この季節、家にいる時はタンクトップが活躍する。
普通のTシャツでもいいのだが、肩が覆われているぶん、ちょっと爽快感に欠ける。いまや僕にとって、タンクトップは夏のマストアイテムだ。
……などと言いながら、僕がタンクトップを愛用するようになったのは、実は最近のことである。それまでは、むしろタンクトップに嫌悪感さえ抱いていた。
それにはこんな理由がある。
昔つとめていた会社に、やたらとタンクトップを愛用している先輩がいた。家で体を鍛えているようで、どうもそれを見せたいらしい。
会社にタンクトップで来ることはさすがになかったが、僕は家が近かったおかげで、彼のタンクトップ姿を見せつけられる機会が多かった。
先輩のことは嫌いではなかったが、とにかくそのタンクトップ・アピールが面倒くさい。「タンクトップ着てるオレ最高」という思いが、バシバシこちらに伝わってくるのだ。というか伝えてくるのだ。
だがそんな個性を許容できないほど、僕も小さい人間であるつもりはない。「こういう自分大好き!」というのは、ないよりある方がいい。そう思いながらやり過ごしていた。
ある夏の日曜日。その事件は起こった。
買い物に出かけていた僕は、15時くらいに自宅の最寄り駅まで帰ってきた。そこから家までテクテク歩いていると、その先輩が家の前で車を洗っていた。もちろんタンクトップ姿で。……嫌な予感がした。
「あ、お疲れさまですー。今日も暑いですねー」
僕は声をかけた。無事にやり過ごせることを願いながら。
「おお、杉原。いいところに来た。……ちょっとさ、『何でタンクトップなんですか?』って聞いてくれよ」
聞きたくないわ!と内心思いながらも、この状況で聞かないわけにはいかない。僕は仕方なく、ちょっと気持ちを落ち着けてから言った。
「……何でタンクトップなんですか?」
彼は額の汗を手でぬぐいながら、目を細めて言った。
「暑くてしょうがねぇ……」
それからだ、僕がタンクトップに対して本格的に嫌悪感を感じるようになったのは。
あれからおよそ15年。僕はいつのまにか、その嫌悪感を克服していた。というか、克服するのに15年かかった。その間、この爽快感を味わえずにいたことは、とてももったいないことだった気がする。
今となっては、あの先輩の気持ちもよくわか……るかと思ったけどやっぱり全くわからない。