スチュワート・ゴードン先生の【ベートーベン・ピアノ・ソナタの読み方】、今日はこちらの動画の58分14秒から1時間04分13秒を訳します。
直訳の場合もあり、要約になる場合もあります。
譜例の演奏を聴けるタイミングを記しています。聴きながら説明を読むと、より理解して頂けると思います。
《装飾音の読み方:主音符から?その上から?》
装飾音の扱い方は、ベートーベンが生きている間に徐々に変わって行ったので、解釈が難しい。
ベートーベンは、バロック時代からモーツァルトまでの装飾音の奏法(主音符の上から弾く)を知っていた。
その証拠として、チェルニーがベートーベンの弟子になった時に、ベートーベンがチェルニーの父親に、CPEバッハの『正しいクラヴィーア奏法への試論 Versuch über die wahre Art das Clavier zu spielen』(第一部1753年、第二部1762年)を買い求める様に言っている。その当時、すでに出版されてから50年たっている本で、バロック時代からの伝統的な装飾音の種類や奏法について詳しく説明し、「主和音の上から、拍の頭で弾く」と書かれてある。
しかし、1827年(ベートーベンの没年)にフンメルのピアノ教則本『ピアノ演奏のための詳細な理論的、実践的指導 Ausführliche theoretisch-practische Anweisung zum Piano-forte-Spiel 』が出版された。フンメルはベートーベンの同時代で、ベートーベンと同じように作曲家でありピアニストだった。その第3巻に、「今や装飾音は主音符から弾き、拍が来る前に弾き始める事は周知の事実」と書いてある。
これが音楽史上最初の、新しい装飾音奏法に関する記述で、ベートーベンの存命中に新しい奏法になっていた、という証拠になる。
では、いつからベートーベンは新しい奏法にしたのか?
学者間での一致した意見は今のところまだない。
私の個人的な見解では、彼は終生どちらも使ったのではないかと思う。
その例は最初のソナタからもすでに見ることができる。
第1番、作品2の1、第1楽章
85〜87小節は古い装飾音奏法で弾かれたのではないか?
この弾き方がとても効果的だと思う。
(演奏@1:01:16)
第1番、作品2の1、第3楽章
30〜33小節
新旧2つの方法で弾いてみる。
古い奏法だと、とても弾きづらい。
新しい装飾音奏法の方が弾きやすい。
(演奏@1:02:16)
そのたった数年後だが、この様な装飾音を書いている。
「悲愴」第8番、作品13、第1楽章
182〜186小節のトリルは主音符から皆弾いているが、それで異論はないと思う。
(演奏@1:03:08)
この様に、ベートーベンは早い時期から両方のトリルを使っていたのではないかと思う。
個人的には、ベートーベンは、その箇所の音楽的状況に合わせてどちらかを選んで使ったのではないかと思う。
なので、一人一人が、自分にとって最も価値のある弾き方を、選択しなくてはならない。
過去の演奏者、研究者の間でも多数の弾き方があり、一致した意見はない。もし12の違う版を比較したら、全部違うことを言っているのではないかと思う。
装飾音の問題は難しいですね!作曲者によっても解釈する先生方によっても違うので、いつも不安や疑問が残りますが、この講義で私はかなり気が楽になりました。
次回は《ペダルの読み方》についての講義になります。
お楽しみに!