自分で考えても不思議なことがたくさんあります。
私は表現者ではなく、その表現者を表すリトマス試験紙になり切りたいと
思って生きてきた時代がありました。
過去のことを振り返ると別に成長したと感じたいからというよりは、
あ-ここまで変われたんだ、神様が変えてくださったんだということを知ることに
喜びを大きく感じます。
生きているということ、生かされている命であり、
愛する人がいること、自分は愛されていると知っていることの
大切さを日々感じられるという祝福にはとてつもない感謝をしたいです。
今、命がとられていく、シリアの子供達や、
死んだことにされている自爆テロだったと言われた生きているモロッコの女性
のこととかを考えると、我々の命は草のように、明日焼かれるかもしれないけど、
それでも、神は着飾らせてくださっていると考えると、
花や草の様に感謝し、日々を誰かの心に光を与える命として、
神が我々を神の姿に似せて創られたことを覚えていくことの
大切さを感じています。
神を愛していると言いながら、
兄弟を憎むものをは偽り者である。神を愛しているというものは
兄弟のために命を捨てる。兄弟を愛しなさい。姉妹を愛しなさい。
命尽きるまで、
神の家族を愛し、そして神の愛失われた魂に
示して生きていきたいです。


