その後、
バスは更に霧の山道を慎重に上り、
熊野那智大社の
駐車場へ停まった。「ここから約400段の
石段を登るんだって。」、「
大変ですが・・・一歩一歩登りましょう。お土産屋さんがたくさんありますね。」、「この辺りで産出する、
那智黒石(炭素を多く含む泥質岩)と言われる、黒い石の彫り物が多いね。・・・碁石の黒い石●に使われるんだ。」、「こっちに、
端石を100円で売ってますよ・・・あら。この三角形の石▲が良いわ。」・・・
金さんは、記念に那智石を
購入した。・・・参道中腹で参道は2手に別れる。左手は那智大社へ、右手に進むと
青岸渡寺へ通ずる。昔は神仏習合の修験信仰の場であったが、明治時代の神仏分離令により、2つに分かれたそうだ。
由来は4世紀・・・天竺(インド)より来られた、裸形上人が開祖とされるそうだ。
中国の三蔵玄奘が、天竺より多くの仏教の経典
を持ち帰ったのが、630年頃とされる。18年かけて
砂漠を走破し
雪山を超え・・・30000kmの苦難の旅立ったそうだ。般若心経も彼の漢訳とされるのであるが・・・もしかすると、それよりの古く、
インドから
日本に仏教が伝わっていたのかもしれない。・・・![]()
まずは、那智大社を
参拝することにした。 「主神はイザナミのミコト!古代神話の世界だね。」、「神符には、
八咫烏が描かれていますよ。」・・・霧の中に、
朱色の神殿が浮かび上がるように鎮座していた。神武天皇も道に迷い、
八咫烏(やたがらす)に導かれたという。こんな霧が出ていたのであろうか
と想像する。右手には大きな楠の木があった。
樹齢約900年。平安時代、
平重盛が手植えしたものとのこと。その幹は、大人7人が
手をつながネバなら無いほどの大きな楠。
中は空洞になっており、洞内くぐりのお参りをした。・・・

豊臣秀吉が寄進したもの。
本尊は如意輪観世音菩薩(にょいりんかんぜおんぼさつ)。通称那智観音にお参りをする。・・・本堂で、
お坊さんが、ちょうど般若心経を唱え始めた。
金さんと私も、慌てて手をあわせた。・・・


六波羅蜜とは、1、布施。2、持戒。3、忍辱。4、精進。5、禅定。6、智慧。この心を持って生きるように、との説話があった。・・・![]()




