男の身でありながら乳がんというのは珍しいとよく言われる。
僕自身もこの病気になったことを恥ずかしいと思わないこともないが、セカンドオピニオンを受けた腫瘍内科の先生に、いったい僕がどれくらい珍しいのかを尋ねてみると、
「臨床ではそんなに珍しいものでもないですよ」
と言われ、少々拍子抜けしてしまった。
いったい男性の乳がん患者がどのくらいいるのか、日本乳癌学会の「全国乳がん患者登録調査報告」を調べてみた。
○ 2011年次症例数(2014年1月9日現在)
【男性】219(0.5%)
【女性】48,262(99.5%)
○ 2010年次症例数(2013年1月25日現在)
【男性】234(0.5%)
【女性】47,899(99.5%)
○ 2009年次症例数(2012年2月6日現在 )
【男性】190(0.5%)
【女性】40,621(99.5%)
この統計で見ると、全乳がん患者数の0.5%が男性乳がん患者として報告されている。
但し、この数字は日本乳癌学会認定施設における調査報告なので、実際の症例数とは異なるものと思われる。
僕が手術をした病院も認定施設ではないので、僕のことは乳癌学会には報告されていないのかもしれない。
でもこれだけを見ると、やっぱり男性乳がんは珍しいと言えるのではないだろうか。
手術直後は悲しくて全摘した自分の胸を鏡で見ることができなかったのだが、1年3ヶ月を経過した頃からようやく少しづつ見れるようになってきた。
先日、お風呂に入った時に改めて上半身を眺めてみた。
この時放射線治療中だったが、全摘した左胸から脇の下まで皮膚ペンで幾何学模様に落書きされていた。
右鎖骨下にはCVポートが埋め込まれた500円玉大のふくらみと、その手術の跡がある。
左胸は胸骨から脇の下にかけて、まっすぐに15㎝程度の一文字の手術痕がある。
この頃になると傷は周りと同化して目立たなくなってきたが、あるべき所に乳首がない胸には溜息しか出ない。
病気になる前は、友達や親戚連中を誘ってサウナやスパによく行ったものだが、この傷ついた胸は知り合いには見られたくない。
妻にさえ見せたくはない。
僕はもう一生涯サウナやスパ、温泉へ行くことをあきらめなければならないのだろうか。
もし僕が温泉に行ってこの乳首のない一文字傷の胸を晒せば、周りの人たちがどのような反応を示すのかを想像してみる。
女性同士だったら
「ああ、あの人は乳がんで乳房を全摘したのね」
と、勘のいい人は思うのかもしれない。
しかし男性なら、
「あいつは何か事故でもしたのか?それとも心臓か肺を病気して手術したのか?それにしても乳首まで取るか?」
と、不躾にジロジロと見られるのだろうか。
子供が見れば目をまんまるにして口をあんぐりと開け、
「なんであの人には胸がないの?」
と泣き出してしまうだろうか。
いやいやそれは僕の考えすぎで、実際のところは軽くスルーされるだけなのかもしれない。
全摘した左胸を肩からタオルで垂らして隠してみれば、少しは好奇な視線を避けられるのでは?
・・・など、いろいろと考えてしまう。
40歳を過ぎたおっさんがまるで乙女のように胸を見せることを恥じらい、あれこれ考えるというのも情けない話だが、一生涯温泉に入れないとなると残念で仕方がないのである。