僕は手術中にセンチネルリンパ節が陽性であることが分かったため、リンパ節をレベルⅡまで廓清した。
最初の主治医の説明では腋窩リンパ節を廓清する場合、手術の傷は左胸と左脇の二本になるかもしれないというお話だったが、終わってみると左胸の一本だけで済んだ。
これは主治医の腕がよかったからなのか、それとも標準的な術式なのかは分からない。

手術直後から脇の下に本のようなものを挟んでいる感覚があって、何かの医療器具でも入れているのかと思っていたが、術後初めてシャワーを浴びるために服を脱いだ時に何も挟んでいなかったので驚いた。
この感覚は徐々に範囲が小さくなっていき、術後一年を経過した今では「一口おせんべえ」くらいのサイズになっている。

術後は、手があがらなくなることを防ぐため、事前に渡された小冊子を見ながら毎日少しずつリハビリに励んだ。
最初は肩までしか上がらなかった腕も、今では普通に上げることができるようになった。
でも左脇の下にはいつも突っ張った感じがあり、今でも脇の下の一部は感覚がない。
また日によっては痛みや不快感が出る時もある。

入院中の病棟では看護師さんにこう言われた。
「これからは術側の左手で重たいものをもったりしないでね。あと、血圧や採血、注射のときは、左手を差出さないように注意してね。」
と。
そういうことを知らなかった僕は思わず、
「それっていつまでだめなの?」
と聞いてしまった。
看護師さんの僕を見つめる大きな瞳が瞬時に悲しみを帯びた。
「ずっとよ。」
僕は絶句してしまった。
その時の看護師さんの憂いを含んだ美しい横顔が今でも忘れられない。

僕は、リンパ節を廓清したことによって起こりうる「リンパ浮腫」や「蜂窩織炎」について、勉強を始めた。
そして予防のために、以下の点に気を付けるようにした。
○ 日焼けをしないように長袖を着る。
○ 虫さされに注意し、また傷を作らないようにする。
○ 重いものを持たないようにし、毎日セルフリンパドレナージを行う。

幸いなことに、現在までリンパ浮腫や蜂窩織炎にはならずに済んでいる。
しかし当初こそ神経質になって上記のとおり予防に取り組んでいたが、今ではあまり気にしなくなった。
夕方から夜にかけて左腕がおもだるかったり、腫れたりしているような時にセルフマッサージをするくらいだ。

左肘を椅子の肘かけに置いたり、パソコンを打つ時にテーブルの上に置いたりすると、腕を圧迫してリンパの流れが悪くなるためか不快感を感じるので、会社でパソコンを打つときは小さなクッションに左腕を乗せ、圧迫感を和らげるようにしている。
また寝る時も、左腕にリンパ液がたまらないよう、小さなクッションの上に腕を置いて寝るようにしている。

病気になる前、僕はウェイトトレーニングを趣味にしていて、週に3回はジムに通ってバーベルを上げていた。
浮腫などの予防についてあまり気にしなくなったとはいえ、さすがに何キロもあるバーベルやダンベルをもう持ち上げる気にはならない。
もう一生涯ウェイトトレーニングができない体になったのか・・・と思うと、リンパ節を廓清することに同意したのがよかったのか悪かったのか、自問する時がある。
悔やんでも元には戻らないが、一年前、プロテインを飲みながら苦労して1mmずつ太くしていった腕周りが、今では悲しくなるほど細くなってしまった。