近年、環境問題が深刻化する中で、「自然を守ろう」「地球に優しくしよう」というスローガンをよく耳にするようになった。確かに、破壊された環境を修復することは急務だ。しかし、この「守ってあげる」という言葉の裏側には、ある種の人間の傲慢さが隠れているのではないだろうか。

 近代科学を発展させてきた西洋社会において、自然とは長い間、「人間と対立するもの」であった。厳しい荒野を切り開き、川を治め、人間の力でコントロールすることこそが文明の進歩だと考えられてきたのだ。そこでは、人間が主役(主体)であり、自然は人間が利用するための資源(客体)に過ぎない。この「人間中心主義」的な考え方が、豊かな生活をもたらした一方で、現在の環境破壊を引き起こした根本的な原因とも言われている。

 一方、古くからの日本人の自然観はこれとは異なる。日本人は自然を、人間が支配できる対象ではなく、自分たちの力を超えた恐ろしい存在、あるいは敬うべき神のような存在として捉えてきた。豊かな恵みを与えてくれる一方で、時として台風や地震のように人命を奪う脅威ともなる。そのような圧倒的な大自然の中で、人間は「自然の一部」として、謙虚に「生かされている」という感覚を持っていた。これを「畏敬(いけい)の念」と呼ぶ。

 現代の私たちが直面している問題は、単にCO2を減らせば解決するという技術的な話だけではない。もっと根本的な、自然に対する態度の転換が求められている。「人間が自然を管理する」という思い上がりを捨て、私たちもまた生態系という大きな輪の中の、ちっぽけな一つのパーツに過ぎないことを思い出すこと。

 「自然を守る」のではなく、「自然と共にある」。これからの時代に必要なのは、かつて日本人が持っていたような、自然への恐れと敬意を取り戻すことかもしれない。人間が自然をコントロールできるという幻想を捨てたとき、初めて持続可能な未来への道が見えてくるはずだ。

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### 【解説:この文章の読解ポイント】

1. **対比構造の把握**
* **西洋・近代**:人間 vs 自然(対立)、支配、コントロール、人間中心主義、資源(客体)。
* **東洋・日本**:人間 \in 自然(一部)、共生、畏敬の念、恐れ敬う、生かされている。


2. **キーワード**
* **「傲慢(ごうまん)」**:人間が偉いと思い上がっていること。
* **「客体(かくたい)」**:主体(自分)から見られる対象物。「モノ」扱いすること。
* **「畏敬(いけい)の念」**:偉大なものをおそれうやまう気持ち。



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### 【問題】次の各問いに対する答えとして、最も適切なものを一つずつ選びなさい。

#### 問一:筆者は、「自然を守ろう」という言葉の裏にどのような考え方が隠れていると述べていますか。

* **ア**:自然は人間よりも偉大な存在であり、人間が手を出してはいけないという諦めの気持ち。
* **イ**:人間は弱い存在だから、自然の厳しさから身を守らなければならないという自己防衛の気持ち。
* **ウ**:人間は自然よりも上の立場にあり、自然を管理・保護する力があるという思い上がった気持ち。
* **エ**:自然環境は一度壊れると二度と元には戻らないため、慎重に扱わなければならないという焦りの気持ち。

#### 問二:西洋社会における伝統的な「自然観」の説明として、本文の内容と一致するものはどれですか。

* **ア**:自然は神聖なものであり、人間が手を加えることは許されないという考え方。
* **イ**:自然と人間は一体であり、自然の中に溶け込むように暮らすべきだという考え方。
* **ウ**:自然は人間と対等なパートナーであり、お互いに助け合うべきだという考え方。
* **エ**:自然は人間と対立するものであり、人間の力で切り開き利用するものだという考え方。

#### 問三:本文中の「畏敬(いけい)の念」とは、どのような態度のことを指しますか。

* **ア**:自然の恵みだけに感謝し、災害などの不都合な面からは目を背ける態度。
* **イ**:自然の圧倒的な力を認め、恵みに感謝しつつも、その脅威を恐れ敬う態度。
* **ウ**:科学技術の力を使えば、台風や地震などの自然災害も完全に防げると信じる態度。
* **エ**:自然環境を守るためには、人間が便利な生活をすべて放棄すべきだと考える極端な態度。

#### 問四:筆者の主張として、これからの人間に求められていることは何ですか。

* **ア**:西洋的な科学技術をさらに発展させ、自然を完全にコントロールできるようにすること。
* **イ**:人間中心主義的な考え方を捨て、人間も自然の生態系の一部であるという謙虚さを持つこと。
* **ウ**:環境破壊を防ぐために、「自然を守ろう」というスローガンをもっと世界中に広めること。
* **エ**:自然災害の危険がある場所には住まないようにし、自然と人間が住む場所を完全に分けること。

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