私は戦争反対派である
毎年、8月の終戦記念日には色々なことを考える
小学生の頃、学校の視聴覚室で『はだしのゲン』のアニメを観せてもらい、原爆によってやけどを負うなど、苦しむ人の姿を見てからその思いが芽生えた
高校の修学旅行では、広島の原爆ドームに行くことができた
その後、幼児期に運命的に⁉️出会い、"まぁちゃん"と呼ばせていただき、ずっと可愛がってくださった方(偶然にも学校の先生!)からも戦争や平和について話をしていただき、その思いは強くなった
さらに大学生時代
教員免許を取るために必要な講義の中で、戦前・戦中・戦後の教育について学ぶことができた
さらに『24の瞳』などの戦時中の人々を描いた多くの特別ドラマ番組からも影響を受けた
戦場に教え子を送らなくてはならなかった教師の思い
戦場に愛する夫や子どもを「万歳!」と言いながら送り出さなくてはならなかった妻、母、女性の思い
当時も今も、私は思いを馳せることしかできない
どんなに辛かったことだろう、苦しかったことだろう
身を、心を、引きちぎられる思いだったことだろう
声を大にして「絶対に生きて帰っておいで!」と言いたかったことだろう
私は戦争経験者ではない
けれど私の出会いや、学びの経験から「戦争反対」という意思をこれからも常にもち続けていきたい
そしてその意思を示していくつもりである
今年も広島・長崎の日がやってきた
ふと思いついた
「娘が小学生になったら、2人で広島・長崎に旅行に行こう!」
そして、戦争や平和について一緒に考えよう、一緒に学ぼう
戦争を経験していない私にもできること
当時の女性や教師の気持ちに思いを馳せながら
私の人生の中での出会いや、学びの中から得たことを、感じたことを
伝えていこう
最後に
戦争経験者の方々に伝えたい
「どうか、どうか、お元気で長生きしてください」
「これからもたくさんの戦争を知らない世代に、教えてください、戦争の怖さを、平和の尊さを」
「娘と2人で、直接お話を聴かせていただけることを楽しみにしております」
毎年、8月の終戦記念日には色々なことを考える
小学生の頃、学校の視聴覚室で『はだしのゲン』のアニメを観せてもらい、原爆によってやけどを負うなど、苦しむ人の姿を見てからその思いが芽生えた
高校の修学旅行では、広島の原爆ドームに行くことができた
その後、幼児期に運命的に⁉️出会い、"まぁちゃん"と呼ばせていただき、ずっと可愛がってくださった方(偶然にも学校の先生!)からも戦争や平和について話をしていただき、その思いは強くなった
さらに大学生時代
教員免許を取るために必要な講義の中で、戦前・戦中・戦後の教育について学ぶことができた
さらに『24の瞳』などの戦時中の人々を描いた多くの特別ドラマ番組からも影響を受けた
戦場に教え子を送らなくてはならなかった教師の思い
戦場に愛する夫や子どもを「万歳!」と言いながら送り出さなくてはならなかった妻、母、女性の思い
当時も今も、私は思いを馳せることしかできない
どんなに辛かったことだろう、苦しかったことだろう
身を、心を、引きちぎられる思いだったことだろう
声を大にして「絶対に生きて帰っておいで!」と言いたかったことだろう
私は戦争経験者ではない
けれど私の出会いや、学びの経験から「戦争反対」という意思をこれからも常にもち続けていきたい
そしてその意思を示していくつもりである
今年も広島・長崎の日がやってきた
ふと思いついた
「娘が小学生になったら、2人で広島・長崎に旅行に行こう!」
そして、戦争や平和について一緒に考えよう、一緒に学ぼう
戦争を経験していない私にもできること
当時の女性や教師の気持ちに思いを馳せながら
私の人生の中での出会いや、学びの中から得たことを、感じたことを
伝えていこう
最後に
戦争経験者の方々に伝えたい
「どうか、どうか、お元気で長生きしてください」
「これからもたくさんの戦争を知らない世代に、教えてください、戦争の怖さを、平和の尊さを」
「娘と2人で、直接お話を聴かせていただけることを楽しみにしております」
相変わらず面倒くさがりの私
ひまわりの命日
7月27日に想ったことを今更ながら書いておこう
ひまわりも「まったく、ねぇねは変わってないニャア」と、呆れて見ていることだろう(^ー^)
ひまわりは4年前の7月27日に虹の橋を渡った
その日からは、命日だけでなく月命日の前後には、ひまわりの納骨堂に行き、ひまわりとの思い出に浸ったり、ひまわりの最期の時を思いだしたり、「どうしてあの時…」と後悔しては、時にシクシク、ある時はワンワン泣いたりしていた
そんな私をみかねたのか、はたまた「ウザイニャ」と思ったひまわりの計らいなのか、4月27日に娘が生まれ、私は母となった
(なんとも優しく、温かい計らいができるニャンコである)
娘が生まれてからの毎月27日は、私はシクシクorワンワンと泣いていない
娘の成長が嬉しく、明るい気持ちで笑うことができている
「一体、何年泣き続ける気ニャ!ウザイんだニャーッ!」と私を叱るひまわりの声が聞こえたような気がした
同時に娘の誕生は、やはり、ひまわりからの優しく温かい贈り物のような気がしてならなかった
そして今年、こんなことを思うようになった
今までの私は「ひまわりが今もそばにいてくれたら…」と考えては、シクシクorワンワン泣いたり、「どうしてあの時…」と考えたりしてばかりだった
そうではなく
「ひまわりがそばにいてくれたから、だから今がある」
「ひまわりが最期の時まで私を支えてくれたから、たくさんのことを教えてくれたから、今の私がいる」
「ひまわりと過ごした日々があったから、今、私は幸せを感じる日々を過ごすことができている」
そう思えるようになった
これも、ひまわりの優しく、温かい計らいなのかもしれない
私はこれからも、ひまわりのことを忘れない
ひまわりは今までも、これからも、ずっとずっと
私の大切な相棒であり、親友であり、妹であり、パートナーである
大好きな、大好きな存在である
ひまわりに「ウザイニャ」と思われないように
ひまわりを心配させないように
これからの月命日・27日は笑顔でいようと思う
そして、ひまわりに「ありがとう、大好きだよ!」と伝えようと思う
このブログの始めに戻るが
相変わらず面倒くさがりの私を見て、ひまわりは呆れていることだろう
けれど、こう思えるようになった私を見て、ひまわりが「ねぇねも成長したニャ~」と褒めてくれていたら嬉しい(*´ー`*)
「ありがとう、ひまわり」
「大好きだよ🖤」
ひまわりの命日
7月27日に想ったことを今更ながら書いておこう
ひまわりも「まったく、ねぇねは変わってないニャア」と、呆れて見ていることだろう(^ー^)
ひまわりは4年前の7月27日に虹の橋を渡った
その日からは、命日だけでなく月命日の前後には、ひまわりの納骨堂に行き、ひまわりとの思い出に浸ったり、ひまわりの最期の時を思いだしたり、「どうしてあの時…」と後悔しては、時にシクシク、ある時はワンワン泣いたりしていた
そんな私をみかねたのか、はたまた「ウザイニャ」と思ったひまわりの計らいなのか、4月27日に娘が生まれ、私は母となった
(なんとも優しく、温かい計らいができるニャンコである)
娘が生まれてからの毎月27日は、私はシクシクorワンワンと泣いていない
娘の成長が嬉しく、明るい気持ちで笑うことができている
「一体、何年泣き続ける気ニャ!ウザイんだニャーッ!」と私を叱るひまわりの声が聞こえたような気がした
同時に娘の誕生は、やはり、ひまわりからの優しく温かい贈り物のような気がしてならなかった
そして今年、こんなことを思うようになった
今までの私は「ひまわりが今もそばにいてくれたら…」と考えては、シクシクorワンワン泣いたり、「どうしてあの時…」と考えたりしてばかりだった
そうではなく
「ひまわりがそばにいてくれたから、だから今がある」
「ひまわりが最期の時まで私を支えてくれたから、たくさんのことを教えてくれたから、今の私がいる」
「ひまわりと過ごした日々があったから、今、私は幸せを感じる日々を過ごすことができている」
そう思えるようになった
これも、ひまわりの優しく、温かい計らいなのかもしれない
私はこれからも、ひまわりのことを忘れない
ひまわりは今までも、これからも、ずっとずっと
私の大切な相棒であり、親友であり、妹であり、パートナーである
大好きな、大好きな存在である
ひまわりに「ウザイニャ」と思われないように
ひまわりを心配させないように
これからの月命日・27日は笑顔でいようと思う
そして、ひまわりに「ありがとう、大好きだよ!」と伝えようと思う
このブログの始めに戻るが
相変わらず面倒くさがりの私を見て、ひまわりは呆れていることだろう
けれど、こう思えるようになった私を見て、ひまわりが「ねぇねも成長したニャ~」と褒めてくれていたら嬉しい(*´ー`*)
「ありがとう、ひまわり」
「大好きだよ🖤」