アンドラーシュ・シフさんによるベートーベンのピアノ・ソナタ「第30番 ホ長調 作品109」の講義を訳してお届けしています。

 

講義の合間に演奏が入るので、実際の講義を聞きながら訳を読んでいく方法をお勧めします。

 

講義を聞くには、こちらのウェブサイトに行き…

下差し

 

Beethoven Lecture Recital Part 8 を探して…

 

1. Piano sonata in E major Op.109 をクリックします。

 

 

あるいは、YouTubeでも聞くことができます。

 

 

 

今日は第3楽章の6つの変奏曲について(36:32〜最後)を訳します。

 

 

【第3楽章第1変奏】

 

 

では各変奏曲について、かいつまんでお話ししましょう。

 

第1変奏は、イタリア・オペラのアリアの様です。(演奏36:43)

 

「Molto espressivo」と記されていますが、本当に豊かな表情に富んだメロディーですね。

 

彼の後期の作品の多くにはポリフォニーや対位法が多く見られるのですが、この変奏曲は明確な「メロディーと伴奏」の形をとっています。

 

では後半を弾いてみましょう。(演奏37:32)

 

次の(第2)変奏曲はまるでモザイク作品の様です。

 

主題の断片があちこちに散りばめられて、まるで点描画が点を重ねて絵を描いているのを見ている様です。(演奏38:18)

 

主題は… そしてこの変装は…(演奏38:30)

 

ベートーベンの想像力とイマジネーションは限りなく広がり、無限ですね!

 

その証拠に、繰り返しをただ繰り返すのではなく、この様に変化をつけています。

 

(演奏39:00)

 

そして「モザイク」に戻ります。

 

ところで、下降する3度(ソ#-ミ, レ#-シ) はこの楽章の主要な要素で、そこらじゅうで聞こえます。(演奏39:43)

 

次の(第3)変奏曲では、ベートーベンは性格、テンポ、拍子を変えます。

 

「Allegro vivace」で4分の2拍子で大変速くなります。(演奏40:09)

 

下降する3度についてお話ししましたが、ここでは、その反転である上行する3度で音楽が作られています。

 

次の(第4)変奏曲では3拍子に戻り、「piacevole」で「主題より少し遅く」という指示が書かれています。(演奏40:56)

 

「piacevole」つまり「with kindness (優しく)」

 

ここでは美しい四声の対位法の音楽が書かれていますが、ベートーベンの後期の弦楽四重奏のスタイルを思い起こさせ、4つの弦楽器の音を聞く事ができます。(演奏41:30)

 

ここがビオラ

 

ここがチェロ

 

第2バイオリン…

 

次の(第5)変奏曲は、前にも説明した通り『ミサ・ソレムニス』の『クレド』の変奏曲です。(演奏42:10)

 

「クレド」はこの調ではありませんが、同じ(タイプの)音楽です。

 

これはバッハ流のフガートで、歌う様な旋律を持つソナタの中にあって、大理石で作られた彫刻の様な重厚さと、荘厳さを持っています。

 

この短いフガートの後に…(演奏42:10)

 

(第6変奏曲)突然映画の場面が変わる様な感じで世界観が変わり、主題のテンポ、サラバンドに戻り、主題のメロディーを内声のアルトに聞く様になり…(演奏43:55)そこからソプラノに移行します。

 

テンポはサラバンドのテンポのままですが、伴奏の音価は徐々に短くなります。

 

四分音符から8分音符、三連符、16分音符、32分音符、そして一番短い音価であるトリルに移行していきます。

 

弾いてみましょう。(演奏44:55)

 

ここで四分音符…

 

8分音符…

 

三連符…

 

16分音符…

 

32分音符…

 

そしてフリー・トリル!

 

このトリルは一番低いバスで、ピアノでは十分出せませんが、まるで地震(で地面が唸る様な)効果になります。

 

平和に満ちた和音から歓喜の頂点に到達し(演奏46:20)

 

ここからトリルは内声に移り、バスは32分音符になり、ソプラノの最も高い音域からは主題のメロディーが星の煌めきの様な響きになって聞こえてきます。(演奏47:06)

 

そしてここで素晴らしい形での帰郷になり、これは全く『ゴールドベルク変奏曲』の様です。

 

この楽章の始めの時とほぼ同じなのですが、ここでは簡素になりアルペジオがなく…(演奏48:19)

 

ここ(200小節目)ではアルペジオがなく、ここ(201小節目)ではあります。

 

ベートーベンは最小限のリタルダンドと、ペダルを最後の和音で踏む事を指示しています。

 

このソナタは私にとって最も詩的なソナタで、始まりも終わりもない、という感じがします。

 

この終わりは本当の終わりではないと思うので、この曲が演奏会で演奏された時には曲の終わりに拍手はそぐわないと思います。

 

もちろんいつも拍手は感謝ですよ。

 

演奏というのは一方通行の行為ではなく、相互のコミュニケーションで成り立つからです。

 

でも、曲によっては静寂を持って演奏に応答する、という事も有るのではないでしょうか。

 

この曲はその一つ、そして、作品111(第32番)もそうだと思います。

 

 

ピンク音符ブルー音符ピンク音符ブルー音符ピンク音符ブルー音符ピンク音符

 

これで作品109(第30番)についての講義は終わりです。

 

シフさんの講義を通して、彼がどれだけこのソナタを深く理解し愛しているかが分かり、私もそれに感化されてこのソナタが今まで以上に好きになりました。

 

作品109のオリジナリティ、クリエイティビティ、崇高さ、美しさを紹介してくれたシフさん、この様な知性に溢れ、心の奥まで響く作品を残してくれたベートーベンに感謝!

 

次は作品110(第31番)を訳していきたいと思っています。

 

 

河村まなみ