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ヴォイスセラピストtaruhoのブログ

ヴォイススキャンブラグラムで潜在意識を可視化します。
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この映画は青春映画というカテゴリーに分類されているだけあり、舞台はオーストラリアのハイスクール


登場人物はみな高校生だけど、名前を忘れてしまった・・

それぞれの気持ちを考えてみた。


ゲイをカミングアウトした男の子


わかってもらえない気持ち、異端、特別、ばかにされる、恋しい



生まれつき足の長さが違い、尿管が2つあるため知らず知らずのうちに漏らしてしまう男の子


身体の不自由さを馬鹿にされるくやしさ、あきらめ、はずかしさ、無力感、生きていても仕方ない

自己否定、


ゲイであることを隠し、ゲイをばかにする学校1モテる男の子


ゲイであることを知られたらという恐怖、いらだたしさ、理解してもらえない

自己否定


一流弁護士事務所を経営する父をもち、常にトップをもとられるている兄


常に学力がトップでなければいけないプレッシャー、歪んだ自意識、ストレス

父に対する恐れ、


何事も兄より抜きんでてはいけないというプレッシャーと兄から性的暴行を受け、妊娠してしまった妹


怒り、悲しみ、恐怖、自己否定、絶望、助けてもらえない


兄を好きなんだけど、想いが通じず自殺してしまったクラスメイト

絶望、


スクールカウンセラーが彼らの話を聞くのだけれど

妹は自殺してしまった女の子のことを聞かれて「あの子はラッキーよ」


この子は死ぬことも生きることもできない自分の現状をどうすることもできない状態。


みんなそれぞれ悩み、事情を抱えている。


自殺するのは10代と働き盛りの男性が多いそうだ。


10代の子供たちは悩みの解決方法が見つからないまま、

命を絶つんだろう。


ものすごい葛藤を抱えているんだろう。

葛藤や事情を乗り越えて年を重ねていく。


そんな人生の中で生き抜いてきたということはすごいこと。

どんなことがあろうと、生きているだけですごいってことだよね。






土曜日に依存症についての勉強会に参加してきた


まず、依存症とは?

ウィキペディア にも掲載されてますが、


おおまかにいうと、

精神に作用する化学物質の摂取やある種の快感や昂揚感を伴う特定の行為を繰り返し行った結果、それらの刺激を求める抑えがたい欲求が生じ、その刺激を追い求める行動が優位となり、その刺激がないと深いな精神的・身体的症状を生じる状態のことです。


大きく分けると3つに分けることができて


物質依存  ニコチン依存・摂食障害・薬物・アルコールなど


プロセス依存 ギャンブル・インターネット・買い物・暴力・性的


関係依存 破滅的な異性との関係を繰り返す・共依存


以前から共依存について興味があったけど、実際にレクチャーを受けてみると

依存症というのはとっても怖い病気であることに気がついた。


依存しているときって自分では依存しているとまったく気がついてないんだよね。


また、周囲が依存していることを許してしまうこと(共依存)をしていることが多いんです。


たとえば、借金を繰り返す息子(娘)のしりぬぐいをしてしまう親

(息子(娘)が習慣的に借金をする→親は借金を返さなくてはいけないので困る→息子(娘)は親が困るのをしりながら借金をやめない。)


夫がパチンコや競馬に行くのにお金を渡してしまう妻

(夫が習慣的にギャンブルをする→妻は経済的に困窮する→夫は妻が困っていてもギャンブルをやめない)


そして、借金を許してしまう親・ギャンブルを許してしまう妻は共依存といえるのでしょう。


本気でやめてほしいと思いながらもお金を渡してしまうという歯車が出来上がって、

破滅的な方法へ進んでいきます。


その歯車を止めるにはどちらかが、その歯車から降りなければなりません。


歯車の一部がかければ、歯車は動きませんよね。


歯車が動かなくなれば、依存症にかかっている人は大変困ります。


ギャンブルしたさに借金をしたり、お酒をほしいために破滅的な行動をとるかもしれません。


暴力をふるわれるかも知れません。


暴力をふるわれた場合は逃げます。その人の手の届かない場所へとにかく身を隠します。


その結果、最悪の場合、自殺したり、犯罪に手を染めるかもしれません。

または立ち直るかも知れません。


その先は本人次第です。


だからなにがあっても「私さえ我慢すれば」「私がいなければこの人は立ち直れない」などと考えると

いつまでもたっても共依存の歯車から抜け出すことができないんです。


それぐらい依存症は怖いし、その依存症に手を貸すことも破滅に向かって突き進むことになります。


私は今まで、依存症になる人だけが悪いのではなく、相性の問題もあるのかなと考えていました。


たとえはAさんがBさんというパートナーには暴力をふるうけど、彼女と別れCさんとは暴力をふるわずなかのいいカップルになったとか・・・


相手の悪い部分を誘発する相性があるのかなと漠然と考えていましたが、


それは間違いでした。


それは許してしまっているから、相手の依存行動を許しているというだけ。


依存症の人をきっぱりと拒絶する強さが必要なんですね。


拒絶するということはものすごいエネルギーがいります。



なんだかまとまりませんね。

今日はこれくらいでおわりにしましょう








「エデンより彼方に永遠に輝く場所をみつめて」

「物事のうわべに関係なく、すべてを超え本質をみることができるの?」


私の心に残った「エデンより彼方へ」のキャシーとエドモンドの会話の一部です。


ストーリーは割愛しますが、

舞台は約50年前の古き良きアメリカ


まだ、黒人への差別・ゲイへの偏見がまかり通っている時代。


それにしても50年前のアメリカのなんと豊かなこと、主人公が大手会社の重役とその夫人という設定ということも関係しますが、日本の50年前と比べると本当にアメリカは進んでいたんだなということがわかります。


また、映像もすばらしく美しく、登場人物の服装などもそのころのアメリカの流行を忠実に再現していて

今見てもとても新鮮。


人物像

キャシーはとても女性らしい。

たぶん、マリリンモンローがアメリカ男性のセックスシンボル的な理想であったように

キャシーはよき母・妻としての理想を兼ね備えた女性として描かれている。


美しく、優しく家事・育児をそつなくこなし、夫を支え、近隣の友人たちとも密接につきあい、

人種差別・偏見を持たない。


夫が男性と抱き合っているシーンを目撃し、そのことについて夫と話し合うときも

泣き崩れるものの、怒りをあらわにはしない。


その夫の性癖を受け入れはしないけど、責めもせず解決の手だてを考え

病院に連れていき、治療を受けさせる。


病院へ行った後、夫がいらつきキャシーに怒りをあらわにしても

キャシーは悲しみを表現し、キャシー自体の怒りは表わさない。


夫はキャシーの悲しみに満ちた顔を見て、はっとして我に返り

キャシーに詫びる。


ここらへんは見習うべきところだと思った。

ついつい、怒りをあらわにするのは自分の権利であることのように錯覚するけれど

それは相手を追い詰めるだけであって、なにも解決には至らない。

怒りで相手をコントロールし、自分の正しさ(本当に正しいかということ横に置いておいて)

を相手に認めさせる。

それでは本当の自分の気持ちは伝わらないんだろうなぁ~と思う。


キャシーは常に自分に対して正直なのでブレがないんだろうなぁ~

最終的には夫やエドモンドに去られ、友人たちからも距離を置かれてしまうのだけれど

最後のシーンで、まるでキャシーの未来を象徴するように五分咲きくらいの桜がアップになる。

まるでこれからのキャシーの人生を象徴するかのような映像。

たぶん、キャシーはこの花のようにまた花をさかせるべく強く生きていくということを暗に示している。


この強さは「風とともに去りぬ」のスカーレット・オハラと同じ強さを感じる。


キャシーとは逆に夫は自分がゲイであることに気付くのだけれど

ゲイと知られた瞬間に社会から抹殺されそうな時代なので

絶対に人に知られてはいけない。

そんな秘密を抱えているので、ついつい酒におぼれてしまう。

自分を偽っているとひずみが現れるということだよね。


その後、キャシーのもとをはなれ、愛人(男)と暮らし始めた夫の表情は能天気なほど

明るい。


また、黒人のエドモンドは自分に正直であったが、

時代がまだまだ、人種差別が当たり前の時代だったので

影響が自分ではなく子供に表れてしまうという悲しい経験をし、

他の土地への移住という選択をする。


自分に正直でも時代には勝てないこともある。


50年前は黒人の子供がプールに入ると、そのプールからは人がいなくなってしまうという(バイ菌扱いだよね)

それほどの差別が蔓延していたのに

現在のアメリカ大統領は黒人である。


時代の変化というものはものすごいパワーを持っている。