きょうも鳥の声がする。
ここは、鳥の声がよく聞こえる。
以前住んでいた処との違いは、それだ。
種類の名前はいまだわからないが、すぐ近くで見かけた赤い鳥が可愛かった。
雀よりも人周り半くらい大きさがあって、まんまるだった。
きょう午前中はずいぶんと気分が落ち込んだ。
食事作りのときは、気が落ち着かずひたすらもがいていた。
夕飯は、じぶんの食べたいものにしよう。
と、思いついたのはオムライス。
そう、母の味。
たまねぎたっぷりの。
そこからはすこしだけ気分は落ち着いた。
永遠と落ち込んでいることはない。
だから大丈夫なのではあるが
ああ、では1年後となるとどうなのだろうなと
そう、思うのである。
と、ここで鳶の鳴き声がする。
常に、小鳥の声は聞こえている。
もしかすると、わたしはなにかの変化に弱いのかもしれない。
長い休みを得ているいま、
「すべてのことには変化がつきもの。」と
幾度となく、じぶんに言い聞かせてきた。
変わることがよくないのではなく、寧ろそれは当たり前か、もっと前向きに捉えてもいいもの。
そう、言い聞かせたくて。
物も、物事も、人も、人の気持ちも。
ありとあらゆること。
当たり前にあることが、それで当然であり
そうでないときやそうでなくなったとき
焦りというものを連れてくる。
いきなり。
つい
なぜ⁉️って。
そして
何が原因なのか⁉️って。
なおかつ
誰が悪いの⁉️って。
そういったことを曖昧にすることは、わたしの生来の得意とするところだけれど
その曖昧さがじぶんを苦しめることになる、
その危険にも気がついてきた。
見て見ないふりとかね。
それは、いい影響と悪い影響といろいろでるよね。
人のことをなにか言うとき
じぶんで言いながらじぶんの胸が痛くなるときある。
ハッとするよね。
そして、自己嫌悪を産む。
隠れたくなる。そっと。
1年後、わたしはこれを読むと1年まえのことをそっと思い出すのだ。