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2006年2月大腸がん手術

前日より個室が空いてなかったので、二人部屋に移動する。手術の怖さより手術ができることに感謝していました。手術中好きな音楽を流すと言われたので、先生が眠くならない静かな曲を選んでCDを看護師さんに手渡した。眠剤なしでよく眠れた。手術は13時より、TVで見るようにストレッチャーに乗せられて手術室に行くと思っていたら、看護師さんが迎えに来られて手術室まで歩いて行き、入り口で姉と妊婦の娘に見送られた。麻酔で眠る前に先生に「私は寝ているだけですが、先生のもてる力を出して下さい」ととんでもないことをお願いした。ICUで看護師さんに「ぶーたんさんわかりますか、今18時ですよ」起こされもう姉も娘も帰ったと思うが、これから麻酔が切れ痛み出すのだと覚悟したのだが、とにかく眠くて看護師さんが体位交換することが面倒でしかたなかった。
手術2日目、
ICUから詰め所前の部屋にベットごと移動した。酸素など管が一杯ついているので、邪魔だった。痛みはほとんど感じないてただ眠いだけだった。姉が見舞いに来て手術4時間かかったと言っていた。
手術3日目
まだ身動きができない状態だが、腰が痛くて困った。先生が来られ歩くようにと指示がでた、経鼻の管をはずしてほしいとお願いすると、歩く練習をする約束で酸素と一緒にはずしてもらった。起き上がるのだけでも大変な状態なのでへっぴり腰で1メートル歩くことがやっと
手術4日目
腰の痛みあり、ベットのマットのせいと気ずいたのでベット交換してもらう。点滴台を(ポチとなずけた)をひきずりながら、歩行する距離を伸ばした。バルーンとれた
手術5日目
ガスがでた。
手術6日目
重湯がでた。廊下に貼ってある特別メニューを毎日いつ食べれるのか楽しみにしている。点滴はずれる
ポチとは2週間いつも一緒だったので、解放され楽になった

病気や毎日の事を書いていきます

2006年1月31日S状結腸にかなりすすんだ癌が見つかり、入院、手術行う。
ステージⅢbで抗癌剤服用1年、転移?の危機も乗り越え現在5年の完治をめざしております。
マーカー値の変化や温泉療法、サプリ(ノニジュース半年、後はヤクルトのみ)ですが思い出しながら書いていこうと思います。いつもプログを読ませていただき癌の勉強をしてきましたので、お返しできたらと思っています。

2005年あまりのお腹の痛みで救急車にて搬送、CT検査受けたのですが、子宮筋腫の診断をうけ、血便の話もしたのですが、痔がありそのせいと言われました。閉経がもうすぐなのでそのまま放置することになりました。便の細さ、トイレ時間の長さ、腹痛など症状は続いていて、もしかしたらと思っていたのですが、癌と診断される怖さでそのままにしていました。(後悔してます)2005年11月会社の便検査でひっかかり、それでもなかなか病院に行くのをためらっていたのですが(再度後悔)、お腹の痛みが耐えられなくなり、大きな病院ではないが、入院施設の整っている病院で検査をうけました。

内視鏡が入ったかなと思ったらすぐに、痛みのため検査ができない状況でした。先生から癌宣告をうけ、すぐ入院となり絶食になりました。食べることの大好きなぶーたんにとってなによりもきついことでした。先生にお願いし飴(絶対に舐めきること)と乳製品の入っていないジュースのみ許可をうけました。
CT検査、レントゲンなど9日間に渡って行う。点滴のみなので体重が5キロほど減り、このままいけばスリムで退院と喜んでいたら、いきなり手術前の体力つけるためとIVH導入(体重減らなくなりました)
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