40年)20号ひとりぼっちの少年と、あたたかく、やさしい心の持主、ジェーンの美しい友情の物語。♣︎きれいなリンゴ並木のある町にやってきたジェーンは、ある少年に命をたすけられました。その少年は大地主の娘、アンナをかたわにしたので、町じゅうの人につまはじきにされているのです。ジェーンは少年となかよくなりたいと努力しますが、少年はなぜかさけようとするのです。ジェーンは腹をたてて・・・。リンゴの並木道 作:西谷祥子 連載第1回 16頁 『週刊マーガレット』 1965年(昭和40年)21号ついに誤解もとけて・・・。ジェーンと星のひとみの少年にも春がきます。感動をまきおこす、すてきな物語‼︎❤︎ジェーンはロバートの家に招待されましたが、なぜか心の底から楽しくなれませんでした。リンゴ並木で少年とアンナに合ったジェーンは少年の名がビル・ブライスだと知り、いっしょにリンゴ並木を歩きました。けれども、なぜか、アンナは悲しんで・・・。その夜、足の治ったアンナが駆け込んできました。ジェーンとビルが歩けないアンナをリンゴ並木に置き去りにしたと、ロバートが怒ってビルを追い出してしまったのです。アンナは怪我をしたのはビルのせいではなく、歩けないふりをしていたと告白します。ジェーンは、ビルはアンナが話す気になるのを待ってくれていたのだと気づきました。ジェーンとアンナそしてロバートとビルたちの誤解は解けました。打ちひしがれるアンナにジェーンの父が、辛い経験だったけど、みんなこうやって本当の自分を探しながら大人になっていくんだと語りかけます。このブログは日本の漫画文化を築く礎になった、主に昭和三十年代を舞台に活躍した漫画家とその作品が、時の経過に埋もれることなく今の時代に語られる事を願って、昭和三十年代の漫画雑誌と作品を紹介してます。ご意見、ご指摘がありましたら、メッセージまたはコメントをお寄せください。よろしくお願いします。



















