アンドラーシュ・シフさんによるベートーベンの『ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 作品110』の講義を訳してお届けしています。
講義の合間に演奏が入るので、実際の講義を聞きながら訳を読んでいく方法をお勧めします。
講義を聞くには、こちらのウェブサイトに行き…
Beethoven Lecture Recital Part 8 を探して…
2. Piano Sonata in A-flat major Op.110 をクリックします。
あるいは、YouTubeでも聞くことができます。
今日は第2楽章(9:07〜13:43)の講義を訳します。
楽章間の休息は取りません。
このソナタを含めて、後期のソナタにはこの特徴があります。
この第2楽章も、第1楽章からのつながりを考えたら、休息を取ることはあり得ません。
(演奏9:36)
Allegro molto でスケルツォの楽章です。
後期のソナタの中で唯一、若干のユーモアを持った楽章です。
ベートーベンは当時のドイツ民謡を2曲引用しています。
私達にはよく分かりませんが、その当時の人達にははっきり聞き取れたはずです。
これはマーチン・クーパーが最近指摘したことです。
1曲目は・・・
(演奏10:58)
『Unsre Katz hat Katzerln gehabt』(うちの猫には子猫がいた)
2曲目は・・・
(演奏11:16)
『Ich bin lüderlich, du bist lüderlich』(私は自堕落、君も自堕落)
非常に精神的、且つ哲学的なこのソナタの中に、このような要素があることは興味深いです。
もう少し弾いてみましょう。
(演奏11:54)
そしてここで、「自分達はなぜ皆自堕落なんだ?」と嘆いている・・・
「なぜなら・・・」
(演奏12:23)
そして、ここからトリオが始まりますが、大変奇妙です。
高い声部は下降4度で・・・
(演奏12:40)
もう一方の声部はシンコペーション・・・
(演奏12:45)
まるで、一人の人が階段を転げ落ち、もう一人は登っていき、途中で出会うような感じがします。
それから、スケルツォが再び繰り返されます。
民謡が引用されているというのは、この楽章の大事な要素だと思います。
民謡の性質上、この楽章を「悲劇的な楽章」と捉えることはできないからです。
このような曲だったら悲劇的と言えますが・・・
(演奏13:26)
作品110の第2楽章はコミカルな側面があると言えます。
しかしこの楽章で喜劇は終わり、完全に違う世界が開けます。
(演奏13:43)
恩師であるプレスラー先生がこのソナタを演奏された時も、その前にこの第2楽章の説明とともに、『Ich bin lüderlich, du bist lüderlich(私は自堕落、君も自堕落)』をソナタのメロディーに乗せて歌って下さった事を思い出します。
シフさんはこの2つの歌を、「その当時の German folk songs」と言っていますので「当時のドイツ民謡」と訳しましたが、プレスラー先生は、「その当時の popular songs(流行歌)または drinking songs(酔った人達がパブなどで歌う歌)」だとおっしゃっていました。そう考えたら情景がさらに鮮明になるかと思います。
ベートーベンのユーモア感がとても愉快ですね!
次は第3楽章を訳します。