今回は、こちらの動画の14分27秒から30分01秒までを訳します。

 

直訳の場合と、要約になっている場合があります。

 

譜例の演奏を聴けるタイミングを記しています。聴きながら説明を読むと、より理解できると思います。

 

 

 

 

《自筆譜、清書譜、初版譜などの矛盾の読み方》

 

 

ベートーベンのピアノ・ソナタは、

  • 13の自筆譜(Autograph=初稿=下書き)
  • 存命中に出版された、全ソナタの初版譜(Original Edition)
  • 存命中に出版された、いくつかの後期ソナタの数種類の楽譜

が現存する。

 

ベートーベンは下書きの後、清書をして出版社に渡したが、この清書譜は残っていない。(ここに問題が起こる…)

 

ベートーベンは出版社に対し、出版された楽譜に間違いがあると苦情を言っている。

 

しかし、出版社が間違えたのか、清書譜が読み難かったのかは不明。

 

あるいは、ベートーベンが初稿(下書き)の後、清書譜の段階で音を直したかも?

 

となると、初稿譜が100%正しいとも言えない。

 

でも、清書譜が残っていないので分からない。

 

というような事情から、私達が真意を知るのは大変困難。

 

 

 

 

ベートーベンの現存する初稿譜は、大変読みにくい。

 

頭の中に響いている音を追いながら急いで書いていたので、省略や走り書き、殴り書きなどがあり、非常に乱暴な書き方になっている。

 

しかし私は、そのような初稿譜を長年見るうちに、見慣れてくるようになり、ベートーベンは頭の中で聞いた音を、非常に正確に書き記したと分かるようになった。

 

そして、19世紀までの編集者が「間違い」と思っていた記譜が、実は正確だったと分かるようになった。

 

 

 

 

では、問題になる多数の箇所のうちから、有名な例を紹介する。

 

 

「ワルトシュタイン」第1楽章

 

  • 105小節目
  • 初稿は「ファ♭」
  • 初版は「ファ♮」
  • 和声がだいぶ変わる
  • 演奏@18:02
 
 

「テンペスト」第1楽章

 

 

  • 155小節目
  • 初版譜では「レ♭」
  • 現存する初版譜に、手書きで訂正が加えられて「ド」になっている。
  • この手書きはベートーベン本人によるのではないか?
  • 演奏@18:54

 

 

「熱情」第3楽章

 

 

 

  • 352小節目
  • 初稿では「ラ♭」になっているが、架線の書き方がはっきりしないため「ファ」に見えるという学者もいる。
  • 「ラ♭」だとすると、ベースが「ド–ラ♭−ファ」という第1楽章の第1主題と同じ音になり、リンクする事になる。
  • 演奏@20:41

 

 

「ハンマークラヴィーア」第1楽章

 

 

  • 224、225小節目
  • 本人のスケッチは「ラ♮」
  • 「ラ♮」の方が和声進行上は自然
  • 2つの初版は「ラ♯」
  • 学者、演奏者の間で意見が分かれる。(出版社が♮を忘れた?ベートーベンが後で直した?)
  • 演奏@23:58

 

 

「悲愴」第1楽章

 

  • 11小節目
  • その当時、反復記号がある版と、ない版があった。
  • 反復記号は自筆譜には存在しなかったのではないか?
  • とすると、提示部を繰り返して弾く場合は、11小節目ではなく、1小節目から弾くことになる。
  • ルドルフ・ゼルキンは1小節目から繰り返している。
  • 1小節目から弾くと、展開部の冒頭とコーダに繰り返されるモチーフとリンクする事になり、このイントロが孤立した一部分ではない事を表現できる。
  • 演奏@25:32
 
 
以上。
 
この様な問題は各ソナタに数カ所存在する。
 
一つ一つは些細なことかもしれないが、始めにも言ったように、演奏者は作品との個人的な関わりの結果として演奏しなければならない。(その際に必要な情報となる。)
 
 
ピンク音符ブルー音符ピンク音符ブルー音符ピンク音符ブルー音符ピンク音符
 
 
このように音の問題の背景を知ると、自分の選択肢を理由づけて決定できますね。
 
次回は《アーティキュレーション、スタッカートの読み方》についてです。
 
 
 
 

河村まなみ