診察室の中には、年齢は50代半ばくらいで頭髪には白髪が交じり、メガネをかけたやせ形の先生が座っていて、落ち着いた口調で僕に椅子を進めてくれた。
紳士的で優しい雰囲気が漂い、乳腺外科でなくても女性に人気がありそうな先生だ。
左手のモニターには前の患者のものなのだろうか、女性の乳房のX-Pが映し出されたままになっており、少しぎょっとしてしまった。
先生の卓上には僕の病院の紹介状1枚と画像データが入ったCD-ROMが置かれていた。
僕は単身赴任で転院せざるを得なくなったことなど簡単に自己紹介を済ませ、来院目的を告げる。

1 CVポートのフラッシュ
メディコンの患者カードを見せると、フラッシュにはヘパリン加生理食塩水を使うことになっているが、このクリニックにはヘパリンの準備がなかったため、フラッシュは次回にしてもらうことになった。

2 陥入爪
左足親指の左側にできた陥入爪について、今日は処置できないが、次回フラッシュの時に一緒に手術をしましょうということになった。

3 フォローについて
僕は先生に、
「僕には腋窩リンパ節に高度の転移があり、そして縦隔リンパ節に転移があった可能性があると指摘をされている。前の主治医からは再発リスクの極めて高い患者だと言われているので、それを踏まえてこのクリニックでお世話になったほうがいいのか、それとも病院を紹介していただくほうがいいのか迷っている」
と、少々失礼なご相談をした。

先生は、
「CTやPETの撮影は近くの病院を紹介している。術後のフォローについては当クリニックでも十分対応可能です。」
とおっしゃってくれた。
実は、
「あなたのような高リスクの患者さんは、きちんとした検査設備がある病院に行ったほうがいいですね」
と言われることを半ば覚悟していたのだが、先生が快く受け入れてくれたことが少し意外だった。

縦隔リンパ節の転移のことについて話が及ぶと、
「これが本当に転移だったとしたら、遠隔転移という扱いになってステージ4ということになる」
と言って、僕からすっと目線を逸らせた。
こういう人間味がある先生は好きだな。
前の前の主治医はポリシーだったのか、厳しい話をするときは事務的になり、なんの感情もなくお話をされたが、時にはそういう態度が冷たいと思うこともあった。

待合室にはたくさんの患者が待っているにも関わらず、先生は焦ったり時間を気にすることなくお話していただいので、かえって僕のほうがそわそわしてしまった。
なので、腫瘍マーカーや画像検査などの今後のフォローの話は十分できず、しかもタモキシフェンの処方のお願いすら忘れてしまった。
ま、タモキシフェンはなんとか次の診察日までもつだろうし、先生も前主治医が書いた紹介状にゆっくり目を通す時間もなかっただろうから、今後のことについては次回改めて相談することにしよう。

今日のお会計は850円だった。

まだこのクリニックでお世話になるかどうかはっきりと決めたわけではないが、先生のお人柄に加え、憧れの乳腺の専門医の診察は今までの診察と違った手ごたえを感じている。