長年僕のブログを読んでいただいている読者の方には記憶に残っているかどうか・・・。
僕の過去の日記を読みとくと、僕は2017年6月11日に「八重子のハミング」という映画を見に行っていて、そのレビューをブログに書いていた。
するとその記事のコメント欄に、なんとその映画の監督をされていた佐々部清監督ご自身がメッセージを寄せてくれたのだ。
初めは本当に本人かどうか疑ったのだが、いろいろ調べてみてご本人だと確認ができたときは本当に驚いた。
残念ながら僕はブログを何度か引っ越しさせていて、監督がせっかく寄せていただいたメッセージもなくなってしまったのでみなさんにご紹介することができないのだが、ネットニュースを見ていると2020年3月31日にお亡くなりになったことを知った。
心疾患でまだ62歳だったらしい。

八重子のハミングを見たときの当時の記事はこの下に張り付けておくが、今でも深く心に残っているのは、認知症を患った奥さんの奇行に対し、旦那さんが無限の愛情を示した数々のシーン。
「怒りには限界があるけど、優しさには限界がない」
・・・その言葉を思い出すと、今でもジーンと心が熱くなり、僕のようなしがないブロガーにメッセージを寄せてくれた優しい監督を想うと涙がこぼれてくる。

何の才能もない僕がステージ4の癌になり、年間数百万円のお金をかけて平々凡々と命を長らえているのなら、新作の準備をしている最中に亡くなった監督にこの命を差し出したかった・・・と、心の底からそう思う。

監督のご冥福を心からお祈りします。

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337 八重子のハミング

 

食レポやら舞台の感想といった文章を書くのがどうも自分向きではないなぁ・・・と、最近自分の文章力の限界を感じているところだが、諦めるまでにもう少しだけ努力をしてみようと思う。
今回は「八重子のハミング」という映画の感想を記してみる。

この映画を知ったのは新聞のシネマ欄だった。
ネットで上映している映画館を検索してみると大きな映画館ではやっておらず、偶然にも自宅近くのミニシアターで上映しているのを見つけた。

上映期間はわずか2週間で、しかも1日に1回しか上映しない。
僕が見にいった時はミニシアター、かつ日曜日というせいもあっただろうけど、通路の階段にまで座って見る人がでるほどの盛況だった。
年齢層は50代後半から上の方が多く、ご夫婦連れやお友達同士といった方が多かったかな。

妻と一緒に見にいったのだが、僕より10歳年上の彼女は「がんの夫とアルツハイマーの妻」というあらすじを読んで、「それって私たちのこと?」と少々ムッとしていたようだったが、もちろん僕にそんな他意はない。

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舞台は山口県の萩市。
原作は陽信孝さんで、自身が四度のがん手術を経験しながら、4000日に渡って若年性アルツハイマーの妻を介護した記録を綴った「雲流る」。
主人公を演じたのは升毅さん、そしてアルツハイマーの妻を演じたのは高橋洋子さんだった。

映画は「やさしさって何?」と題された講演で、白髪の老人が自ら12年間にわたって妻、八重子の介護にあたった経験と在りし日の思い出、そして徐々に記憶が失われていく辛さを語るところから始まる。

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時は12年前。
主人公が友人の医師からがんを宣告された。
それを聞いた八重子はまるで幼い子供のように、
「お父さんが死んじゃうー、お父さんが死んじゃうー」
と大泣きをする。
主人公は手術を決意するが、その後もがんは転移して4度に渡って主人公に襲いかかった。
しかし八重子の献身的な看病が功を奏したのか、幸いなことにがんの進行は食い止められた。

いち早く八重子の異変に気付いたのは病室の主人公だった。
お客さんが来た時には卒なく対応するのだが、同じところを何度も掃除をしたり自分が今いる場所を忘れたり。。。

友人の医師にそれとなく妻に注意を払うようにお願いした主人公に告げられたのは、非情にも「若年性アルツハイマー」という名の病だった。
病は時間をかけてゆっくりと八重子に浸透していった。
最初は記憶・・・そして食べることを忘れ、やがて身の回りのことができなくなった。

癌に打ち勝ち、社会復帰して自身の最後の大仕事に意欲を燃やす主人公だったが、主人公を探して歩き回り、危うく車にひかれそうになる八重子。
幸い親切な町の人が家まで連れて帰ってきてくれたが、
「大変失礼な言い方ですが、こんな状態の人をほったらかしにするのは無責任だと思います」
という厳しい言葉に、主人公は何も言い返せなかった。
ある日主人公が同僚と飲みに行き、夜中に大雨の中をタクシーで帰ってきた主人公を待っていたのは、家の前で傘も差さず、何時間もその場に立ち尽くしていた八重子だった。
「お母さん、ごめんねー、ごめんねー」
と、その場で泣きながら八重子を抱きしめた主人公は、仕事を辞め、妻の看病に専念することを決意する。

八重子は完全に子供に返り、熊のぬいぐるみを片時も手から放さなくなった。
すでに自分で食事をすることもトイレに行くこともできなくなっていたが、ぐずる八重子に「昴」や「おぼろ月夜」といった歌を歌うと、「あーあー、うーうー」とハミングを重ね、不思議と大人しくなるのだった。
八重子はかつて音楽の教師だったのだ。
「歌」が微かに残っている八重子の頭の中の記憶の線を震わせたのだろうか。

こうして献身的な看病を続ける主人公だったが、とうとう別れの時がくる。
呼んでも返事のないことを訝しむ主人公は慌てて八重子の部屋に駆けつけるが、そこには熊のぬいぐるみを片手に、まるで微笑んでいるかのような無邪気な笑顔を残し、眠ったままの姿で旅だった八重子の姿があった。

「母さん、戻ってこい!母さん!母さん!」

と八重子を激しく揺さぶり、慟哭する主人公。
告別式の日には、二人の長い闘病生活を知っている町の人が長蛇の列を作り、いつまでも八重子の別れを惜しんでいた。

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見る前から予想はしていたけど、見終わってみれば予想以上に泣けてしまった。
天邪鬼な僕は周りと同じように泣くのが嫌で、 マスクをかけたまま涙を拭かずにダダ流しにして泣いていないフリをしていたのだが、うっかりすると嗚咽どころではなくなりそうだった。
僕の前の人も隣の人も後ろの人もみんな泣いていて、あちらこちらから鼻をすする音がいつまでも途切れなかった。

この映画で僕が特に印象に残ったのは、夫婦の無上の愛だった。
主人公は八重子がどんなに駄々をこねても、どんなに手を焼かせても絶対に怒らなかった。
力づくで押さえつけたり、罵ることもしなかった。
それどころか自分の排泄物を口に入れた八重子に、思わず口づけで吸い出そうとしたことだってある。

映画の中で繰り返し言っていたのは、
「怒ることには限界があるけど、優しさには限界がない」
ということだった。
そして主人公の孫には、
「認知症の一番の薬は優しさなんだよ」
と教えている。

一身に愛情を注ぐ主人公の優しさが分かっていたのかどうか、認知症の八重子は主人公に見守られながら自由奔放に最後の数年を過ごした。
映画の中でははっきりとした描写はなかったけど、八重子は確かに主人公の愛情を感じていたようだった。

「こんなの絶対無理無理。フィクションなんだよ。」
と思って調べたら、冒頭に書いたように実話がベースとなっていて少なからずショックを受けた。
人間って本当にここまで優しくなれるものか・・・と。

あいにく映画館の中では僕の妻とは席が離れ離れになってしまって妻の反応はよく分からなかったけど、別の意味で彼女には酷な映画だった。
彼女の両親だって映画の中の夫婦のように仲が良かったのだが、ある日突然母親が階段から転落して亡くなったのだ。
映画館を後にしてから「残された父親のことを考えた」と言われ、僕は彼女への配慮が足りなかったと反省した。

You Tubeでも予告編や関係者のインタビューが見られるので、是非さわりだけでも見てほしい。
深く考えさせられ、最近にはない特に印象に残った映画だった。