最近気に入って見ている医療系のドラマに、脳外を扱った「トップナイフ」(主演:天海祐希)がある。
先日の放送で、手術中の1シーンにパチンパチンと医療用ステープラーを使っていた場面があったのを見て、僕の初発の入院中にあったハプニングを思い出したので書いてみることにする。

左腋窩リンパ節を廓清した僕は、2本のドレーンが留置されていた。
通常なら日が経つにつれて赤い色をした排液が薄い透明感のある黄色に変わり、量もどんどんと減ってくるらしいが、僕の場合はなかなかそうはならなかった。
ドレーンをいつ抜去するか悩んでいた様子の主治医だったが、あまり長く留置していても感染症等の危険性がある・・・との判断を優先し、ついにドレーンを抜去することになった。
ドレーンを抜去した後は、大きな紙オムツのようなもので滲み出てくる排液を抑えていた。

5年前の術後8日目、入院11日目の深夜のことだった。
尿意を覚えた僕は病室の前のトイレで用を足し、手を洗おうとしたところ、まだ蛇口をひねってもいないのに床にボタっと水滴が落ちる音がして、左脇の下の病衣がぐっしょりと濡れているのに気が付いた。
寝ぼけているのもあったんだろうけど、(ん?なんだこの水は?)・・・と、ぼんやりと床に落ちた水滴を見ると血のような赤い色をしている。
見たときはほんの1滴2滴だったその水滴は、ボタっボタっ・・・と落ちる速度がどんどん早まり、赤い液体がどんどんトイレの床に広がっていく。
(い、いかん!排液が漏れてきた!)・・・とようやく事態を把握した僕は、痛みはなかったのでとりあえずナースステーションまで歩こうとした。
しかし、ボタボタという勢いで落ちてくるこの排液の量を考えると、ナースステーションにたどり着くまでに相当廊下を汚してしまう・・・と、この状況下で掃除する人のことを考えた僕はトイレの中で立ち尽くしてしまい、トイレの中のナースコールを押すことにした。

遠くのほうで、入院中にすっかり聞き慣れたナースコールの音がする。
同じくナースコールを聞き慣れているであろう看護師さんでも、深夜、しかもトイレからのナースコールだったら緊急事態を察して急いで駆けつけてきてくれるだろう。
しばらくすると廊下を小走りに駆けてくるパタパタという音が大きくなってきたが、その間もどんどん排液が落ちてくる。
看護師さんは十分急いで駆けつけてきてくれたのだろうけど、その時の僕は立ち尽くしたまま何もすることができず、ただひたすら「早くきてくれぇ・・・」と、看護師さんの到着を待っていた。

到着した看護師さんは床に大きく広がった赤い液体を一瞥するとはっとして、これは急いで処置しなければならないと思ったようだ。
しかし普段から何にでも気を遣う僕は、看護師さんを必要以上に慌てさせてはいけないと、努めて冷静に、
「ドレーンが漏れちゃって・・・」
と状況を説明し、床に排液の水溜りができてても意外と平気なことをアピールした。
トイレからのナースコールなので、僕が何者でどこの手術をし、今どんな状況で入院しているのかはナースステーションじゃないと分からない。
僕から主治医の名前を聞き出すと院内PHSでやり取りし、ホントに偶然だったがたまたま主治医がこの夜の当直医であることが分かり、すぐに主治医が駆けつけてくれた。
さすがにトイレの中では処置ができないので、新しく持ってきてくれた大きな紙パンツで排液を抑えつつ、看護師さんに体を支えてもらって病室に移動した。
深夜なので4人部屋の病室の中はもちろん真っ暗だったが、僕のベッド周りの処置灯をつけて処置が始まった。

てきぱきと指示をして看護師さんに必要な器材を取りに行かせる主治医は、この手術の執刀医でもあったので、僕に不安な気持ちは全くなかった。
「びっくりしたよねぇ・・・」と、まるでぐずる子供をあやすように手際よく処置を進めていく。
この排液の量からするともはや紙おむつでは抑えきれないと判断した主治医は、医療用ステープラーを取り出した。
そして一言・・・「痛いよ」。


優しい主治医が初めて発したこの言葉に僕はハッと緊張したが、一瞬にして激痛への覚悟を決めた・・・と、今だからカッコいいことを言えるが、僕の覚悟とは関係なくステープラーを当てたというのが正しいのだろう。
紙を留めるホッチキスだったらパチン・・・と一瞬だが、この時はものすごく時間を掛けて肉と肉とをつなぎ留めた。
ビビりの僕は顔を背けていたからよく分からないけど、それでもホッチキスの針がキリキリっと数ミリづつ肉に食い込んでいく感触はよく分かった。
もちろん歯を食いしばらなければ耐えられないほど痛くて、注射とはまるで違う痛みだ。
この処置がどれほど痛かったかを読者さんにどうお伝えしようかと悩んだが、答えはそこにあった。
そう、あなたのそばにあるホッチキスで皮膚を留めてごらんなさい。
どれほど痛かったか容易に分かると思います。

続いて主治医が信じられない言葉を一言発した・・・「もう一発」。
今度は主治医のそばで助手をしている若い看護師さんの顔が歪む。

「うっわ、痛そう・・・。」
でも僕には軽口どころか返事をする余裕すらなく、ただ恨めしそうな目で看護師さんの顔を見つめるしかなかった。

ともあれ。
主治医のこの的確な処置で、排液は見事にぴたっと止まった。
以降、貯まる排液は脇の下にぶっとい針がついた注射器を刺して定期的に抜いていくことになるが、不思議に痛みはまるで感じなかった。
きっとここの神経は手術で麻痺してしまったのだろう。

このステープラーの針は退院後に外来で抜いてもらうことになるが、今度は針に肉が癒着しているから抜く時もくっそ痛かった。
でもこれはほんの一瞬のことで、終わってみるとどうってことなかった。

当時のこのことは過去記事にも書いていたが、トップナイフの1シーンを見て生身の体にホッチキスをされたことを思い出したので、詳細に書き直してみた。
お楽しみいただけたなら嬉しいです。