三日坊主でしたあああ・・・(=_=)



10月8日、9日、10日と
ゆっくりしてしまいました。

しかし、とっても有意義な
三日間でもありました。


運動会の応援

3歳児の少年が小さな三角の石を
持ってきて
「ピザ」「ピザ」と
くれるのです。

「ありがとう、いただきます~」
「むしゃむしゃ」と

食べるふり。


するとまた、
「ぴざ」「ぴざ」と


「ぴざ」でお腹いっぱいになりました。



朝からテスト前の補習です。
みんな、ほんとによくがんばります。


日曜日

IKEAに新しい机、椅子、家具などを
チェック!!

お決まりのホットドッグ☆彡
期間限定
「チーズフォンデュ ドッグ」

うまかったねえ。


教室では、やはりテスト前勉強会


今日はもう帰れないなと
夜は幸の湯へ

10日

今日こそはと
朝5時から
ウォーキング

目指すはローソン☆彡

朝食買って、

戻ってきて

腕立て、腹筋、背筋だけやりました!


いいのです。

3日坊主も300回続けたら

900日坊主になるのです。


千日回峰


比叡山の修行僧の千日にもおよぶ
修行の一つだそうです。

とりあえず、
1000日やります。


千鍛万錬

かの剣豪宮本武蔵の言葉

千日、万日 

ひたすら鍛えなさいということ
なのでしょう。

3日、

3週間、

3ヶ月(100日)

1年(約300日)

3年(約1000日)

30年(約10000日)

何事もこれぐらい
極めろと。

厳しいです。

でも、
1000日にチャレンジして
今日で
あと 995日

弱い自分に勝つために

弱い自分を受け入れるために

弱い自分を乗り越えるために

続けよう

1000日後

きっと新しい自分に
出会える

そう確信しています。


そして、
大切なものにも。

忘れかけたいた

見失っていた

大事にしていなかった

大切なもの。


もう後ろは向かない。

前を向いて

明日に向かって

今、できることを

大切にしながら

歩いていこう。

後悔だけはしないように。

いや

後悔するはずないか。


なぜなら

自分で選んだ道だから。




今日からまた三日坊主

がんばろ\(*⌒0⌒)♪


今日のすートレ

RUN 5キロ
腕立て 10回3セット
腹筋 20回3セット
背筋 20回3セット


今日が、今までの人生の最後の日
というくらい やりきる。

今日がこれからの人生の最初の日
というくらい ワクワクしながら。

太陽がまぶしいくらいの
紀の川沿いを
今朝も走ってきました。


今日も1時間30分の
ジョグ&ウォーク
たまにダッシュ!


まだ、ダッシュになってない…です

そのあとは
グラウンドで
腕立て10×3セット
腹筋10×3セット
背筋10×3セット


ん~
二日目ってせいもあり、
身体中の脂肪が重たい…

筋肉痛で悲鳴をあげ…

久々にグラウンドに
はいつくばりました!

弱い己に克つために


ちょっぴり勝てたような
気がします。

走ってる間、
自分の中に入っていき
気持ち良かった。



シャワー浴びて、
プロテイン飲んで
さっぱり!

そして、
スリーサイズ、ちごた
胸囲、腹周り、太もも、腕回りを計りました~

あ、僕結構
バストあるんですよ~。

お腹もちょっと……。

やばい


そんなこといってても、
明日の朝でとまったら

まさに
『三日坊主』


せめて、四日は続けます。(笑)

なので、日記につづってます。


二日に一度のペースで
上半身、下半身
前、後ろと
鍛える部分を変えた方がいいよと、アドバイスを
もらいました。

ありがとうございます!


ただ、今はこの
たるんだ、肉体と精神を
ひたすら
痛めつけます。
(笑)


あ、
明日の朝は
ちびっ子たちの応援ですわ!!
さらに早起きしやな。


がんばれ!コスモス!
僕もがんばれ!

今日も一日、
火傷するくらい
熱く熱く生ききります!
15才にして準ミス日本に輝かれた江原千花さん。

それだけではなく
ご自身のことを書かれた作品が、大賞にも選ばれました。


色々な想いで人は生きている。

改めて感じさせてくれました。



父がいなくなった時  
江原千花

私の名前を考えてくれたのは、パパでした。
千の花と書いて千花。
とても気に入っています。でも、私が産まれる直前までは、
「金魚」という全く違う名前が考えられていたそうです。
パパが金魚をこよなく愛していたために、そんな名前をつけようと思ったらしいのですが、
ママが「流石にそれはやめようよ。いじめられそうだし、かわいそうじゃん。」と言ってくれて、
じゃあ、千花にしよう!
ということになったそうです。
 パパと私は、名前をつけるのがとても下手でした。私につけられそうだった「金魚」という名前もユニークですが、
パパが子供の頃に飼っていた犬は「ペケ」でしたし、私が飼っている犬は「わん」、
ミドリガメは「ミド」
という名前です。周りは、「そんな名前かわいそう。」
と言うけれど、私にとっては、どれもシンプルで覚えやすく、とても良い名前です。
 パパが会社に対して文句を言うようになった。
一番儲かるスポットへ行かせてもらえないのだとか。私もママもお金には全く困っていなかったので、驚いた。
どんな時でも、誰にでも穏やかなパパが
「もう一度言ってもダメなら、殴り込みに行ってやろうかと思う。」
とまで言うのだ。
それはあまりにも無茶だと思って、私とパパはじっくり話し合うことにした。
「なんでそうなるん?」
「だって、千花とママが食べていけなくなったら困るじゃん。パパが稼がなきゃどうするの。」

「でも、言っとくけど、私もママも、パパにそんな
ことして欲しいとは思わんよ。仕事を変えるとか、他にも道はあるやん。とにかく、人に害を与えるくらいなら、人を殺すくらいなら、自分が死んだほうがましだよ。」

こんなこと言うのは、辛かった。できれば言いたくなかった。
軽い気持ちで〝死んだほうがまし〟と言った訳では
ない。人を傷つけるということがどういうことなのかを理解して欲しかっただけなのだ。
パパだから大丈夫。
わかってくれるし、その気になるわけはないと、どこかで安心し切っていた。
何より、〝死ね〟などと言ったことはなかったので、わかってくれるだろうという期待は高かった。

十日程経った日の朝、起きたら、ママはパニックになっていた。

「パパがいない!」

パパの部屋を見に行くと、枕の上にバスケットボール、その横には今年の年賀状と、家族三人で写っている写真が置いてあった。
会社に電話してみても、家の中のどこを探しても、どこにもいない。
「とりあえず、千花は学校に行きなさい。ママとたっこばぁが、必ず連れて帰ってくるから。」
私は、まさかと思った。そんな訳ない。絶対どこかにいるはず。ふざけないでよ。

 私は学校に行っても、ふらふらして、今朝のことしか頭になかった。山に入っていって、足を踏みはずしているかもしれない。海へ行ってふるえているかもしれない。
もしくは誰かの家へおじゃましているのかもしれない。
耐え切れず、昼休みに、ママの携帯電話に電話させてもらった。私の学校には、遠くから通って来る生徒
が多いため、携帯電話を持って来ても、日中預けておけば良いことになっている。
それで、私の携帯から電話したいと先生に言った。
「どうして公衆電話じゃいけないんですか?」
「お母さんが心配するからダメなんです。」
「…?」
「今お父さんが行方不明になってて、お父さんからの電話だと思われたらいけないので、公衆電話じゃダメなんです!」
早く知りたい。パパがいるなら、何してたのか、どこにいたのか聞いて、心配したんだからって怒ってやりたい。
「もしもし、どう? パパ見つかった?」
「いいや、まだ。でも大丈夫。絶対見つけるけえ。安心して。じゃあね。」

ママの声は、少し疲れているようだった。

放課後に、もう一度電話した。家に警察の方がいらっしゃっているらしく、たっこばぁが迎えに来てくれることになった。私は不安でいっぱいだった。ほぼあきらめていると言ってもいいのかもしれないが、心の底では、必ず帰って来ると信じ切っていた。たっこばぁの車が来た。
様子を聞くと、
「まだ見つかってないよ。ママは今警察署におるから、
ちょっとその辺で待っといてって言われたよ。」
ということなので、私とたっこばぁは、百円均一ショップで買い物をして待つことにした。
ママから、警察署前で待っていてと連絡があったので、レジに並び、急いで行った。着くとすぐに、たっこばぁの携帯が鳴った。
私にはどんな話をしているのかわからなかったので、たっこばぁに聞いてみた。
「なんて?」

たっこばぁの表情は、暗いというより何かを悟っている感じだった。

「ねぇ、なんて?」

「|だめやったって。」

「だめやったって、だめってなに。何がだめやったん!?」

「亡くなったって。」

は?

そんな訳ないやんか。何言ってるの。頭がおかしいんじゃない?と思った。
「ママが帰ってって言ってたから、お家に帰ろう。」
「ママは? どうするん? 一緒に帰らんの?」
「うん、まだ居ないといけないから、先に帰っててねって。」
信じられない。というより、あり得ない。きっと人違いやん。
パパがそんなことになるなんて、絶対おかしい。これは夢だ。朝になって目が覚めたら、あぁびっくりしたで済むんじゃないか!
簡単なことやん。
家に帰ったら、急いで自分の部屋へ行った。手を組んで、必死にお祈りした。どうかこれが嘘でありますように。夢からさめたら、ちゃんとパパに会えますように。
どうか助けてください。どうすれば良いのかわからないのです。神様、助けてください。私の過ちをお許しください。どうしよう、どうしよう。自分でどうにかできる訳ではないけれど、どうしよう。でも、もし私が何かの働きをして、それでパパが帰ってくるならどんなにいいだろう。こんなにパパに会いたくなったのは何年ぶりだろう。どんな姿でもいいから、パパに会いたい。なんならお化けだってかまわない。早く帰って来て!

 夕方になった。外は薄暗く、雨がザアザア降っている。
電話が鳴った。パパの勤めていた会社からだった。
「もしもし、○○です。あ、娘さんですか。お父さんはどうですか?見つかりましたか。」
「亡くなりました。」
「えぇ~…。」
「えぇ~ですよね、私もえぇ~です。」
動揺していたのでこんなことを言ってしまったけれど、
相手の方にはふざけている風に聞こえたかもしれない。
相手の方は、あぁ、そうですか。失礼します。と言って電話を切られた。私は不思議でならない心持ちだった。
〝パパは亡くなった〟ということを受け入れられている自分がすごく不思議だった。少し時間が経つと、車の音がして、家の前に止まった。帰ってきた! 外はまだ雨が降っていた。

「せーの。」

家の中へ、担架に乗せられ、白い布が掛けられた大きなものが運び込まれてきた。紛れもなく、それはパパの体だった。
 その後のことは、よく覚えていない。会館の方が熱心にお世話・お手伝いしてくださったことと、お通夜までは毎日バタバタしていたこと、お経を聞く度に涙が止まらなくなったことが、記憶に残っている。
 気付いたことが、いくつかある。

 一つ目は、お葬式に多くの人が集まってくれると、うれしいものだということ。パパ本人もうれしかっただろうし、家族の私たちもうれしかった。こんな場面にも、〝一人はみんなのために、みんなは一人のために〟が表れていたのだなと思う。
 二つ目は、腐敗のにおいが、ぎんなんの香りとそっくりなこと。忌引きが明けて、久しぶりに学校へ行く時に気付いた。ぎんなんの香りでいっぱいの十月の道は、通る度にあの日のことを思い出させた。他の人はそんなこと知らないだろうなと思いながら、その道はなるべくゆっくり通るようにした。決して良い思い出ではないのだけれど、少しでもパパを感じていたいと思うと、そうなった。自分でも、よくわからない行動だと思う。
 三つ目は、時が経っても、実感がわかないということ。例えば、二階のドアの音の後に、階段を降りてくる音がすると、パパかな?と思ってしまうし、朝食に食べようと思っていたパンがなくなっていたら、自分が昨日食べていても、パパがまた食べとる! と思ってしまう。お土産がテーブルに置いてあると、これはたっこばぁから? それともパパがまたお客さんから頂いたの? とママに聞いてしまう。初めの頃は気付く度に少しさみしい思いをしていたけれど、今では懐かしいのと、
「またやっちゃったよ。」と思うのとで、それさえも笑えるようになった。

『死を恐れて生きるのではなく、為すべきことを為すことが大切である。』こんな言葉を聞いたことがあった。
パパは亡くなってしまったけれど、私達家族を養うという大きな任務をちゃんと為してくれたねとママと話した。私は、パパが一番心がけていたことはまさに、『為すべきことを為すこと』だと思った。