アンドラーシュ・シフさんによるベートーベンのピアノ・ソナタ「第30番 ホ長調 作品109」の講義を訳してお届けしています。
講義の合間に演奏が入るので、実際の講義を聞きながら訳を読んでいく方法をお勧めします。
講義を聞くには、こちらのウェブサイトに行き…
Beethoven Lecture Recital Part 8 を探して…
1. Piano sonata in E major Op.109 をクリックします。
あるいは、YouTubeでも聞くことができます。
今日は、主題提示部について(10:04〜17:14)を訳します。
さて、個々のソナタを見ていきましょう。
最後の3つのソナタはトリプティック(三連祭壇画、三面鏡)の様に関連性があるとは言え、それぞれにはっきりした個性があることも事実です。
ベートーベンはこの3つのソナタに違う作品番号を付け、ひとつの作品番号でまとめませんでした。
前のソナタにはその例があります。
例えば、作品2、作品10、作品31にはそれぞれ3つのソナタがあります。
しかし最後の3つに関しては、ベートーベンはそれぞれが大変貴重なので、別々の作品番号を付けたのです。
作品109の冒頭を演奏しましょう。(演奏11:08)
ここは主題提示部です。
私は音楽をストップウォッチで測ったりしませんが、こんなに短い主題提示部は他のベートーベン・ソナタでは例がないと思います。
これだけコンパクトでありながら中身が充実しているのは驚くべきことです。
あっという間に終わります。
数ヶ月前のト長調のソナタ作品79(第25番)を多くの方は覚えているでしょう。(演奏12:40)
その最終楽章(演奏12:50)
とてもチャーミングですが、どちらかと言えば重要ではない楽章です。
和声進行を弾いてみます。(演奏13:08)
それを3度下げてみます。(演奏13:15)
そこに音を足していきます。(演奏13:23)
そうすると作品109になります。
でも表情と性格は大変異なります。
作品109の素晴らしさは、音楽がどこからとも無くやって来て、いつの間にか始まり、続いて行く、しかもとてもとても詩的で、強拍や小節線を感じさせないで流れていく、という点ではないでしょうか。(演奏14:08)
この7小節間で第1主題が終わります。
ベートーベンは「Vivace, ma non troppo(生き生きと、しかし行き過ぎない程度に)」 と書いています。
この「生き生きさ」を両手の16分音符の動きを用いて表しており、(演奏14:42)両手が互いに補い合いながら動いています。
また大変異例なのは、この楽章には2つの主題しかないことです。
殆どの古典派のソナタ楽章は、少なくとも3つの異なる主題〜中心主題、第2主題、結尾主題〜があります。
この楽章では主題は2つしかなく、異なる性格、異なるテンポ、そして全く違う拍子が使われています。
第1主題は Vivica, ma non troppo、第2主題は Adagio espressivo(演奏15:36)
とは言え、もしこの曲を長年研究している人でも…
私は35年ほど勉強していますが、いまだにこの曲のミステリーを解決するには至っていません。
非常に曖昧模糊としていて、聞き手にとっても、どの様に理解したら良いのか、よく分からないのではないかと思います。
その主な理由はこの2つの主題の二面性ではないかと思います。
この曲の「通訳者」として、私はこの2つをまとめる鍵は一つの拍子感ではないかと思います。
もし第1主題がこのテンポで(演奏16:42)、ゆっくりな方は(演奏16:47)とすれば、2つのテンポに共通点が生まれます。
一つは早くてもう一つはゆっくりですが、同じ心拍を共有し、ひとつにまとめる事ができると思います。
次回は展開部についてです。
お楽しみに!