今日は、ベートーベンの作品解釈において謎の多い、メトロノーム表示について、私の考察を書きたいと思います。

 

 

ベートーベンはメトロノーム表示をいち早く取り入れた作曲家の一人だそうです。

 

Wikipediaによると、メトロノームの歴史は・・・

 

『オランダの発明家ディートリヒ・ニコラウス・ヴィンケルが考案し、ドイツの発明家ヨハン・ネポムク・メルツェルが1816年に特許を取得。メルツェルの友人ベートーヴェンも早速利用した。 』

 

 

そのメルツェル作のメトロノームが、ウィーンの古楽器博物館で展示されていました。形は現在と同じですが、大きさはかなり大きかったです。

 

 

 

 

説明書き

『このメトロノームはヨハン・ネポムク・メルツェルの作で、1816年にパリで特許を取得しました。
スライド式の重りで直立した振り子を動かす時計仕掛けの構造になっています。振り子のストロークは、毎分50から160回に調整できます。ベートーベンは、その作品のいくつかにメトロノーム表示を付けた、最初の作曲家でした。』

 

 

進取の気性があり、細部にこだわるベートーベンですから、メトロノームには飛びついたようです。そして全交響曲、弦楽四重奏曲などにメトロノーム表示をつけていきますが、そのいくつかが早過ぎる表示で、演奏者を困らせています。

 

これに関しての学者達の意見は様々です。

 

・ベートーベンのメトロノームが不良品だった。(現在では殆どの学者が否定しています。)

 

・ベートーベンがメトロノームの数字を読み違えた。(もちろんこれも否定…)

 

・ベートーベンの耳が聞こえたなかったので、カチカチという音が聞こえず、正確なテンポがわからなかった。(メトロノームは、振り子を見ることでテンポが見えます。)

 

・表示されたテンポはベートーベンの頭の中で聞こえている理想のテンポで、実際に弾けるか考慮されていない。

 

・表示されたテンポは曲の冒頭のテンポで、その後は遅くなっても良い。

 

・その当時の演奏会場が現在よりずっと小さかったので、速く弾いてもクリアに聞こえた。

 

・速すぎる表示は、実はその半分の速さである。もし2分音符を基準にしていたら、実は4分音符。(そうすると今度はものすごく遅くなり、Allegroの勢いがなくなります。)

 

 

ピンク音符ブルー音符ピンク音符ブルー音符ピンク音符ブルー音符ピンク音符

 

 

 

ピアノ・ソナタの中で、メトロノームのテンポ表示があるのは、第29番、作品106「ハンマークラヴィーア」(1817-18 年作曲 1819 年出版)にだけです。

 

その理由にも諸説あるようですが、

 

・ベートーベンはこの作品を交響曲のように捉えていた。交響曲にはメトロノーム表示を付けたので、この曲にも付けた。

 

という説が有力なようです。

 

 

実際のメトロノーム表示は以下の通りです。

 

 

第1楽章(2分音符=138)

 

 

第2楽章(付点2分音符=80)

 

 

第3楽章(8分音符=92)

 

 

第4楽章(8分音符=76)

 

(4分音符=144)

 

 

第2楽章以後は適切なテンポですが、第1楽章が大変速く、演奏不可能なため、このソナタのテンポ表示に関しても、上記に加えて・・・
 
・その当時のピアノフォルテは現在のピアノより軽かったので、このテンポで弾けたのではないか?
 
と考える研究者もいるようです。次回、チェルニーのお話で触れますが、多分当時のピアノフォルテでも無理では?と思います。
 
また
 
・2分音符=138ではなく、4分音符=138の間違いではないか?
 
という意見も見かけますが、そうすると冒頭の輝かしファンファーレ、その後に続く勝利の歌が力を失います。
 
 
 
スチュワート・ゴードン先生が編集した『アルフレッド・マスターワーク版・ベートーベン・ピアノソナタ全集』には、著名な編集者による全ソナタのテンポ表示の一覧があります。
 
チェルニーとシュナーベルはベートーベンの表記(2分音符=138)を変えていません。が、実際のシュナーベルの演奏を聞くと127前後で、それでも音を外したり飛ばしたりしています。あせるあせるあせる
 

下差し

 

 
 
アンドラーシュ・シフはこのソナタの講義で、「このテンポは演奏不可能だが、だからと言って、ベートーベンが間違いで自分が正しいというような考えは間違っている」と述べています。
 
彼の見解は、「138は冒頭のテンポで、その後は柔軟性があって良い」ということでした。(その部分の演奏もあります。)

 

下差し

 

 
 
 
私の考えは、第1楽章のテンポはベートーベンの頭の中で聞いていた理想のテンポなのだと思います。
 
彼は時々、ピアノでは弾けない理想の音を書いています。例えば「Fp」を一音に書いたり…
 
残りの楽章のテンポ指示は、弾くのが可能で意味のある速さだと思うので、ベートーベンのメトロノームが不良品だったり、判断力がなくてやたらに速くした、とは思えません。
 
指定のテンポで弾けなくても、ベートーベンの頭の中で聞いた音、理想の音楽を、自分のできる技術と表現力を駆使して再現する事が大事かと思います。
 

 

ブルー音符ピンク音符ブルー音符ピンク音符ブルー音符ピンク音符

 

 

メトロノーム表示については色々な意見が交錯しているようで、勉強になりました。
 
次回は、チェルニー、クラマーのメトロノーム表示について、考えてみたいと思います。
 
 
 

河村まなみ