好きだと言う人はいないだろうけど、病院、医者、注射が子供の頃から大嫌いだった。
小学校低学年の時、予防接種は毎回保健室で泣きわめきながら大暴れし、先生に押さえつけられながら注射を打たれた。
高学年になると悪知恵をつけ、問診票のどこかに「yes」をつけると、サラリと注射を回避できることを学んだ。
大人になってもそれはあまり変わらず、風邪などでやむなく病院へ行った際、先生から注射や点滴を打たれそうになると、
「すいません、ちょっと今日は時間がなくて…」
とモゴモゴいいながら後退りして逃げ帰るような始末。
一年に一回ある会社の健康診断では採血の注射が嫌で、「業務都合」を理由に毎年未受診。
総務部から目をつけられて渋々受けるようになるが、健康診断の一ヶ月前からすでに鬱状態。
こんなどうしようもない僕だったが、40歳を過ぎた頃からさすがに健康のことを気にするようになり、まず最初に長年放置していた虫歯を治療することにした。
医者の腕がよかったのかそれとも医療技術が発達したのか、かなり進行していた虫歯にも関わらず、治療中に痛みを感じることがほとんどなかった。
・・・にも関わらず、治療中は石のように固まっていたけどね。
以後、今に至るまで半年に1回の歯石取りを欠かさず行い、虫歯とは完全に縁が切れた。
歯医者の治療で痛くなかったことに自信を持った僕は、次に内科を受診した。
高血圧と中性脂肪で「要精密検査」になっていたのだ。
治療は基本的に月に一回受診して薬をもらい、たまに採血を行うくらいで、これもどうってことはなかった。
さらに気をよくした僕は、耳鼻科を受診。
睡眠時無呼吸症候群の治療を始め、それから禁煙外来で禁煙指導を受けた。
この頃になるとちょっと病院が好きになり始めていたかもしれない。
続いて時折くらっとした目眩を感じていた僕は、検査設備が充実していた地域の基幹病院の内科へ相談に行った。
耳鼻科や心療内科で検査を受けたが何ら異常は発見されず、そこで頭部MRIを受けたところ、普通の人にはないものが映っているとのことで、専門の脳神経外科の病院を紹介された。
この時ばかりは真っ青になったが、結果、何でもないことが分かり、これを内科の先生へ報告に行った。
心配していた妻が同席していたのだが、帰り間際に、
「先生、この人胸にしこりがあって時々痛がっているんですが…」
と言い始めた。
また余計なことを言う…と思ったが、先生は、
「それは一度乳腺外来で診てもらったほうがいい」
と、僕が何か言う前にパソコンでいきなり予約を入れ始めた。
そして別の日に、同じ病院の乳腺外来へ行って落ち着かない気持ちで待ち合い室に座っていると、看護師さんから外来診察室の隣の小さな「処置室」に入るよう促される。
言われたとおり上半身を脱いでベッドに腰掛けて待ってみるが、先生はなかなかやってこない。
カーテンで仕切られてはいるものの上半身裸と言うのはなかなか心細く、女性が両手で胸を隠す気持ちが分かるような気がした。
見上げると手術室にあるような無影灯があって、少しサイズは小さめだが、それでも僕をドキドキさせるには十分な効果があった。
病院を好きになり始めていた気持ちは一瞬で吹っ飛び、これまで痛い検査がなかったことで病院を少しなめていた僕は、たちまち不安と後悔でいっぱいになった。
しばらくするとサッとカーテンが開き、白衣を着た男の先生がピョコンと現れてニコッとした。
長身の痩せ型でメガネをかけ、歳は30代後半くらいに見えた。
これが後に僕の主治医となる先生との初めての出会いだった。