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ここが私のグリーフケア

Over50おひとり様。ほぼ一人介護で母を送りました。

母の死から一か月半くらいまで。

その時期が一番きつかった。

亡くなって二か月ちょっと。

今のところそう思う。

 

後悔と自責、もう二度と会えないという事実。

一日中その気持ちでいっぱいいっぱい。

 

周囲からの言葉に神経質にもなってしまった。

 

「落ち着いたら会おうね」友人の言葉。

「落ち着いたら」って?

亡くなった直後に「落ち着いたら」って?

 

逆に何も言ってこない友人にもモヤモヤした。

 

メンバーの親御さんが亡くなった時にお供えをみんなで送った友人グループ。

母の訃報にはお悔みの言葉だけで何も送ってこなかったな。

誰もお供えのことに気づいていないんだろう。

お供えが欲しいわけじゃない。

扱いの「違い」が母に対してかわいそうに思えて悲しいだけ。

 

神経にさわる。

なんでだろう?

落ち込みすぎて過敏になってしまったのかな。

 

ただ冷静に考えると

私も友人の親御さんの死去に

「ご愁傷様です。お悔み申し上げます」のあとは

そのまま時間が過ぎてしまったな・・。

 

同じことをしていたわけだ。

結局当事者にならないと理解できないことなんだ。

 

周囲の人にこちらの望むように寄り添ってもらおうと期待するのはやめることにした。

 

痛みを分かちあえるのは

今同じ立場で同じ思いを抱える人。

この気持ちをわかってもらえたら。

 

そう思って

先日、遺族会に参加してきた。

 

正直、参加する前は

全く知らない人の前で自分の思いを話すなんて・・・

ってためらいも少しあった。

 

でも。

「行って本当によかった」

 

守秘義務上、内容は書かない。

 

穏やかに話を聞いて下さる主催者の方々。

その穏やかな空気に

心のストッパーが外れ

親族や友人にも言えなかった心の内を

泣きながら吐き出した。

 

参加されている方々。

状況は違うけれども

共通するのは

死別の苦しみ、悲しみの中にいること。

 

つらくて苦しいのは私だけじゃない。

みんなみんな同じように抱えているんだ。

 

全く知らない方々だからこそ

強がることもなく

正直な思いを話せたのだろう。

 

「大丈夫?」と聞かれて

強がって「大丈夫」と言わなくていい。

大丈夫じゃないんだから。

 

グリーフケア。

自分がこの立場になるまで考えたこともなかったけれども

知らない誰かに

話を聞いてもらって

寄り添ってもらえることが

こんなに救われるとは思わなかった。

 

少しずつだけれども

お母さん、私浮上できているかな?