IDもパスも忘れてしばらくログインできなかったのですが、PCからは入れたので久々にブログを更新。

 

今回は「何もしない時間」は難しい、という話です。

 

何もしない時間を作るのも難しいし、何もしない時間で何もしないのも難しい。

最近は仕事がそこそこ忙しくて、意識的に「何もしない時間」を作ろうと心がけています。

 

仕事柄、常に「これは仕事に役立つかな?」というのを考えているし、タバコも吸わない、コーヒーも飲まないので、普段リラックスする状態があまりありません。なので、かなり意識して作り出す必要があります。

 

それは、例えば整体の時間だったり、ジムで運動している時間だったり。

意識して「今!何もしていない時間作ってる!」と自覚するというかなり不自然な状態です。

 

例えば、休日の昼間に家やカフェでぼーっとしようとしても、大体何か考えだします。

何もしない時間を作っても、結局「何もしちゃいけない」という謎の強迫観念が生まれて、何もしないために頑張るという矛盾した状態になってしまいます。

 

何もしないのは瞑想に近い状態なので、結局意図しないとその境地にはたどりつけないな、と思った次第です。

 

・忙殺されてる感が嫌で、何もしない時間が必要と思う

・何もしない時間を無理やり作る

・何もしない時間は何もしちゃいけないという強迫観念が生まれる

・結果疲れる

 

このループを抜け出す方法は。

合う整体に行ってぐっすり寝るのが一番です。

楽しい楽しい夏休みも、もう終わりですね。

社会人にとっては数少ない、長期休暇の夏休み。東京の喧騒から遠く離れた田舎へ行くと、心身ともに充電されます。

たまに都内で三連休を取っても全然疲れが取れないのに、実家に帰ると不思議と気力が充実してきます。

理由はいくつか思い浮かぶのですが、一番の理由は「決断しないといけない回数が圧倒的に減るから」じゃないかと思ってます。

実家の良いところは、ご飯もお風呂も勝手に出てくるところじゃーというのはよく聞く話ですが、これらの準備やその手間より、献立を考えたり、いつ風呂に入るか考えたりと、いちいち考えて決断すること自体が疲れの原因なんじゃないかと思います。

いかに決断する回数を減らし、考える時間を減らせるか。これがリフレッシュと脳の回復に直結している気がしてなりません。

いつもより多めにご飯を食べたり、気を許せる話し相手がいつでもいたり、田舎特有の解放感を味わったりと、元気になる要因はいくつもあります。

でも、私たちは普段あまりに考えすぎているので、時にはタバコを吸ったり酒を飲んだりして、思考を停止させ、鈍らせる必要があるのではないかと。

私たちは、毎日あまりに考えすぎて、決断しすぎている。

なので、私は帰省中は脳を休ませるため、意識的に決断をしないようにしています。外食でも観光でもテレビのチャンネルでさえも、自分の幸福度を下げない程度にほどよく選択はするけど、決断はしません。

意図的な、戦略的思考停止。

仕事中に実践すると、多分、怒られます。
「Todoリストを使ってない」と言うと、
「え〜〜??」(はああああ?今までどうやって生きてきたんコイツ?)
という反応をされます(表情からの読み取り)。

最近は良いツールを教えてもらったんで少しは使ってるんですが、毎日ヘビーに使う感じでもない。

というわけで、Todoリストがいらない理由を改めてみようと思います。

1)そもそもタスクが少ない
1日で処理するタスクってそんなに多くないと思うので、大体歩きながら頭の中で「今日はこれやるぞ」って優先順位付けて、終わりです。

2)ルールを決めることでタスク化しない
例えば「仕事のメールは即レス」などルールを決めているので、「誰それさんに返信」みたいなものはそもそもタスクになりません。
タスク自体を減らします。

3)タスクを分けて考えない
これも例ですが、「歯を磨く」というタスクがあるとき、
・歯ブラシを手に取る
・歯磨き粉をつける
・歯を磨く
・うがいする
とか分けないじゃないですか。
・歯を磨く
で済むなと。

一連の流れが決まっているような行動に対していちいち細かくわけてると、リストに記入するだけでも一苦労なのではないかなと。

4)Todoリストを開く、記入が面倒
これは慣れもあるのですが、リスト開いて記入して、終わったら消して…というのがなかなか面倒。
メールの返信があるなら、PCでメールのウィンドウを開いておく、とかの方が楽なので、タスクに関係するウィンドウを開いておく、で対処することが多いです。で、終わったら閉じる。


などとつらつら書きましたが、中長期的なタスクやすぐに処理できないものはやはりリスト管理すると便利です。

書くことで忘れられるという効果もあるので、脳内CPUを無駄使いせずにすむかもしれない。歩きながら考え事してると電柱にぶつかりますしね。危ないです。たとえ鼻血が出て遅刻しても決してタスクのせいにはできません。

あと、タスクがずーーーっと残ってると精神的にしんどいです。これ、ずっとあるなって。なので、速く終わるものと面倒なものは効率的にパパっと終わらせて酒を飲むといいと思います。
段々このブログの趣旨からテーマがはずれている感が否めないですが、「コスパがいい」と言われると、時折違和感を覚えます。

「この店はコスパいいよね」みたいな使い方です。コスパの感じ方は人によるからです。

コスパはコストパフォーマンスの略なので、「コスト」(費用)と「パフォーマンス」(効果)を比べています。

コストは金額なので客観的な数字でわかりますが、パフォーマンスの良し悪しは主観なので、一概に比べられません。

ほぼ同じクオリティーのお酒を、A店では1000円で、B店では500円で出す場合、「B店はコスパがいい」と言われます。

製品単体で見ると確かにそうですが、
・Aは椅子があるがBは立ち飲み
・AはBに比べてアクセスが良い
・Aは分煙でBは全席喫煙
とかだと、体験としての費用対効果は一概にB良しとは言えなそうです。

また、コスパを金額÷時間で捉えるケースもあります。

最近話題のVR。ゴーグルみたいなのを装着して、バーチャルな映像を楽しむアトラクションがゲーセンや遊園地などに増えてきました。

まるで映画の世界に入り込んだような空間でゲームが楽しめるので、個人的には大好きです。 

ですが、ゲーセンや遊園地などで遊ぶ場合、1回1500円ほどのお金がかかります(幅は1000〜2000円くらい)。

体験時間は5〜10分程度です。友達に言わせると、「映画の方がコスパがいい」とのこと。

確かに2時間1500円で楽しめる映画と、5分1500円で楽しむVRの時間あたりの金額を比べると圧倒的に前者がお得感があります。

でも、やはり効果については主観なので、友達は映画の方がコスパがいいし、私にとってはVRの方がコスパがいいと言えるかもしれないのです。

個人的には2時間も椅子にはりつけにされるのはなかなか苦痛なので、映画館はあまりコスパがいい場所だとは思いません。

というわけで、「○○はコスパがいい」と言われると、「お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな」というかの有名なセリフが頭をよぎるのです、というお話でした。
末っ子が年上もしくは面倒見がいい人を求めるというのは、よく聞く話です。

私も末っ子なので、よく「面倒見がいい長女が好きなのか」と言われます。これは半分正解で、半分誤解です。

正確には、「第一子」がいいのです。

これは、兄弟姉妹間のポジションの問題です。
どんな立ち位置なのか。
年長者として、下の面倒を見ているのか。

長女でも、上に兄がいたら末っ子ですよね。
末っ子同士は磁石のN極同士のように反発しあうので、真ん中より上が理想です。

あと真ん中は宙ぶらりんなので、自由で変わった人が多い。

一人っ子も第一子です。兄弟姉妹間のポジションはないですが、特殊な第一子枠といえるでしょう。

上は下を求めて、下は上を求める。上同士でもなんとなく反発しあう気がしなくもありません。

妹がいない人は妹に憧れを抱くし、姉がいない人は姉に憧れを抱く。

隣の芝生は青い、は世の常なのかもしれません。

あまりお酒を飲めないのに、今回はお酒の話です。

 

ビアンバーは「バー」なので、基本的にお酒を飲んで楽しむところです。もちろん、ソフトドリンクでもOKですが。

 

いろんなお酒があるので、さて何を飲もうという話になります。

 

私はビールが苦手で、ウイスキーをよく頼みます。最近は日本酒も飲めるようになりました。

 

このお酒の好き嫌い、好みの原因って何なのでしょうか。

遺伝なのか、体質なのか。

 

食の好みを左右する要因の1つとして、「初めてそれを飲んだ(食べた)ときの経験」も強く関係しているのではないでしょうか。

 

初めて飲んだビールがおいしいと思わなかった、だからビールが飲めない。

初めて飲んだ日本酒がおいしかった、だから日本酒を飲んでいる。

 

シンプルな話です。

「運よく、初体験のときに本当においしいものに出会えたかどうか」が関係するのです。

 

味覚は後から変わるとよく言いますが、食わず嫌いだったり、子供の頃苦手だったりしたものでも、大人になってから本当に良いものに出会うと、克服どころか大好物になることも少なくありません。

ウニ、イクラ、牡蠣なんかはまさにそれで、大人になって本当においしいものを食べたことで評価が逆転しました。

 

一生のうちで食事できる回数は限られているので、本当においしいものを食べないと損じゃないですか。なので、食わず嫌いしているものは「本当にいいものを試す」ようにしています。それでダメなら、本当にダメなんだなと自分であきらめがつくので。

 

お酒の話に戻ると、さらにここでは「レンジと天井」という概念を提唱したい。

レンジは範囲、天井はおいしさの上限のこと。

 

日本酒は「レンジが広く、天井が高い」=「一番おいしいものと凡庸なものの差が激しく、本当においしいものはめちゃくちゃうまい」

一方のビールは、日本酒に比べて「レンジが狭く、天井が低い」

スーパーやコンビニのビールでも毎日の晩酌に十分耐えうるし、ちょっといいバーにいってもビールの値段はそこまで大きく変わりません。

 

ただし、粗悪で安い日本酒に最初に触れてしまうと、そのまま日本酒を嫌いになってしまうこともありえます。日本酒の方が、いいものと悪いものの差が激しいのです。

 

この定義にのっとると、「お金がない若いうちはビールを飲んで、ある程度自由にお金を使えるようになったら日本酒を飲む」というのが、不幸が起きにくく、コスパのいい行動なのではないかと思います。

 

牛肉やお寿司もレンジが広く、天井が高い食べ物の典型ですね。

おいしいものはめちゃくちゃうまい。でも、ひどいものとの落差が大きい。

 

レンジや天井は、「飲み方」でも変わります。

ちょっといいバーで1杯2000~3000円のウイスキーを飲むとき、ハイボールやジンジャー割りにすると「もったいないからロックで飲みなよ」とよく言われます。

 

これは「自らレンジを狭めて、天井を低くするのはもったいない」という意味です。

いいウイスキーなのだから、本来の味を楽しむべきだと。

 

特にジンジャー割りはジンジャー要素が強くなるので、当たりハズレが少なくなる代わりに、元のウイスキーの味がぼやけてしまいます。

 

日本酒も、富山の羽根屋のように飲み口がすっきりしたものを飲むようになってから、さらにいろんなレンジのものを試すようになりました。

 

ビールも、クラフトビールのお店にいくとおいしいビールに出会えるので、少しずつ克服しつつあります。最近はコーヒーを飲めるようになりたい。これは、飲まず嫌いの要素が強いので、本当においしいコーヒーに巡り合ったら変わる可能性が十分にある。

 

結局のところ、「自分が好きなものを好きなように摂取する」のが一番幸福度が高いはずなので、自分にあった選択をし続けるのが一番良いのではないでしょうか。

 

 

どうも、マナカです。

名前を名乗ると、「名字?」「かわいい名前だね」などと言われますが、マナカはニックネームです。

この名前は、ニックネームであり、私が生み出した発明でもあります。初めて二丁目のオフ会に行く前日、どんな名前にするか、自分なりのロジックを元に丸一日考えました。

何をそんなに長い時間考えたのか、一つ一つ紐解いていきたいと思います。

まず、なぜニックネームを名乗るのか。

ビアンバーなどに行くと、本名を名乗る人もいれば、ニックネームを名乗る人もいます。後者の方が多いかもしれません。

私の場合も、いくつか理由があります。
1:本名だとリアルばれのリスクがある→カミングアウトしていないので、これは避けたい
2:デジタルタトゥーを残したくない→一度ネットで情報が書き込まれるとそれは半永久的に消えません。やはりリスクが大きい
3:職場や家族と接する自分と違う「自分」を生きるため

1と2は似ていますが、3だけ毛色が違います。

これは、平野啓一郎さんが『私とは何か: 「個人」から「分人」へ』で提唱している「分人」という考え方です。

人間はわけられない「個人」という1つの人格ではなく、職場の自分、家族との自分、友達との自分、恋人との自分などを使い分ける、人格を分けられる「分人」ということです。

マナカでいることが、私のビアンバーでの「分人」になります。これは多重人格でも八方美人でもありません。
誰もが相手や場面によって自分を使い分けているわけで、単に分人を切り替えているだけです。

「本当の自分はこうじゃない」とか、「あの人はいい人に見えて実はそうじゃなかった」とか、窮屈ですからね。人間は多面体で、いい面も悪い面も、その人なので。

でも、二丁目デビュー前に、「よっしゃ、二丁目の分人を生きよう!」なんて思ってません。ほぼ1と2の理由からです。

で、なぜマナカになったのか。

この理由もいくつかあります。
・名字にも名前にもとれる→本名なんですか?と聞かれない

・真中(まんなか)→漢字にすると真ん中。中性です。性別にとらわれず、真ん中の性を生きてるって意味で結構気に入ってます

・LINEで整合性がとれる→このご時世、友達ができると大体連絡先交換はLINEです。本名と同じイニシャルにすることで、いろんな知人がごっちゃになっても矛盾が生じません

・名前を呼ばれた時に違和感がない→本名じゃない名前で何度も呼ばれるので、実際に呼ばれた時に違和感がないネーミングにしようと思いました。結果、しっくりきてます

など、かなりあれこれ考えました。

元々ネットでハンドルネーム文化に浸ってきたので、ニックネームを名乗ることへの違和感はありません。

今でも趣味のコミュニティでは別のハンドルネームで呼ばれてますし、本名で呼ばれるのは職場、もしくは旧友や家族と会うときくらいです。

いろんな名前を生きるのも悪くないもんです。

 

 

初めてのビアンバー。スマホで検索して、気になるお店を発見。

 

さて、どこに行けばいいのでしょうか。

 

一番有名なのは「新宿二丁目」です。東京都内には、池袋や中野などにもお店があります。

 

実は二丁目と池袋くらいしか行ったことがないので、この2つのエリアを比べてみたいと思います(※あくまで個人の感想です)。

 

結論から言うと、

・非日常を楽しみたいなら二丁目

・ゆっくり落ち着いて飲みたいなら池袋

といった感じでしょうか。

 

二丁目は「ハレとケ」の「ハレ」。文字通り非日常を味わう空間です。

エリア全体が独特の雰囲気で、特に週末は道路に人があふれてお祭り状態。

若者も多く、オフ会やクラブイベントなども開催され、活気がすごいです。

 

1人より、友達同士で来ている人が多いイメージですが、もちろん1人で入れる店もたくさんあります。初めてで心細い人はSNSなどで友達を見つけるのもありかもしれません。

 

一方の池袋は、「1人でゆっくり落ち着いて飲みたい人」におすすめ。

いきなり二丁目デビューするのは気が引けるという人は、池袋から攻めていくのもありでしょう。

クラブイベントこそないですが、いろんなお店でオフ会は頻繁にあるので友達はできるはずです。

 

というわけで、目的別に使い分けるイメージでしょうか。

まぁエリアの雰囲気とは別にお店によっても特徴や雰囲気は当然異なるので、いろいろ行ってみて自分に合うところを探すのが一番かと思います。フードメニューが豊富な店もあれば、分煙されてるお店もあります。

 

そして、「店の前まで来たけど、扉を開ける勇気が出なくて帰る」は初見の人あるある。せっかく遠くから来たなら、清水の舞台から飛び降りるくらいの気持ちで思い切って開けた方が良いですよね。

 

「満を持して扉を開けようとしたら、たまたま定休日で扉が閉まっていた」なんてこともあったくらいなので、とりあえずちゃっちゃと開けるのが得策です。

 

二丁目が怖いなぁという人も、人生経験として1度味わっておくのがよいかと思います。何せ、非日常なので。

 

今はTwitterやブログで各お店の情報がわかるので、いい時代になったものです。