今日から、アンドラーシュ・シフさんによるベートーベンの『ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 作品110』の講義を訳してお届けします。
(講義を訳す事はこの講義の主催者であるウィグモア・ホールから許可を頂いています。)
講義の合間に演奏が入るので、実際の講義を聞きながら訳を読んでいく方法をお勧めします。
講義を聞くには、こちらのウェブサイトに行き…
Beethoven Lecture Recital Part 8 を探して…
2. Piano Sonata in A-flat major Op.110 をクリックします。
あるいは、YouTubeでも聞くことができます。
この講義は作品109の講義の続きなので、作品109を読みたい方は、こちらへどうぞ。
今回は、作品110の紹介から第1楽章の第1主題までを訳します。
では次のソナタに行きましょう。
このソナタはまるで、前のソナタの続きのような曲です。
まず作品109を終わらせましょう。
(演奏0:14、作品109から作品110へと続けて弾く)
とても簡素ですが心に響きます。
作品110は献呈者がいません。
作品109はマキシミリア・ブリターノに献呈されています。
ベートーベンの友人だった、フランツ&アントニエ・ブレンターノ夫妻のお嬢さんでした。
今日では、アントニエ・ブレンターノが、ベートーベンのいわゆる「不滅の恋人」であったろうと言われています。
とにかく、この家族はベートーベンのとても近い友人でした。
この作品110も本当は「不滅の恋人」であったろうアントニエに捧げたかったのではないか、という憶測もありますが、それは現実にならず、その後ベートーベンが罪悪感を感じたのか、「ディアベリ・バリエーション」をアントニエに捧げています。
という事で、結局アントニエは素晴らしい贈り物をもらったわけです。
作品110は4分の3拍子で始まりますが、作品109の最終楽章と同じ拍子記号です。
Moderato espressivo e cantabile con amabilita つまり、「とても愛らしく」という指示があります。
(演奏2:42)
弦楽四重奏のように、はっきりと四声で書かれています。
その後、フェルマータがトリルの上にあります。
(演奏3:04)
それは美しい愛の歌へと続きます。
メロディーに伴奏が付いた書法です。
その周辺には、作品109も含めて、対位法的な書法が見られるのに、時々このように対照的な、大変シンプルな、メロディー中心で多声音楽的ではない書法が見られます。
(演奏3:39)
このような32分音符は装飾的目的ではなく、モチーフとして書かれています。
ベートーベンは大変丁寧に、4つごとに点を書いています。
私はこの「点」を「スタッカート」ではなく、「わずかに強調されたメロディー内の音」と解釈します。
このように「点」の付いた音を聞くことができると思います。
(演奏4:37)

河村まなみ