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「はあ・・・・・・」
せっかくの休みの日にも関わらず、気持ちが冴えない。
「亜蘭さんは何者なんだろう。宝生さんにも、どこかはぐらかされているようだし」
私は夢のことと、先日校内であったことを思い返していた。

朱里「お前の心も体も・・・・・・そしてお前の中に流れる特別な血も、全てこの私のものだ」
朱里「機が熟すその時、必ずお前を迎えに来る」

深く考えると、頭が混乱してまとまらなくなる。
明日の講義の準備をしながら考えていると、用意し忘れた物を思い出した。
「いけない。学校の帰りに買うつもりだったのに・・・・・・買いに行かなくちゃ」
軽く身支度を済ませ、部屋を出て柏木に出かけることを告げる。
柏木「お嬢様。私もご一緒に向かいますよ」
「すぐに戻るから大丈夫よ。行ってきます」


大通りに出て、周りの店を見ながら歩く。
店の中に洋服や帽子が並んでいるのを硝子越しに眺めていると、さっきまで塞いでいた気分が良くなってきた。
(買い忘れがあってよかったのかもしれない・・・・・・)
(あれ?あの人だかりは何だろう?)

視線の先には女性がたくさん集まっていた。
そこは喫茶店で、みんなは店の中をじっと見つめている。
(新しいお菓子でも販売されたのかな)
そう思いながら、覗いてみた。
「あれは・・・・・・宝生さん?」
目に入ったのは一人、珈琲を飲んでいる宝生さんだった。
女性・壱「素敵な殿方ねぇ。あんな殿方とお付き合いしたいわ」
女性・弐「本当に素敵」
(確かに・・・・・・宝生さんはとても魅力のある方よね)
そう思いながら、つい私も宝生さんの珈琲を飲む姿に見とれてしまった。
するとその時、静かにとんとんと肩を叩かれる。
男「そこのお嬢さん、一人かい?」
「え・・・・・・?」
男「よかったら喫茶店で僕とお茶でもどうかな」
「え、ええと・・・・・・」
男「どうしたの?喫茶店の前でじっとしているから、この店に入るつもりなのかと思ったんだけどな」
派手な洋服を着た男性に迫られて驚いていると、突然、後ろから肩をぐいっと引かれた。
振り返ると、宝生さんが目の前に立っている。
「ほ、宝生さん?」
呉葉「まな。待たせたね」
宝生さんはそのまま私を抱き寄せると、顔を近づけて囁いた。
息がかかるほど間近で見つめられて体が動かなくなる。
呉葉「早く会いたくて急いだんだけど・・・・・ごめんね。君との逢引に遅れるなんて」
「あ、逢引・・・・・・?!」
驚いて宝生さんを見上げると、切なげな瞳で見つめられて胸が高鳴りした。
呉葉「どうしたの?まな・・・・・・」
男「なんだ、恋人がいたのかい。残念だ」
男は肩をすくめて去って行った。
その様子を見てから宝生さんは、すっと私から離れた。
呉葉「もう大丈夫だよ」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
さっきまで抱き寄せられていた感触がまだ残っているように感じて、頬が熱くなる。
(私、何を考えているの。宝生さんは庇ってくださっただけなのに)
呉葉「・・・・・・君から遠ざけるべき対象は朱里だけではないようだね」
「え?」
呉葉「何でもないよ。ごめんね、突然」
呉葉「失礼な事をしてしまって、嫌だったよね」
「いえ・・・・・・そんなことは、ないです」
(でも、びっくりした・・・・・・)
呉葉「そう・・・・・・」
呉葉「こんな所で会うなんて偶然だね。一人なの?」
「あ、はい。買い忘れた文具があったもので・・・・・・」
呉葉「そうなんだ。なら、僕も付き合うよ」
「え?でも・・・・・・」
呉葉「見たところ執事がいないようだからね・・・・・・まなを一人にさせるわけにはいかないから」
(どうしよう。宝生さんと二人で買い物だなんて)
ふと喫茶店の方を見ると、先ほどの女性たちがひそひそと囁きながらこちらを見ていた。
呉葉「僕と一緒は嫌かな?」
「嫌だなんてそんな」
呉葉「それなら良かった、行こうか」
「はい・・・・・・では、お願いします」
そうして宝生さんと一緒に買い物をすることになった。


(やっと静かになった)
さっきまでの人だかりがいなくなって、私は一つ大きく息を吐いた。
(宝生さんは、人を惹きつける魅力があるのね)
歩きながら、宝生さんの横顔を見ていた。
とても端麗な顔立ちで、品が漂っている。
呉葉「どうしたの?」
目が合い、思わず頬が熱くなる。
「いえ・・・・・・何でもありません」
(やはりまだ宝生さんといると緊張してしまう)
宝生さんの持つ雰囲気なのか、どこか近寄りがたいものを感じる時がある。
しばらく歩いていると、大通りからわき道に入った所にある西洋の建物の店で宝生さんが声を掛けてきた。
呉葉「ここは、僕がよく来る店なんだ」
「こんなお店があったんですね。気付きませんでした」
呉葉「僕や弓弦も、大学の物はここに買いに来るんだ。君の探している物もあると思うよ」
宝生さんがお店の扉を開けてくれて、私は中に入った。
店内には、西洋の家具に文具が綺麗に陳列されている。
買おうと思っていた文具を選んでから、宝生さんに呼ばれたので近くに行く。
呉葉「万年筆も買うんだったよね?」
「はい」
宝生さんは店主に頼んで、いくつかの万年筆を机に並べてくれた。
呉葉「まなにはこれが使いやすいかもしれないね。とても書きやすいからお薦めだよ」
「あっ、本当ですね」
呉葉「こっちは僕が使っているものだけど、これも使いやすいよ。装飾が気に入っているんだ」
「本当ですね。ペン先の装飾が凝っていて綺麗」
(どうしようかな?どちらもとても使いやすいから迷ってしまう)
「では、こちらにします」
私は宝生さんが始めに薦めてくれた万年筆を手に取った。
呉葉「うん。そうだね」
「選んで下さってありがとうございます」
呉葉「気に入った物が見つかって良かったね」
「はい」
私は笑顔で返事をした。
呉葉「まながこんなに喜んでくれると、僕も嬉しいよ」
宝生さんが嬉しそうにほほえんだ。


買い物を済ませて店を後にすると、そのあとも二人で色々な店を見て回った。
(宝生さん、とても目利きがよくて私に合うものを選んでくれるから、見ていて楽しい)
今まで話すだけでも緊張していたのが嘘のように、気が付けば自然と笑いながら話をしていた。
(宝生さんと一緒に来てよかった・・・・・・)
並んで歩く宝生さんを見上げると、宝生さんがこちらに気づく。
呉葉「どうしたの?」
「あ・・・・・・昔もこんな風に並んで歩いていたのかなって」
宝生さんは一瞬苦い表情を浮かべたけれど、そうだよと言って易しく微笑んだ。


呉葉「まな、そろそろ日も暮れてきたから、自宅まで送って行くよ」
弓弦「お~い!呉葉~!」
突然、遠くの方から柊さんの声が聞こえた。
弓弦「やっと見つけたよ!」
「柊さん。どうしたんですか?」
弓弦「一緒に買い物に来てたんだけど、急にいなくなるんだから」
呉葉「弓弦が喫茶店の女給と話し込んでいたからだろう」
弓弦「あはは。つい話がはずんじゃってね」
「あの・・・・・・今日はお二人で一緒に来ていたんですね。ごめんなさい」
弓弦「ああ、まなちゃん!謝らなくていいんだよ?まあ、呉葉がまなちゃんを見つけたんなら仕方ないかな」
呉葉「弓弦、僕はまなの護衛をしていただけだよ」
宝生さんが静かに息を吐くと、柊さんは苦笑した。
(あ・・・・・・そっか。今日は、護衛をしていてくれていたのよね)
一緒に買い物をする時間は思っていた以上に楽しかったけれど、宝生さんは護衛をしていただけなのだと思うと、何故だかモヤモヤした気分になった。

呉葉「早く会いたくて急いだんだけど・・・・・・ごめんね。君との逢引に遅れるなんて」

(何を思い出しているの・・・・・・あれはただ庇ってくれただけなんだから)
弓弦「ところで、まなちゃんはもう帰るのかな?」
呉葉「今から送って行くところだよ」
弓弦「そっか。僕はもう少し用事があるから、もうしばらくここにいるよ」
呉葉「わかったよ。それじゃあまな、行こうか。遅くなるといけないからね」
「はい」
弓弦さんと別れると、私は宝生さんに送ってもらうことになった。
だいぶ日も暮れて帰路に向かう人が増えたのか、行き交う人とぶつかりそうになる。
(あっ・・・・・・!)
気をつけてはいたが、すれ違い様に人と軽くぶつかり店先の看板に足をぶつけてしまった。
(少し痛むけれど、大丈夫ね)
歩くには支障がなかったので、気にしないで歩き出した。


人通りが少なくなり、しばらくしてから、宝生さんが急に立ち止まった。
(どうしたのかしら?)
呉葉「まな。どこか怪我をしているんじゃない?」
「えっ?」
(どうして怪我をしたってわかったのかな)
「そういえば、足首がさっきから痛むような・・・・・・あ、血が」
呉葉「どこかでぶつけたんだね。どうして言わなかったの?」
「たいした怪我ではないと思って」
呉葉「でも血が出ているよ。ちゃんと手当てをしないと跡に残ったら大変だよ」
宝生さんは通りの隅に私を連れていき、長椅子に休ませてくれた。
「本当にたいしたことでは・・・・・・」
呉葉「じっとして」
私は優しい声に反応して、声を静めた。
呉葉「足首が痛むのかな?足袋を取るよ」
宝生さんは、私の足袋を取ると怪我をしている足首を見た。
素足を見られることが恥ずかしくて仕方なかった。
(恥ずかしい・・・・・・けれど何だか懐かしい気がする)
幼い頃、転んで怪我をした時のことを思い出した。
泣いている私に優しく声を掛けてくれた男の子。

「いたいよー」
??「泣かないで、まな。足が痛むのかな?」
??「じっとしててね。僕が治してあげるから」
「うん・・・・・・」

(あの時も確かこうやって手当てをしてもらって・・・・・・)
微かな記憶が頭に浮かぶけれど、その男の子の顔が思い出せない。
(あれは、誰だったんだろう・・・・・・)
足から伝わる感覚に、自分が素足を出していたことを思い出した。
「あ、あの・・・・・・宝生さん」
足首に宝生さんの手があてられて、恥ずかしさとこそばゆさが混じる。
細くて長い指が傷口の辺りをゆっくりとなぞっていき、私は堪らず声をあげた。
「ほ、宝生さん!本当に大丈・・・・・・」」
(えっ・・・・・・!)
宝生さんを見ると、私は思わず、息を飲んだ。
瞳が紅く光ったように見え、口元には鋭い牙のようなものが見えたのだ。
(今のは、一体なに?!)
呉葉「よかった。たいした怪我ではないようだね」
瞬きしてもう一度見ると、先程見たのは見間違いなのか、いつもの宝生さんだった。
(気のせい・・・・・・?)
呉葉「まな」
「は、はい」
呉葉「まだ痛む?」
「いえ、痛みはそんなに・・・・・・あれ?痛くない」
先程まで少し痛かった傷口が、今は全然痛くなかった。
(ど、どうして・・・・・・?)
呉葉「よかった・・・・・・あとは傷が残らないことを祈るよ」
宝生さんはそう言ってじっと私を見つめた。

「宝生さん。さっき、少し昔の思い出を思い起こしたのですが・・・・・・」
呉葉「そう・・・・・どんな思い出?」
「小さい頃、私が怪我をした時・・・・・・手当てをしてくれた男の子がいて」
「それで、ちょうどさっきみたいに、あっという間に治してくれたんです」
宝生さんの琥珀の瞳が僅かに揺らめいた。
「顔がよく思い出せないのですが・・・・・・」
私が首をかしげていると、宝生さんが口を開いた。
呉葉「そうなんだね・・・・・・。治し方が似ていたなんて、偶然だね」
宝生さんはそれきり、じっと黙っていたけれど、私の頭を撫でると立ち上がった。
呉葉「そろそろ暗くなるから帰ろうか」
「あ・・・・・・はい」
(宝生さん・・・・・・?)


私は宝生さんにお礼を言って、足袋を履きなおした。
「お騒がせしてすみませんでした」
呉葉「いいんだよ。たいした怪我じゃないみたいだし、よかった」
呉葉「今度からは、怪我をしたらすぐに言うんだよ?」
「はい」


夜、私は部屋で横になって今日あった事を思い出していた。
(今日は宝生さんと二人で買い物をすることになるなんて)
(でも、今日のはただ護衛で付き添ってくれただけなのよね。そう言っていたし・・・・・・)
そんな事を考えてしまう自分がよく分からない。
やっぱり距離を置かれているような気はするけれど、宝生さんに対しては最初ほど近寄り難い雰囲気は和らいだし、話しかけやすくなったと思う。
(・・・・・・さっきから宝生さんのことばっかり)
思わず布団に顔を埋めた。
「そういえば、赤い瞳」
ぽつりとつぶやくと、あの亜蘭さんを思い出す。
思えば彼も赤い瞳をしていた。
(あの時も日差しのせいでそう見えたのかな・・・・・・)
不思議に思いながらも、私は布団を被ると眠りについた。