気づけば周りには砂しかない。一面の砂。
それは突然のことだった。
1/4ほど欠けた月と宝石箱のフタを開けたようなきらびやかな星々がうっすらと照らす明かりがなければここが砂漠であることもわからないくらいの暗さには、私の不安、恐怖心を煽るだけの十分な理由がある。
今、なぜこのような状況に身をおいているのかさっぱりわからない。頭でも強く打ち記憶がなくなってしまったか、もしくは直前に酒を浴びるほど飲んだか、いずれにせよ私が全く不可解な苦痛を被っていることは確かである。
今日は何月何日なのか知りたいが、身につけている衣類の他に何も持っていないようだ。
衣類は特に汚れたりしてはおらず、何日も着たままではなさそうだと判断できた。だからと言ってそのことが状況を好転させることはないが、少なくとも私はこの場所にずっといたわけではないのだろう。
黙ってここにいても仕方ないので歩き出すものの、360度見渡す限りの砂が私の方向感覚に強烈な毒を浴びせているような気分で、真っ直ぐ歩いているかどうかも疑わしい。
ただ、月の位置がなんとなく自分から動いていないように思えたので、一方向に歩いていると信じることにした。また、そうしなくては発狂しかねない。かつてこれだけ“何もないものに囲まれた”ことはなかったからだ。
30分くらい歩いただろうか、なにしろ時間を示すものを何一つ持っていないから、だいたい何となくの曖昧な感覚で考えるしかない。
先程から自分が置かれている状況のあまりのおかしさに現実感が全く持てず、知らない土地に旅行した時によく感じるあの感覚のもっとずっと強い違和感が頭に居座っているものだから、まるで自分が夢の中にいるかのようにふわふわとしている。
実は本当に夢で、自分がただそのことに気付いていないだけなのかもしれないが、もし本当にそうならばどれだけ救いがあるだろうか。
自身の中で無神経に走り回るあらゆる感覚や心の動きがあまりにやかましく、今の状況を冷静に分析するには邪魔でしょうがない。
とりあえず今は、余計な疲れを溜めないように無闇に物事を考えないようにしながら歩き続けた。
“ここにいたことを意識した時”から1時間くらい経った頃、ポジティブな意味での大きな変化があった。遠くに建物が見えるのだ。歩いても歩いても何もない恐怖からやっと開放された安堵と、もしかしたら人に会えるかもしれない嬉しさ。先程からあった焦りや絶望感は途端に小さくなり、重かった足取りも一気に軽やかになった。
時々走ったりしながら建物を目指し歩き続けやっと到着したレンガを積み上げた家 (というよりは小屋だが、この場合建物の規模は問題ではなく“モノが在った”ことが重要だった) にはドアのようなものはなく、私はすがる思いでその中に入っていった。
そこに誰かがいたとしても自国の言語が通じるなんて微塵も思っていないがそんなことはどうでもよく、私は緊張しながら声を上げた。
“Hello?” “Hello?”
残念ながら応えはなかった。ここには誰もいない。
“もしかしたらこの悪い夢から醒めることができたかもしれない”
私は大きなため息を吐いた。
ただ、建物が在ったことは大きな収穫と言えるし、せっかくだからここで休憩していこうと思った。
このレンガの建物は正方形になっていて端から端まで15歩くらいの大きさだった。
室内全体に石か土か、なんとも独特なにおいがする、
1ヶ所大きめの“窓枠”のような穴があり、真っ暗な室内にそこから月明かりが差し込んでいる。
時々雲の切れ間から太陽光がカーテンのように美しく降りている現象を目にするが、それに近いような明かりが室内を彩っている。
まだ私の心に不安感は残っているものの、その窓枠によって作られた月のカーテンを綺麗だと感じられる程度の心のゆとりはあったようだ。
ぼんやりと月明かりを眺めていると、あることに気付いた。
明かりに照らされている部分の床に、何かいた。
“サソリ”だった。本物のサソリなんて見るのは初めてのことで、もっと小さいものかと思っていたが意外と大きく、今はあまり見かけなくなったが記憶している限りではザリガニに似ていた。
私は元々世界の地理をあまり熱心に学んでこなかったため、砂漠のイメージと言えばサソリや蛇のステレオタイプというか、その程度の知識しか持っていなかったが、なんのことはない、実際に砂漠はサソリと蛇の住処なのだと、実際に目の前に現れた黒いサソリを見ながら変に満足気な心境を覚えた。
しかし、私のちっぽけな満足感など次に起こるあまりにも奇怪で奇妙な体験の前には一瞬で消し飛ぶことになる。
「ここまでよく来た。」
少しだけ現実感を取り戻しかけていたところだったのだが、またしても夢と現実の区別がつかなくなるような出来事だ。
サソリが私に話しかけている。話しかけていると言っても、実際に音、声として認識しているわけではなく、私の頭の中に声が聞こえているような気がする。
もうあまりの急な環境の変化についていくことができず、ついに私の気が違ってしまったのかと思ったが、しかし実際頭の中に声が聞こえている以上、例え本当に私が狂ってしまっているとしても、その狂った自分はあくまでも自分なのだから、付き合うしかない。
私は迷いもせず声を発してサソリに返答をした。気づけばここにいて、何もわからないままこの建物にたどり着いたことを伝えた。
本来サソリに話しかけるなんて奇行もいいところだが、私がどんな行動に出た所でそれを笑うものは何一つありはしないのだから、つまり今この状況では“奇行“なんていう概念は存在しないといえる。全てが当たり前であり、全てがおかしいのだ。
「残念ながら先はまだまだ長い。このまま歩き続けたとしても、やがて疲れ果て、この広大な砂の海へ還ることになろだろう。」
なんということだろう。サソリは私の言ったことを理解し、そしてそれに対しての的確な返答をよこしてきた。最初から時々頭をよぎった考えではあるが、この世界が私の知っていた現実とは一線を画したパラレル・ワールドか何かなんじゃないかと本気で思い始めた。
それはそれとして、サソリの言う事は非情であり、救いがなさすぎる。では私はいったいどうすればこの緩やかに続く恐怖から開放されるのだろうか。とにかく誰か人がいる集落でもなんでも、辿り着きたい。人種だの言語だのの違いはどうだっていい、人に会えばどうにかなる。
その思いをサソリに伝えたが、またしてもとんでもない答えが帰ってきた。
「この世界には人はいない。残念ながら、君の望みは叶わないだろう。」
サソリの言うことがあまりにも私の理解を超越しすぎていて、まるで脳みそをスプーンか何かでぐちゃぐちゃにかき回されているような、吐き気をもよおすような苦痛に襲われた。
本当にここは私の知っている現実とは違った世界だったのだ。
つまり、私はどういう理由か知らないがこのわけのわからない世界に入りこんでしまい、そして居もしない人間を求めてふらふらと歩き続け、極めつけはサソリとおしゃべりをしている頭と精神に異常をきたした哀れな奇人で、こんなことを掛かり付けの病院で話したらたちまち隔離病棟行きに違いない。
もう一刻も早くここから脱出したい。どうすればこの奇妙な砂漠から元のいた世界に帰れるのだろうか。
と思ったとき、私は気づいてしまった。気づきたくなかったことだったが。
元の世界?そもそも元の世界とは?私はいつの間にかここにいて、とりあえず歩いてはいるが、私はいったいどこに帰ろうというのか?
思えばここにいる前のことは何一つ覚えてはいないのだから“他の世界”など初めから存在しないのではないか?私がここにいることは別におかしいことではないのではないか?
そして、答えの出ない自問によってすでに気が狂ってしまっているのかもしれない私に対してサソリは言った。
「歩いていくのは不可能と言ったが、しかし車を使えば君は息絶えずに答えを見つけられるだろう。」
またしてもおかしなことをサソリは言う。この世界には“人”がいないはずなのに、その“人“が作るはずの車が在るという。
“その車に乗ってどこに行けばいいのか?そして、その場所で何が起きるのか?”当然の疑問はサソリにも伝わるのも当然で、私が口を開くよりも早く続けざまにサソリは言った。
「ここから東へ数マイル。木は踊り、水は謡い、太陽と月が交差する場所。そこに答えはある。」
すっかり全身から現実感に逃げられてしまった私にはもうその言葉の意味を問う元気はなく、その車とやらに乗ることが今自身にできる唯一の“脱出手段”だと思った。私は表情を変えず車の場所を尋ねた。
「車はこの建物の裏にある。君の疑問の全てが解消されるための準備は整った。今すぐ乗るがよい。」
疑問が解けるための準備が整ってあると、サソリは言った。
サソリと会話をすることに何も抵抗がなくなったくらい私の精神は平常ではない、この後何が起こったとしても驚くことはないだろう。起床して顔を洗い始めるくらい当たり前の心持ちで以て私は車の方へ向かった。
サソリの言うように建物の裏には一台の車が置いてあった。
まるで待ち人を望むかのように、それは静かに、佇んでいた。
一見スタイリッシュで、それでいてアクティブなエナジーを表現しながらもどことなく少しの愛嬌を持ったこのデザイン。
そして何よりも車体の独特な色合いはどうだ。グリーンともベージュとも異なった、まるでこの“砂漠を走るために在る”という強い意思を車が主張しているかのような印象を受けた。
元々車にさほど興味もなかった私でも、この車を見た時にはこれまでの疲れも忘れ今すぐに乗り込んで走り出したい衝動に駆られた。
乗り込んでエンジンをかける。私はこの砂漠以前の記憶がないが、何も考えずにエンジンをかけられたということは、やはり初めから私はこの場所にいたわけではないのだろう。そう考えられる。
エンジンと同様にギアをドライブに入れアクセルを踏み込む。この一連の動作にも迷いはなく、私がここに来るまでは一般的な文明人であった証明になる。
走り出してこの車に関してまず驚いたことが、砂の上を走っているとは思えない安定感だ。
前述の通り私は車には詳しくないので専門的な用語は控えるが、本来搭乗者が横に傾いてしまうような“G”がかかるカーブを走行しても私の身体が横に揺れることがない。これはこの車の“足”が強いからなのだろう。
そして、直進している時でもハンドルをほとんど動かすことなく前に進んでいく。
車というのは、たとえ真っ直ぐな道を走行していても気を抜くとすぐに車体が左右に流れていき、絶えずハンドルを動かしながらコントロールしていないといけない、そんなイメージが私の頭の片隅に残っていた。
つまりこの車はどっしりとした重厚な、良い意味での重さが感じられるのだ。そしてその重さも、先に述べたカーブでの安定感に好影響を与えているのではないだろうか。
運転席周辺の計器類もシンプルで好印象だ。初めて乗ったにも関わらず戸惑うことなく空調やメーター表示画面の操作など楽に行うことができた。
あのサソリが用意してくれた車は、よく整備されたアスファルトからこの砂漠のような悪路まで、どんな道でも走ってみたくなるような非常に質の高い走り、そしてそれをより気持ちよく実現させるための快適な乗り心地が備わっている。
まさに“Xrossover Vehicle”あるいは“Desert Car”と言える。
この車なら、私がなぜここにいて、そしてどこから来たのか謎を解くことができそうな予感がした。
東へ数マイル。そこは太陽と月が交差する場所だとサソリは言った。
不思議なことだが、私は東がどちらの方向であるかをわかっていた。
普通よく知る土地ならばそのようなこともあるが、この何もない、それも初めて来たはずの砂漠で方向感覚が備わっているというのは本当ならあまりにもおかしいのだが、もう今更気にするようなことでもないはずだ。
車内中央のディスプレイに時間が示されており、時計は“38:17”を指している。
ここに来て初めて、今の時刻を知ることができた。
時計が“38:50”を指しているので、先程から30分くらい砂漠を走ったことがわかる。
30分も走ったのだから、聞いていた数マイルはそろそろではないだろうか。
そういえば遠くに水面のようなものが見える。どうやらサソリの言うことは正しかったようだ。
私は車を降り、水辺の前に立った。そこは水面を囲むように太い木が生えていて、この立ち並んだ木々の存在感がここで何かが起こることを予感させる。
すると少しずつ木が揺れ始め、水も波打ちだした。サソリの言っていた“木が踊り水が謡う”とはこのことだろうか。
だんだんと木や水面の動きが大きくなり、まるで風のない台風が来たような、今までに体験したことのない衝撃的な光景だ。
しばらく立ち尽くしていると、水が高波となってごうごうとこちらへ飛びかかってくる。身長の倍はあるくらいの高波だ。飲み込まれたらただでは済まないだろう。
私は身を翻し必死に走り車へと逃げた。車に乗っていれば多少高い波に襲われても平気だろうと考えたからだ。
なんとか波に飲まれる前に車に乗り込めた私は歯を食いしばり波を見ていた。
高波は車に覆いかぶさるように降り注いだ。真っ暗で何も見えない。車は無事だろうか。
数秒くらいで水は引いていき、視界が開けてきた。そこにはまたしても自分の目を疑うような光景が広がっていた。
そこは、先程まで必死に歩き続けた奇妙な砂漠ではない。何もかもが今までと違った情景にただ戸惑うしかなかった。ただ、一点変わらないものがある。そうだ、車だ。
砂漠で運転していた車はそこにあった。
私は、もう今までのことを考えるだけ無駄だと思った。砂漠を歩いていた今までの記憶もどうもハッキリしなくなってきて、本当に砂漠にいたかどうか、その自信さえなくなってきた。
しかしそれはそれでかまわなかった。あの車がこうして目の前にあって、先程までのようにまた走ることができる、それで十分だった。
私はおもむろに車に乗り込み、プッシュスタートボタンを押した。そしてその人差し指には、いつもより力が込められていたように思った。
自然と溢れる笑顔。私は右手親指でスイッチを操作し車を走らせた。時刻は5:20を示している。
朝焼けに染まる赤みがかったオレンジの空。私が今までに見たどんなものよりも、今の空が美しかった。
独特なカラーリングの車体は朝日に照らされ、より鮮やかに輝いたその車はまるで“大空を舞う鳳”のようだ、と私が言ったとしても、それを笑うものはいないと思えるほど優雅だった。
これから向かう先は北でも南でもない。
目指す先は“未来”
新たな未来へ向かって、車は走り出した。














