こんにちは
Xmasも終わって、年末の仕事納めに向けてですね~

さてさて、一年の振り返りは次回にするとしてw
最近いろいろ見て聴いて思っていたことを少し

たまーにね
もう居場所がないとか
聴くわけなんです。

っで居場所ってなんだろって考えてたんですね。

人それぞれの考えがあるので
あくまでも僕の考えですが、少し書いてみます。

居場所とは、自分が居る場のことで、
家、学校、職場、趣味の場、友達との場、
それらを行き来する時の交通手段の電車やバスに乗っている時もそうだし、
とにかく自分が今、いる場のことです。
要するに、自分一人の場もあれば、相手が変わろうが、自分の居るところが居場所です。

じゃあ、居場所の何が大事かってことなんだけど、
その居場所でしか、自分と人の関係性はやれない。
言い方を変えると、そこに自分と相手がいるから、
関係をやり取りし、自分は生きていると実感したりするのです。
居場所で、人は活きることや誰かと繋がることの意味を見つけたりするのは居場所なのだと実感しなければ、居場所の価値はわからないものなんです。

居場所が少ないとか、ないというのは、自分が心を閉ざしているのではないでしょうかなっと。

「自然に」というのは、何もしなくても、運がこちらに向ってやってくるというのを真に受けている人の考え方の人と、運は、偶然だけではない、自分も事を運ぶことに関わっているという、捉え方をしている人では、「自然」の捉え方が違うのだと思います。

相手が行動を起こそうとするには、声をかけよう、誘いに応じてくれそう、という気持ちになり、
行動してくれて、自分の居場所ができるとしたら、相手がそういう運を運んでくるための、
動きを自分もやる必要があると思えば、おのずと自分は動いているはずです。
例えば、笑顔や挨拶を心がけたり、相手に良いイメージを与えようとするのは、
そういう目には見えない自分の意識があるのではないでしょうか。

相乗効果をどれだけ意識できるかという想像力というのかな、
運を作っていると感じる人には、自分を運んでいく、運の強さがあると思います。

要はね
待っていても何にも運ばれてこないし、
運も呼び込まないし、
何も始まらない。

ただ単に自分に居心地の良い環境であれば良いなんて
ただの自己満足で、相手の事を考えてないんですよね。

仕事柄沢山の人にあって話して、
昔の僕もそりゃあ言いたい放題言って、自分の思い通りなんて考えてましたけど、
今の立ち位置になって、人を見ること少しづつ覚えて、
あー20代の頃は良く廻りの人我慢して僕なんかに付き合ってくれたなっと。
ふと思う時有ります。
今でも、まだまだ甘い人間なんで迷惑かけたりしますけどね(^_^;)

こういったことも一つ一つの失敗の積み重ねから来ているんでしょうけどね。

でもね、陰でこそこそと言うよりも、
面と向かって言ってくれた方が助かる時正直多いんですよね
ただ、その時全員が全員の話聴くかと質問されたら、
優先は陰で言わずにいつも会った際に言ってくれる人。
足を運んでくれて、わざわざ時間を頂戴してくれるからこそ重みがありますよね。

傾聴

恐らくこれが一番大事なことかな

耳を傾ける
お互いがこれ出来れば環境はどんどん発展していくんでしょうけどね。

人は感情持っている動物なので、
難しいことですけど、
僕も日々いろんな方に学びながら今後も成長をまだまだしていきたいんです。

まあ馬鹿にする人はするから勝手にどうぞですけどwww