「乳がんというのは癌の中でも唯一触ることができる癌だ」
というのを何かで読んだことがある。
(その時はふーん、そうなんだー)
と思った程度だったが、再発は覚悟していたもののまた癌のしこりに触れる機会が訪れようとは思わなかった。
 
鏡の中の自分を見てみる。
おでこの左側に少し赤くなったわずかな隆起が見える。
左手を左の後頭部に回すと直径2センチ程度の固くて大きなコブ状のものに触れる。
左の側頭部を人差し指で探ると、密度の薄くなった髪の毛の中におできのようなポツッとしたものに触れるが、気のせいか以前よりもにょきっと外に向かって成長したような気がする。
つむじから指の腹でまっすぐ顔のほうへ下ろすとここにもわずかに隆起したものに触れる。
左の後頭部の大きなものは別にして、こんなちっぽけなできものなんて今までの人生で何度も見てきたように思うが、皮膚科医が見ると明らかに良性のものではないらしい。
実際、頭部造影MRIの読影結果では「癌の皮下転移の疑い」と出た。
疑いをはっきりさせるには生検しなければいけないが、はっきりさせたところで症状がない限り治療方針は変え(れ)ないというのが今の教授先生の考えのようだ。
 
男性にはエビデンスの乏しい今のレトロゾールが効いてるのかどうかわからないが、この先明らかに効果がなくなった時には頭のしこりはどうなっていくのだろうか。
今あるしこりが徐々に直径、高さとともに大きくなり、数も増えてきて、頭がでこぼこになるのだろうか。
癌を放置されている方のブログを見たことがあるが、僕の頭にもいくつもの癌の毒花が咲き乱れ、腐敗臭が漂い、血液混じりの浸出液が噴き出すようなことにはならないのだろうか。
にきびやおできのように爪で搔き破ってみようかとも考えたが、取り返しのつかないことになりそうで恐ろしい。
実際には頭を痒くときでも誤ってしこりを爪で引っかけないように恐る恐るさするようにして頭を掻いてる自分がいる。
 
そして頭頂部への骨転移。
溶骨性のものだとしたら強く頭頂部を押すともろくなった頭蓋骨がぼこっと脳みその中に落ちてしまうのじゃないかと怖くなるし、造骨性のものならやはり頭の形がいびつになるのではないかと考えてしまう。
骨転移には放射線を当てることもできるらしいが、頭蓋骨の場合は正常な脳にも影響を与える恐れがあるらしく、認知症のような症状が現れることがあるらしい。
 
ネットであれこれと皮膚癌のことを調べてみたけど、メラノーマなどはよく見かけるが、しこりを作る皮膚がんのことを書いたもので有用な情報を得ることはできなかった。
癌患者のブログでは、頭皮への皮下転移を書いたものは0(ゼロ)ではなかったけど、参考になるようなものは見つけることができなかった。
 
「男性乳がんの治療はデータが乏しいため、女性の乳がんの治療に準じて行う」
という言葉はこれまでにも何度も見てきた。
確かに初発の時の術後の再発予防としてはそれでよかったかも知れない。
僕も女性の乳がん患者と同じように、ケモ、内分泌療法、放射線と3大療法の恩恵を受けた。
しかし、女性に比べると男性乳がん患者は再発した癌と戦う武器が少ないというのは再発してから思い知らされた。

日本乳癌学会の乳癌診療ガイドライン、総論(薬物療法・転移・再発乳癌の治療)を読むと、一次内分泌療法の効果がなくなれば、二次、三次と薬を変えていくようだが、TAMの効果がすでになくなった僕にはエビデンスの乏しいアロマターゼ阻害薬しか使えない。
この薬の効果がないと判断されれば、次こそ終わりのない副作用のキツいケモが待っているのだろう。
転移した乳がんは初発とは違ってHer2が陰性だったので、ハーセプチンはもう使えなくなった。
 
アントラサイクリン系、タキサン系ともに経験してきたが、経験してきたからこそあの副作用のキツさはよく分かっている。
僕は今年で45歳になるが、癌患者にしては若い部類に入り、体力も女性に比べるとあるのだろうけど、それでもあの副作用のキツさを再び味わいたいとは思わない。

EC療法は4クールだけだったからキツいと言ってもあっという間だった。
アブラキサンは体が耐えられなくなるまで打つという当時の主治医の方針で、○クール打てば終わりという目標がなく、終わりのないトンネルに迷い込んだようで辛かった。
人間というのは、ただ生命を維持するというだけではなかなかがんばれないものだ。
 
結果論だけど・・・。

結果的に再発してしまったのだから術後のケモさえしていなければ、頭髪が抜けて火星人のようにならなくてもよかったし、ヅラをかぶることも、陥入爪に悩まされることも、いまだに残る倦怠感や指先の痺れに悩まされることはなかったはずだ。
再発しなければキツいケモをやっても値打ちがあったかもしれないが、再発してしまった以上、これまで術後にしてきた治療が全部無駄になってしまったようで悔しく感じてしょうがない。
あくまで結果論なんだけどね。
 
今日、4/5は午後から会社を休んでCTを撮りに行ってくる。
ただただ生命に関わるようなところやQOLを著しく低下させるようなところに転移していないことを祈るばかりである。