東京国際フォーラム 1階7列22番
ヴァイオリン、ピアノ、雅楽、日本舞踊、そして、花總まりさんの美しいお芝居が織りなす幻想的な雰囲気の中で、静かに平安時代の人たちの感情が溢れ出す、繊細な舞台でした。
映像技術は圧巻でした。フラッシュのように映像を変える技術が特に記憶に残りました。あの技術、本当は画面が切り替わってなどいないのではないか、と思わせる、不思議な性質を持っていました。
語り部のお役目で出演されていたまりさんは、本当にお美しくて、十二単がお似合いで、そのお姿は、観ているだけで涙が出てくるほどでした。その涙が、なんだかいつもと違って、とっても温かい涙で、不思議な感覚でした。昨日、私が投稿したお写真よりも、実物の方が遥かにお綺麗でした。
語り部の時のまりさんは、雅やかで落ち着いていて、それなのに、どこか甘やかなお声で演じられていました。
光源氏を噂する女性たちを演ずる時は、若さ溢れるどこかメルヘンチックなお声から、噂好きな、現代でもいそうなおばさまの声まで、絶妙に声色を変えてお話しされていました。
まりさんは、本当に彩り豊かなお声をお持ちだなあ…と思います。可愛らしい声も、ひんやりした声も、優しさに満ちた声も、凄みのある声も、どれも色があって、それでいて全てが美しくて…。まるで十二単のようですね。
東儀さん演じる光源氏に歩み寄るシーンは、とても優しくて、それでいて頼もしい感じのする、まさに「良妻賢母」といったオーラを放たれていました。まりさん、本当に独身でいらっしゃるのよね?と信じられない気持ちになりました。もしかしたら、交際されている方はいらっしゃるのかもしれないですけれどね。それならそれで、何だか嬉しいなあ。
話はやや逸れましたが、私が今回、とっても驚いたのは、まりさんの艶やかさです。今回は、もちろん長い黒髪の鬘をお召しなのですが、その黒髪を靡かせて歩くまりさんの横顔がとっても妖艶でした。「激情」のときのような情熱的なコケティッシュさではなく、凄みのある色香を漂わせていました。
また、すごく優しい表情をしていたのに、ふと目線を上げただけで、とっても鋭いくらいに凛とした雰囲気に変わることもあるのです。まりさんの表情やお顔立ちって、どんな雰囲気も、気品を保ちつつ、演出できるものなのですね。声が十二単なら、こちらは万華鏡みたいです。
今まで、私は、「どんなお顔が好み?」と聞かれると、「現代でも、平安時代でも、美しいと言われるようなお顔」と答えてきました。まりさんさんは、そんなお顔立ちの最たるものだと、この公演を拝見して、再確認いたしました。語り手がベースで、その語り手が演じるように様々な平安時代の女性を演じられた此の度の作品も興味深かったですが、1人の女性を掘り下げて古代の女性を演じるまりさんも観てみたいなあ…。持統天皇や、藤原璋子、藤原光明子、狂気に満ちた称徳天皇でもいいなあ。
東儀秀樹さんは、雅楽については、知識があまりにもなさすぎるために言えることはありませんが、お芝居に関しては目で語る人物だなあ…と思いました。柔らかくて品の良いお顔立ちなのに、光源氏を演じるときの瞳が悲哀に満ちていて、光源氏の身の上が、よく表現されていました。動きは、繊細なのに迫力があって、見入ってしまいました。
私の中での光源氏のイメージは、東儀さんより少し若いのですが、源氏物語では、光源氏が壮年期に入っても恋物語が続いてゆきますからね。光源氏が年を重ねても悲哀を背負っている姿を頭の中で思い浮かべたとき、東儀さん以外にイメージできなくて、目の前にいる東儀さんはそれにぴったりなのだなあ…となんだか納得してしまいました。
日本舞踊の尾上菊之丞さんは、出番は少なかったのですが、触れたら今にも流れ出そうなくらい、激しい感情が込み上げている表情がとても印象的でした。
ヴァイオリンの古澤巌さんは、音がとても明瞭で力強くて、それなのに演奏するお姿はなめらかで、古澤さんは弦に触れただけで、鮮やかな音を出せる魔法の手をお持ちなのではないかしら、と思ってしまいました。途中の独奏も、お見事でした。超絶技巧を目の当たりにしている気分になりました。
ピアニストの塩谷哲さんは、その温かい演奏で、波乱に満ちて、寂しげなストーリーであるこの舞台を、どこか安らぎを感じる空気で包んでくれました。ある種の「癒し」も感じたくらいです。
以上です!
この作品をご覧になっていない方にも、観劇した気分になって頂けたら嬉しいです。
