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至福の眠り……。
今日の眠りを簡単に表現すると、まさにそんな感じだった。
サラサラのシーツ、程よい温度、疲れが風に溶けてゆくような深い深い睡眠。

(もう……何時間でも寝られそう)

夢を見るのも忘れて、至福の時間におぼれていると、優しい声が私の耳をくすぐった。

入江「まな……」
(入江さん……)

私が心の中でつぶやくと、香ばしいコーヒーの香りが辺りを包み込んでいった。

入江「そろそろ起きろよ。俺の買い物、付き合ってくれるんだろ?」
「は、はい……」

私はまぶたをこすりながら、周囲を見渡した。
いつ遊びに来ても、きちんと片付いている入江さんの部屋。

(そうだ……。今日は、お泊りにきていたんだった)
(いつも以上に良く眠れたのは、入江さんと一緒だったからかな)

入江「ミルクをたくさん入れたコーヒーでも飲むか?」

私がコクリとうなずくと、入江さんが穏やかに微笑んだ。

(合鍵があるっていいなぁ……)

私はテーブルの上に置かれた合鍵にそっと視線を落とした。

(合鍵を貰ってから……入江さんの家に泊まることが多くなったしね)
入江「ほらよ。熱いから気をつけろよ」
「朝から色々して貰ってすみません……」

私はコーヒーを受け取ると、ペコッと頭を下げた。

入江「気にすんな。たまたま早く目が覚めてよ」
入江「なんか……お前と寝てると眠りが深くてよ」


入江さんが、いつくしむような瞳で私を見つめている。
温かな眼差しが、私の心をゆっくりと包み込んでゆく。

入江「お前って……」
(私って……?)
入江「抱き枕みてぇだよな」
「枕、なんですか!?」

私がガックリと肩を落としていると、入江さんが楽しそうに鼻を鳴らした。

入江「フッ。冗談」
「い……いいですよ!枕で!」

私は態とすんれたふりをして、顔を横に向けた。
すると、コルクボードに貼られた1枚の写真が目に飛び込んできた。

(これって……)
「すごく懐かしい写真ですね……」

入江「ああ。これか……」

入江さんがピンを外して、写真を手に取った。
それは吉良くんや石森くん達に囲まれた、私と入江さんの写真だった。

「すごくいい笑顔……」

一緒に写っている大地くんや藤瀬くん、真山くんも満面の笑みを浮かべている。

入江「この直前まですげーケンカをしていたってのが、想像できねぇよな」

入江さんが昔を思い出すように天井を見上げた。

(そうだ……。あの時、白浜と黒崎がついに協力しあうことになったんだ)



カラーギャングに連れ去られた、私と吉良くん達。
私達を助けにきたのは、白浜と黒崎の共同チームだった。

入江「これで終わりだ!沈めよ!」

入江さんの右ストレートが、風を切るように走る。

リーダー「ぐわっ……!」

こぶしを受けたギャング団のリーダーが、ひざから崩れ落ちていった。

リーダー「くそっ……。まさか、お前らが協力するとはよ……」
入江「まなを守る為ならよ。……俺は、どんな奇跡でも起こしてやるよ」

リーダーは悔しそうにつぶやくと、その場で意識を失った。
それと同時に、勝利を喜ぶ歓声が沸き起こった。

吉良「よっしゃー!完全勝利!」
加賀見「白浜と黒崎に勝てるわけねぇだろ!」

吉良くんと加賀見さんが、こぶしをあわせて満面の笑みを浮かべている。

哲「なんか……感動的だよな」
藤瀬「こぶしをかわしたからこそ、芽生える友情ってのがあるんだろうよ」

藤瀬くんの言葉に全員がうなずき、一斉をこぶしを空にかかげた。
そんな大喝采の中、私と入江さんの視線が交わった。

「……入江さん」
入江「まな……。待たせたな」

入江さんは、フッと微笑むと両手を広げた。
私はその腕の中に飛び込み、入江さんの胸にほほをすり寄せた。

入江「もう2度とこの手を離さねぇ。……俺が何度でも守るからよ」
入江「一生、俺のそばにいてくれ……」


私は優しい涙を流しながら、声にならない声で小さくうなずいた。
入江さんが口元をほころばせて、私を強く抱きしめる。
その時、私達を取り囲むかのように、再び歓声が沸き起こった。

大地「くそっ!いいところ、持ってくんじゃねぇよ!」
石森「まぁ、いいんじゃない?ハッピーエンドでさ」

大地くんが唇をとがらせ、石森くんが壁にもたれて嬉しそうにつぶやいた。

哲「よし!この感動的なシーンを俺が写真におさめてやる!」

哲さんが鼻をすすらせながら、携帯を取り出した。

哲「ほら!並べ、並べ!」
入江「ったく。うざってぇな……」
入江「でもよ……。ずっと前から、こうして馬鹿騒ぎがしたかったよ。お前らと……」

「……入江さん」

入江さんが銀色の髪を優しい風に遊ばせながら、満面の笑みを浮かべた。
そこには迷いや葛藤が一切ない、純粋な笑顔があった。

吉良「おら!早く集まれよ!行くぞ!」
吉良「俺達をあんま……」
全員「本気にさせてんじゃねぇよ!」

全員の声が、夕焼けの空の下ひとつに重なった。
シャッター音が大切な時間を切り取るように、小さく響いた。



入江「あいつらと会えて良かった」
入江「お前と逢えて良かった、まな」
入江「今も……その気持ちは変わらねぇよ」
入江「不器用だけどよ。……少しずつ、感謝している気持ちを返していかねぇとな」


入江さんが高校の頃とは違う大人びた表情で、やわらかに笑った。

(入江さん……)

私は温かな気持ちを抱きながら、入江さんの横顔をそっと見つめた。

入江「さぁ、そろそろ出かけるか?家で使うグラスやシェーカーを買いたいからよ」
「はい!」

私は元気よく返事をすると、残りのコーヒーを一息に飲み干した。


家を出た私達は、近くのショッピングモールへとやってきていた。
輸入雑貨や愛らしいグラスに囲まれていると、つい色々と買い揃えたくなってしまう。

「このグラス、すごく可愛いですね」
入江「気が合うじゃねぇか。俺も前からそのグラス気に入ってたんだ」
入江「いつか自分の店を持ったらよ、ふたりで選んだグラスとか揃えたいよな」

「……!?」

入江さんが無邪気な笑顔で、さらりと言ってみせた。
不意打ちのような甘い言葉に、私の心臓がゆっくりと高鳴っていく。

(私と一緒にお店を作る夢を持っていてくれてるんだ……)

入江「そういう夢を実現できるように……コンクールで優勝しねぇとな」

入江さんが将来を思い浮かべるように、目を細めた。
私は微かに熱を帯びた頬を、そっと手で隠しながら入江さんを見上げた。

「そういえば……コンクールで作るカクテルって、どんなものなんですか?」
入江「当日まで内緒だ。自信作だから、楽しみにしてろよ」

入江さんがグラスやバースプーンを手に取りながら、いたずらに微笑んだ。

(確か……私や仲間がテーマだったような)
(それって、どんなカクテルなんだろう……?)


私が首を傾げて考え込んでいると、店の外で赤色の髪がふわりと揺れた。


(ん?あの赤い髪は……)
大地「お!まな、発見!」
吉良「だから、こっちだって言っただろ?」
石森「ヒロキって、まなの匂いでも辿ってるの?」
吉良「俺は警察犬か!タコ!」
入江「あいつらは、どこ行っても出てくるな……」

入江さんが息を吐くと、大地くん達が店内に入ってきた。
その後ろには、真山くんや藤瀬くんの姿もあった。

「みんな!どうかしたの?」
(私達を探してたっぽいけど……)

大地「これ。さっき落としてたぜ!」

大地くんがニカッと微笑みながら、私の手のひらに鍵をのせた。
可愛らしいクマのキーホルダーが揺れる鍵。
それは入江さんが私にくれた合鍵だった。

「え?入江さんの家の鍵、落としてたんだ!すみません!」
(大事な鍵なのに……。いつの間に……)


私は鍵を握りながら、入江さんを見上げた。

入江「無事に戻ってきたから、気にすんな」

入江さんは、フッと微笑むと私の頭をポンッと撫でてくれた。
優しい入江さんの眼差し。
それとは対照的な視線が、私に向けられている。

藤瀬「入江の家の鍵……?」
藤瀬「説明して貰おうか?まな」
真山「コホンッ!」
真山「まさか……お泊りなどしていないだろうな?」

藤瀬くんと真山くんが、お父さんのような口調で私を問い詰める。

(ど、どうしよう……?)
(なんて、答えたらいいんだろう?)


私は戸惑いながら、入江さんの横顔を見つめた。

入江「付き合ってんだからよ。泊まりにくるぐれぇ、いいだろ」
「……入江さん」

入江さんが一歩も引かずにそう言い放った。

入江「それに……好きな女と」
入江「少しでも一緒にいたいって思うのは、当たり前だからよ」


高校の頃の入江さんからは、想像もつかないような甘い言葉。
真っ直ぐな想いを目の前にして、吉良くん達がたじろいでいる。

吉良「入江が、大人になってやがる……」
石森「昔の入江に見せてやりたいね」

吉良くんと石森くんが、顔を見合わせてクスッと微笑んだ。

入江「ったく……。しょうがねぇヤツらだな」
入江「お前らも、とっととまなみてぇないい女を探すんだな」


入江さんがやれやれといった表情で両手を開いた。

藤瀬「……まさかここまで真っ直ぐな男になるとはよ」
真山「認めねばならぬようだな……。入江とまなの将来を……」
「真山くん……」

藤瀬くんと真山くんが唇をかみ締めながら、こぶしを握り締める。

真山「うちのまなを……よろしく……」
真山「頼ま、ない……」
大地「頼めよ!いさぎよく!」
(……頼まないんだ)

大地くんの突っ込みが炸裂すると同時に、全員がコントのように転びそうになった。

真山「ええい!男には、たやすく譲れない道がある!」
吉良「取り乱してんじゃねぇよ、真山」
吉良「まなは、もうガキじゃねぇんだからよ……」
石森「ヒロキ……。余裕ぶってるけど、声が震えてるよ」
吉良「うるせぇよ!」
吉良「つーか、今日も入江の店、行こうぜ」
入江「金は払えよ……」

入江さんが少し迷惑そうに、肩をすくめた。
だけど、その表情はどこか楽しそうだった。

(なんだか、笑顔がまぶしく見える……)
(きっと……不安や迷いという影が、完全に消え去ったからなんだ)


頼もしい仲間と穏やかな時間に触れていると、何もかもが順調に進みそうな気がする。
私は、そう期待せずにいられなかった。



……数日後。
薄雲が澄んだ青空に広がる快晴の日。
私と入江さんは、カクテルコンクールの会場へとやってきていた。

入江「ついに、この日がきたか……」
「頑張って下さいね!最後まで、応援してますから!」
入江「ああ。頼む」

入江さんが、にこっと優しい笑みを浮かべた。
私達は、同時にうなずくと会場内に足を踏み入れた。

豪華なシャンデリアが天井できらめき、燃えるような真っ赤なじゅうたんが広がるコンクール会場。
会場内は、すでに大勢の出場者と観客で賑わいを見せている。

入江「……」

入江さんが真剣な表情で、競技の説明を受けている。
その横顔は、いつも以上に引き締まって見えた。

吉良「なんか……見てるこっちが緊張するわ」
藤瀬「勝負の世界独特の緊張感があるな」
「吉良くん!藤瀬くん!こっち、こっち」

私は声をひそめて、会場に入っていた吉良くん達に向かって軽く手を振った。

大地「すげぇ人だよな……」
真山「出場者200人」
真山「その中で、たった1作品だけが栄光を授かることとなる」
「真山くん、詳しいね……」
石森「どうやって勝敗を決めるの?真山」

石森くんがささやくように尋ねると、真山くんがコクリとうなずいた。

真山「まずは予選だ。プロの料理関係者がレシピを確認しレベルの高いカクテルを選別する」
「レシピだけで、不合格になっちゃう場合があるんだ」
(心配だけど……。きっと入江さんなら大丈夫)
(あんなに努力したんだもん……)


私の脳裏に倒れるまで勉強し続けた入江さんの姿が浮かんだ。

真山「レシピ審査の次は、審査員が実飲して更に作品をしぼる」
真山「最終的には、協会が用意したバーテンダーと味を競うことになる」
真山「そして観客も審査に加わり、投票で勝ち残れば見事優勝だ」
「200人の頂点に立つのは、たったひとつのカクテル……」
石森「そして、そのカクテルが商品化されて全国で注目を浴びる」

途方もない話に、思わずめまいを覚えてしまう。
私が両手をギュッと握り締めていると、人混みを掻き分けて入江さんが姿を見せた。

入江「……」

こちらに向かって歩く、無表情な入江さん。
その肩は力が抜け、緊張感がとれているように見えた。

吉良「なぁ……。もう落選したんじゃねぇの?入江」
真山「ふむ。完全にやりきった顔のようだな……」
「そうなの!?」

私が戸惑っていると、入江さんが吉良くんの頭にチョップを落とした。

吉良「あだっ!」
入江「好き勝手言ってんじゃねぇよ。バカが」
吉良「じゃあ!どうだったんだよ!」

吉良くんが、入江さんに食ってかかる。
入江さんは、吉良くんの顔をチラッと見て軽やかに微笑んだ。

入江「余裕で予選通ったからよ。安心したら、肩の力が抜けただけ……」

入江さんはそう言うと、微かに頬を染めた。
それを見たみんなが、入江さんの背中を一斉に叩いた。

入江「痛ぇじゃねぇか!」
藤瀬「まぎらわしい顔してんじゃねぇ!」
大地「こっちがビビッたし!」
入江「俺が考えたカクテルは、簡単にはくだけ散らねぇよ」
入江「……見てろよ、まな」
入江「必ず……勝ち残るからよ」

「はい!」

入江さんは、小さくガッツポーズを決めると再び会場へと戻っていった。
その背中には、自信が満ち溢れていた。

(入江さん……頑張って!)

“必ず勝ち残る”

入江さんはその言葉の通り、決勝の舞台へ辿り着いた。
だけど決勝戦で姿を見せたのは、私達が良く知る人物だった。

吾郎「良くここまできたね。学人」
入江「……」
「吾郎さんが、協会が用意したバーテンダー?」
(一体、どういうこと!?)


吾郎さんがバーカウンターを指でなぞりながら静かに話し始めた。

吾郎「俺はね。自分の店の後継者が欲しかったんだよ」
吾郎「そんな時に、将来のことで迷っている学人に出会った」
吾郎「お前は予想以上に飲み込みが早くて、この世界に向いてると思ったよ」

吾郎さんが薄茶色の髪をかき上げて、フッと微笑んだ。

吾郎「だけど……俺に負けるようじゃ見込みはないね」
吾郎「だから、真剣にかかっておいでよ」
入江「店にコンクールのチラシがあったのも……」
入江「吾郎さんの仕業だったってわけか」

吾郎「……そう。お前なら意地でも出場するだろうと思ってさ」
(吾郎さん……。そこまで見越していたんだ)

吾郎さんが不適に笑うと、入江さんもつられるように笑みを浮かべた。

入江「見事に手のひらで転がされちまったな」
入江「……でも感謝してるぜ。吾郎さん」
入江「あんたに勝って、俺はバーテンダーとしての一歩を踏み出す」

吾郎「かかっておいでよ。学人」

吾郎さんが試合開始のゴングを鳴らすように、シェーカーをカウンターの上に置いた。
色とりどりの酒瓶がリズム良くカウンターに並べられ、次々とシェーカーに注がれてゆく。

入江「俺は負けねぇ……」

入江さんと吾郎さんの振るシェーカーが、競いあうようにリズムを奏でる。
流れるような所作で作られてゆくカクテル。
それはまるで、軽やかな舞のようにも見えた。

(すごい……)
吾郎「さぁ……。完成だ」
入江「……こっちもだ」

ふたつのシェーカーが同時に、カウンターの上に並ぶ。
一瞬の静寂が流れた瞬間、司会を務める男の人がふたりの前に姿を見せた。

司会「それではこれより、観客の方にも審査に加わって頂きます」
(そうだ……。確か真山くんが最後は投票だって言ってた)
司会「公平を期する為に、カクテルの名前と味だけで判断して頂きます」
司会「それでは、そちらのお客様。最初の実飲をお願いできますでしょうか?」

司会の男の人は、にこやかに微笑みながら私に手を向けた。

「私、ですか……!?」

驚く私の前に、ふたつのカクテルグラスが並べられる。
それぞれのグラスにカードが添えられ、カクテルの名前が書かれていた。

「どっちを選べばいいの……?」

ひとつは、“ジュエル・ド・プリンセス”と書かれたカクテル。
レッドとグリーンのお酒が、見事な層を作り輝きを放っている。
もうひとつは、“クリアスカイ”と書かれたカクテル。
澄んだブルーのお酒は、白浜の空を表現しちるように見えた。

(まずはどっちを飲もう……)
「ルビーのような赤とエメラルドのような緑……」
「まるで宝石みたい……」


私はグラスをシャンデリアに掲げながらつぶやいた。
その瞬間、以前、入江さんが言っていたある言葉が脳裏に浮かんだ。

“俺が表現したい宝物……”
「これがもしかして……」
(入江さんのカクテル?)


私はそっと入江さんを見つめた。

入江「……」

真っ直ぐに私を見つめる力強い眼差し。
私は再び、カクテルに視線を移した。

吉良「まな、そのカクテル。これを使うんじゃねぇの?」

吉良くんがトレイの上にのっていた、マドラーと呼ばれるかき混ぜ棒を差し出してくれた。

「うん……。きっとそうだね」

確信めいたものが、私を導いてゆく。
私はマドラーでカクテルをそっとかき混ぜた。
すると、レッドとグリーンのお酒が混ざって、見事なゴールドへと変化していった。

吉良「すげぇな……。こんな風に色が変わるなんてよ。宝石みてぇだな」
(やっぱりこれが……)
(入江さんのカクテルなんだ)


私は“ジュエル・ド・プリンセス”をそっと口に含んだ。
オレンジビターとグリンペパミントの味が、口の中でさわやかにはじけていく。
口当たりの良いカクテルが、私の心をゆっくりと満たしていった。

「おいしい……」
(きっとこっちで間違いない……)


私は投票用紙に、“ジュエル・ド・プリンセス”と書き込むと、係の人に手渡した。

(後は……結果を待つだけ)


すべての投票が行われ、ついに結果発表の時間となった。


司会「それでは、結果を発表致します!」

司会の男の人が壇上にあがり、スクリーンに手をかざした。

入江「……」
吾郎「……」

真剣な表情のふたりが固唾を呑んで、結果を待ち構えている。
その緊張感は、客席にまで伝わってくるようだった。

(お願い……勝って!)

私が両手を握り締めて祈っていると、ドラムロールが軽やかに鳴り出した。

司会「本日、お越し頂いた300人のお客さんが選んだ究極のカクテルは!」
大地「なんか……めちゃくちゃ緊張するし!」
藤瀬「見てるこっちが、汗をかいちまうな」

大地くんと藤瀬くんが、こぶしをギュッと握り締めた瞬間、ドラムが鳴り止んだ。

司会「高柳吾郎さんのクリアスカイです!おめでとうございます!」
「!?」

残酷な知らせを受け、心臓が大きく跳ねた。
私は痛いほどに握り締めていた手を、そっとほどいた。


入江「負けちまったか……」
「そんな……」

入江さんが、小さく息を吐いて肩をすくめた。
だけどその表情はどこか爽やかで、悔いが残っているようには見えなかった。

真山「実に惜しい勝負だった」
真山「負けはしたが、俺は入江のカクテルを飲み続けたいと思う」
石森「そうだね。俺も日本に帰る時は、必ず店に行くよ」

惜しみない拍手が、入江さんと吾郎んさんに送られている。
入江さんは深々と頭を下げると、静かに壇上から降りた。

吾郎「待ちなよ、学人。まだ終わってないみたいだよ」
入江「終わってない?」
「えっ……?」
(……どういう意味だろう?)


吾郎さんが入江さんを呼び止めたその時、司会の男の人が1枚のメモを片手にマイクを握り締めた。

司会「優勝は高柳さんですが、入江さんのカクテルも実にレベルが高く」
司会「今回、審査員特別賞をお贈りすることとなりました!」
「審査員特別賞!すごい!」
大地「やったじゃん!学人!」
司会「おめでとうございます!」
司会「入江さんのカクテルは、オリジナルカクテルとして全国で発売されます!」

司会の男の人の発表と同時に、一際大きな拍手が会場内を埋め尽くした。

吾郎「ほら、学人。スピーチしなよ、折角だしさ」
入江「……!」

吾郎さんが、入江さんにマイクを手渡した。
入江さんは、少しだけ恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。
だけど、次の瞬間しっかりとお客さんを見渡した。

入江「審査員特別賞、最高に嬉しいです。ありがとうございます」

入江さんが銀色の髪を揺らしながら、深く頭を下げる。

入江「俺はかつて……夢も目標もない人間でした」
入江「だけど、ひとつの出逢いが俺を変えた。それは宝石のような笑顔だった」
入江「ひとつの笑顔は、やがて新しい笑顔を呼びました」
入江「かけがえのない愛と友情を手にしました。それらは、俺の大切な宝物です」


心を込めて話す入江さん。
熱い想いが真っ直ぐな眼差しとなって、私に届いた。

(愛と友情……。それがカクテルに込められた宝石のような輝きだったんだ)
入江「ジュエル・ド・プリンセス……。俺の大切な女性に捧げたいカクテルえす」
入江「今日は、本当にありがとうございました」


入江さんが、もう一度頭を下げると、会場から割れんばかりの歓声が巻き起こった。
惜しみない拍手は、いつまでも止むことなく鳴り響いていた。



コンクールが終わった後、私と入江さんはお店の前へとやってきていた。
耳の奥では、まだ拍手が鳴り感動のフィナーレを思い出すと、胸が熱くなってしまう。

入江「ありがとな……。まな」
「え?私は何も……」
入江「お前がいなかったら、俺はここまでこれなかったからよ」

入江さんはそう言いながら、私の体を抱き寄せた。

入江「マジで感謝してる……」

苦難を乗り越え、穏やかに揺れる入江さんの眼差し。
オレンジ色の夕陽を受けて、つややかに輝く入江さんの唇がゆっくりと近付いてくる。

「……入江さん」
入江「学人って呼べよ。まな」

軽いキスが、私の唇に触れる。

(……!)

それから何度も角度を変えて、柔らかな唇が私に降り注いだ。
そして最後に頭の奥をしびれさせるような深いキスが私を包み込んだ。

「……学人」

私が消え入りそうな声でつぶやくと、学人は柔らかく微笑んだ。
そして、店をふと見上げた。

入江「いつかよ。この店みてぇに立派じゃなくていいからよ」
入江「自分の店が持ちたいって思ってる」
入江「生まれて初めて、未来が欲しいって思ってる。店があって、その店にはお前がいる未来が……」
入江「俺と一緒に歩いてくれねぇか?まな。そういうの嫌か?」

「嫌じゃないよ……。学人の未来に私がいることができて……すごく嬉しい」

私は勇気を振り絞って、そう答えた。
すると学人は、もう一度私を抱き寄せた。

入江「ずっと……一緒にいような」
「……ずっと、一緒だよ」

変わってゆく気持ちと変わらない気持ち。
それはふたりで歩いてきた分だけ、変化してゆく想い。
時に迷うこともあるけれど……、ひとつも無駄なことなんてないのかも知れない。

入江「好きだ。まな」
「私も……学人」

学人が私の耳元でそっとささやく。
新しい一歩を踏み出した私達。
あの頃見た青空より、今日の青空はもっと青く感じた。