エイプリルフールの思い出 ブログネタ:エイプリルフールの思い出 参加中
本文はここから

{D6C3FDC9-00DE-4A2B-B926-1C9E8939CBBE}

板橋って新選組の町だったんですねニコニコ

お墓参りの後は腹ごしらえを・・・

板橋駅前はコーヒー喫茶店やナイフとフォークレストランさんがいっぱい

迷いましたが結局ここに決めました左下矢印

{A16182B9-98CB-4DDA-A5CD-E6E381DE7B99}

選んだポイントは歳産の写真が貼ってあったから左下矢印
{B72FC1C3-A1FD-421E-ABB1-EF01EE775C0F}

頼んだのはコロッケ定食

{5449B76C-0D06-4BBC-9FB0-48BAEB7A2BFE}

頼んだのはいいけど 2個のコロッケのうち1つがカニクリームコロッケでした・・・ 

{A0F63AC4-23F4-44DC-AB6C-BA7E36FBE2FB}

カニクリームコロッケ嫌いなんだよねガーン

{1A082339-88FE-4EBF-A9C1-6A6CDA4E0CF7}




今度の週末なにをする?ブログネタ:今度の週末なにをする? 参加中
{9A89003A-E122-44CD-9972-BCE62A1826C5}
板橋処刑場(北区滝野川)といえば近藤勇が斬首された場所 

JR板橋駅前には新撰組局長の近藤勇の墓と言われる所があります 

{C24D561D-FA5F-4891-8860-21A8CB809394}
墓碑には近藤勇と並んで副長の土方歳三の名前も刻まれています

{B6E64468-6C1F-4927-93AB-758D2D93EE8F}

{A101929C-A9A9-4DEC-9CBE-5F282596ADED}
幕末の世 京の都で活躍した新選組は鳥羽伏見の戦いで敗れ 

各地で敗走を続けた末 流山に辿り着き 

局長の近藤勇は新政府軍に投降します 

慶応四年(1868年)四月二十五日 捕われの身だった近藤勇は板橋宿の刑場で斬首 

首は京に運ばれ三条河原にさらさ 、胴体はこの地に埋葬されたと言われています

{36D3C518-C419-4418-9E65-4B39483F4E28}
この墓所を建立したのは新撰組二番組組長だった永倉新八 

永倉は戦争末期には近藤勇と袂を分かつも 

やはり心は新選組に残してきたのでしょう 

戦争が終わってから 近藤勇や殉死した新撰組隊士達の墓を作るために奔走したそうです

{6C9E5B7F-F8E8-48C4-AF3F-C5F25D9E4F1A}

{5087809D-DE5E-49AC-9D59-2137813B274E}
そしてこの墓所が完成したのが明治九年(1876年)五月 

新政府の人間にとっては新選組は宿敵 

そんな肩身の狭い時代に新選組の生き残りとして生き 

かつての友の墓を作るために尽力した永倉新八の苦労は大変なものだったでしょう

{741BB8A9-1654-424A-8C62-B716EFC935EE}