こんにちは。

 

前回ご紹介した、アンドラーシュ・シフさんによるベートーベン・ソナタ全曲の公開講座の中から、第21番 ハ長調 作品53「ヴァルトシュタイン」の講義を訳してお届けします。

 

講義の合間合間に演奏が入るので、実際の講義を聞きながら訳を読んでいく方法をお勧めします。

 

楽譜があるとなお良いかと思います。

 

講義を聞くには、こちらのウェブサイトに行き…

下差し

 

 

Beethoven Lecture Recital Part 5 を探して…

 

4. Piano sonata in C major Op. 53 'Waldstein' をクリックします。

 

今日は最初から14:50までを訳します。

 

 

ピンク音符ブルー音符ピンク音符ブルー音符ピンク音符

 

 

 

 

1803年から1804年、ハ長調のソナタ、作品53、通称「ヴァルトシュタイン・ソナタ」にたどり着きます。

 

この通称は、フェルディナント・フォン・ヴァルトシュタイン伯爵に献呈されたことから来ています。

 

この人は、ベートーベンが故郷のボンにいた時からの大変良き理解者、後援者で、ベートーベンがボンを離れてウィーンに行く時に、「ウィーンに行き、モーツァルトの精神をハイドンの手から受けなさい」と書き送ったそうです。

 

モーツァルトは1791年に亡くなっていましたが、ハイドンはまだウィーンにいました。

 

この様にヴァルトシュタイン伯爵は、ベートーベンの若い時からのサポーターで友人でした。

 

このソナタは問題になる様な点はなく、最も人気があり愛されているソナタの一つです。

 

私はこのソナタを最も高く評しており、また最も深く感銘を受けています。

 

このソナタは、自分は最後の方に習いました。あまりにもたくさんの人達が弾いているし、その価値がよく分からなかったということがありました。

 

しかし年を取るにつれて、このソナタは単にベートーベンの最高のソナタだというだけでなく、最高の作品、ピアノ音楽史のマイルストーン(節目)となる様な作品だということが分かりました。

 

ピアノという楽器のための作曲の仕方、オーケストラ的な書き方など、ピアノの新しい響きを引き出す、それまで誰も書かなかった方法がこの作品によって生み出されました。

 

少し演奏しましょう。(演奏2:35)

 

ここまでが主題提示部です。

 

ここだけでも、様々な音色の効果が聞す。

 

曲の始まりは革新的で、C Majorの主和音で始まりますが、リズムのモチーフはドアをノックしている様な8分音符の連打になっています。

 

和声はこの様に進行します。(演奏5:38)

 

この様に(シークエンスのフレーズは)調が下がっていきますね。

 

これと同じです。(第16番ソナタの冒頭の演奏5:46)

 

ここ(最初のフレーズの最後の部分)もモチーフで、(演奏5:58)クエスチョン(質問・問いかけ)〜アンサー(応答)となっています。

 

ここでベートーベンはピアノのレジスター(音の高低)を使っており、クエスチョンは中音域、アンサーは高音域を使い、素晴らしい効果とイマジネーションです。

 

次に(第一主題が)トレモランドに変化して現れます。(演奏6:33)

 

その当時のピアノのテクニックとしては大変新しい効果でしたが、オーケストラや弦楽四重奏の中で弦楽器ではよく使われる弾き方、トレモランド効果です。

 

今回(シークエンス)は上がっていきます。(演奏7:04)

 

このソナタでは第2主題も革新的です。(演奏7:33)

 

天国の様な雰囲気のE Major で、主調に対して3度上ということになりますね。

 

これもG Majorソナタ(第16番)をモデルにしています。(演奏7:48)

 

シューベルトもこの調関係をよく使いました。

 

第2主題はコラールの様な雰囲気がありますが、遅い動きの中にもリズムに気をつける必要があります。(演奏8:31)

 

ところで、私はここのシ♮にアクセントをつけます。

 

ベートーベン がそう指示していますから。

 

今日はベートーベンの自筆譜を持ってきていますが、これが残っているのは素晴らしいことです。

 

(自筆譜)

下差し

https://imslp.simssa.ca/files/imglnks/usimg/f/f7/IMSLP51155-PMLP01474-Op.53_Manuscript.pdf

 

 

このソナタは彼の自筆譜の中でも読みやすく、あまり修正などがされていません。

 

これを見ると、内声のシ♮の下にスフォルツァンドが書かれています。

 

またこの自筆譜の1ページ目に注意書きがあり、「私が『Ped.』と書いた時は、ペダルの両方を踏むこと」とあります。

 

その当時のペダル(ダンパー・ペダル)は二つに分かれており、右側は高音域用、左側は低音域用になっていました。

 

しかしベートーベンは、自分が「Ped.」と書いた時には高音域と低音域の両方のペダルを同時に踏む様に、そして丸印の所で話す様に、と指示しています。

 

このソナタにはその指示が多数あります。

 

ここに自筆譜があるのですから、この話はファンタジー(幻想、作り話)ではありません。

 

現代のピアニストの多くが、「それは知っていますよ。でもそんなに重要なことではないでしょう。現代のピアノはその当時と違うのですから。」と言います。

 

私は、この見解は十分な説得力がないと思います。

 

このペダル奏法はベートーベンの革新的なアイデアでした。

 

このソナタの第3楽章の冒頭はこうです。(演奏11:32)

 

ベートーベンは混ぜられた響きの効果を望んています。

 

和音が変わるたびにペダルを踏み直して、一つ一つの音をクリーンに弾いて欲しいのではありません。

 

現代のピアノで弾こうが、昔のピアノで弾こうが、彼のアイデアを変えることはできないはずです。

 

ですので、「現代のピアノでは音を混ぜるべきではない」という意見には賛成しません。

 

さて、1楽章の第2主題に戻りましょう。(演奏12:22)

 

最初のコラールのメロディーは次のフレーズで左手に移り、右手は美しい対位声部が三連符で奏されます。

 

この三連符は次第にその重要性を増していきます。(演奏12:49)

 

そしてメインのメロディーになり、左手にホルンの様なシンコペーションが現れます。(演奏13:11)

 

「ヴァルトシュタイン」はベートーベンの全ソナタの中で最も華やかなソナタだと思います。少なくともここまでのソナタの中では。

 

それから最後の主題が現れます。(演奏13:50)

 

ここにも第2主題と同じリズムが出てきます。

 

ここからベートーベンはどの調にでも転調していけますね。(演奏14:10)

 

そして展開部に移っていくわけですが、このモチーフだけで30分は持ちますよ!

 

さて、次に来る素晴らしい展開部がどうなっていくのか見てみましょう。

 

(次回に続く)

 

 

河村まなみ