縦隔リンパ節生検が苦しい検査だということが分かってから、ブログ記事のタイトルはすでに2、3考えていた。
少々大げさめに、「恐怖!縦隔リンパ節生検で窒息体験する」とか、「あわや溺死寸前!縦隔リンパ節生検」など、読者を大いに引きつけて読んでもらおうと思っていたのだが、そんな形容詞を使ったタイトルにしなかったのは、予想していた割には苦しくなかったからである。
確かに窒息するかと思うほど息ができなかったり、激しくむせたし、咳き込んだりもした。
検査時間も「そろそろ終わってくれよー」と半泣きしそうになるほど長かったし、鎮静剤の効果なんてまるで感じられず、意識は最後まで明瞭のままだった。(ドルミカムを点滴してくれていたようだが。)
とは言っても、多くの体験ブログでは「二度とやりたくない検査だった」と締めくくられていたが、終わってみれば僕の場合はそこまで苦しくはなかった。
逆に今度胃カメラを飲む機会があれば口からやってみようかなと、返って自信を持ったほどだ。(この検査より経口胃カメラのほうが断然楽らしい。)
 
さて、前回に引き続いて検査の模様のレポートだが、布を目の上に置かれてしまったのでもう感覚の話でしかない。
マウスピースを咥えさせられてそこから気管支鏡ファイバーがゆっくり口の中へ入ってきた。
そして最初の激しい咳き込みがやってきたが、「鼻から吸って鼻から吐く」を思い出して実践してみるとなんとか呼吸を確保することができた。
例えて言えば麻婆豆腐を食べている時に赤唐辛子の大きめの欠片がのどに張り付き、激しくむせたり咳が際限なく続くような感覚かな。
もちろん呼吸ができなくなって窒息死するようなことはないようにきちんとバイタルチェックしてくれているはずだが、呼吸の自由が効かないということは一種のパニック状態に陥りそうになる。
そうなる前に「鼻から吸って鼻から吐く」を忘れずに実践できたことが大きかった気がする。

気管支鏡ファイバーは咳やむせたりするとその度に咳止めの薬を噴霧しながらどんどん肺の方へ進入していくので、一番苦しかった咳き込みは20秒程度で収まった。
目的地である気管支の左右の分かれ目に到着した後は時折「ケホケホ」といった程度の咳がでるくらいで、涙も鼻水もよだれもたらすこともなかった。(大量のポケットティッシュとそれを捨てるビニール袋を持参していたのだが、最後まで使う機会はなかった。)
 と、これまで余裕っぽく書いてきたが実は僕の緊張感と恐怖感はただごとではなく、検査時間のほとんどの間死後硬直のように全身が固まっていて、自分ではっとそれに気づいて意識して力を抜くというようなことが2~3度あった。
一度はバイタルがアラームを発し、先生が「何が鳴ってるの?」という問いに、看護師が「血圧です!」(後で確認すると180くらいまで血圧が上がっていたらしい)と確認する場面もあった。
 
ただ大学病院というところはやはり医者を育てる機関なので仕方ないとは思うが、実際の術者は僕の頭の右側にいた研修生?のような方で、僕の頭の左側の先生があれこれと指示を出していたのが丸聞こえだったのが少し気になった。
「そうそう、上手だよ。その調子、その調子」
なんていうものだから、僕の、
「鼻から吸って鼻から吐く」
の呼吸法をほめられたのかと思えば、ほめられたのは研修生の術技のほうだった。

「うん、見えたね。それを突いてみようか。」
「そこでぐるっと回さないから影になって見えないんだよ」
「そこから先はアシスタントがやるから後は任しちゃっていいよ」
なんていう指示内容がしっかり耳に入ってくるのは、あんまり気分のいいものではなかった。
そう、大学病院ってとこは全てがベテランの一人前の先生ばかりがいるところではないのだなと、改めて気づかされた。

 

それでも僕の検査を担当してくれた研修生?は優秀だったようで、指導者に怒られるようなこともなく、僕に不必要な痛みや苦しさを与えることもなかったので運が良かったのかもしれない。
検査対象のリンパ節を針で突き、まるで掃除機で吸い出すかのように吸引して採取し、出血を止めたところで検査は終了した。
吸引時の10秒ほどはまた少し息苦しかったが、リンパ節を取る時に想像していたチクっとした痛みを感じることもなく、ファイバーを抜くときは挿入した時のように大きく咳き込むようなこともなく無事に検査が終了した。
 
効かない鎮静剤のおかげで意識は明瞭だったし、眠気もふらつきもなかったので車いすはいらないですと固辞したのだが、規則なのでと車いすに乗せられた僕は、看護師さんに押してもらいながら大きな待合室の隣にある安静室へと向かった。

 

安静室は独立した部屋ではなく、検査室の廊下の一角に全部で5つほどのリクライニングチェアが並んでいて、目の前を忙しそうにナースが行ったり来たりしているようなところだった。
隣はカーテンが開けっ放しになっていて、実質的に間仕切りのない状態で、僕の隣は高齢の患者さんが点滴につながれながら「ごほごほ」としょっちゅう大きな咳をしているような有様で、とっても安静になんかできない。
それでもバイタルをモニターされながらナースコールを握らされ、万が一何かあった時のためにと腕のルートはそのままにして、
「ここを使ってください」
と、僕のリクライニングチェアを与えられた。
意識明瞭だったとは言え、全身の死後硬直状態が何十分も続いたので僕もぐったりしていたから、休憩できたのは有り難かったかもしれない。
安静室ではビニール袋に入れた服やらスマホなどの私物は頭上の棚に置かれてしまったので、約50分間ほど目の前を行ったり来たりする短いスカートを履いた美人の女性看護師の足を目で追うことくらいしかやることがなかった。
 
その後、一人でまっすぐ歩けることを看護師に確認してもらい、抜針されてようやく安静室から釈放された。
 
<安静室>

 

60代、70代と思しき方も数人見かけたが、高齢で苦しい内視鏡の検査を受けるのはホントに辛いだろうなと、つい自分のことを忘れて同情してしまった。
服を着替える時だけカーテンを閉めてもらって帰り支度をし、会計を済ませてふっと次回の予約票を見たところ、僕の知らないうちに血液腫瘍内科の教授先生の診察予約が入れられていた。
本来なら呼吸器内科の先生から病理検査の結果報告を聞いてから、教授先生に治療方針を決めてもらうはずだったのだが、
「病理検査の結果くらいワシでも読めるわ」
と思ったのか、先に教授先生の診察を受けることになっていた。
「何かの間違いでは?」
と思ったので、血液腫瘍内科に問い合わせをしてもらったが間違いないとのことだった。
 
それにしても患者の予定を聞かずに勝手に診察予約を入れるなんて、白衣の権威なのかそれとも僕の体調にそれだけ猶予がないのか・・・いずれにしてもまた会社に有休の申請をする羽目になってしまった。
 
さて、どんな結果が出てどんな治療方針が提示されるのだろうか。
診察は2017.1.17の予定で、結果や治療方針の如何によっては僕もいろいろ考えないといけないことが出てくるだろう。