先日、12月14日に、母が亡くなりました。
長らく咳が続き、風邪薬、耳鼻咽喉科の咳止めをもらい続け、酷い状態になるまで自力で治そうとして、6月の誕生日を過ぎて耳鼻咽喉科の先生に内科へ行くよう勧められ、レントゲンを撮り、すぐに大きな病院へ行ってくださいとそのまま検査をし、肺がんと診断された時にはすでに転移もあり、ステージⅣでした。その時余命は出てませんでした。
抗がん剤治療、栄養、いろいろ挑戦して頑張っていました。副作用、認知症の症状に苦しみながらも、ギリギリまで治ると信じていた母。少しでも長く…と、出来ることはなんでもしようと取り組みました。
年も越せる予定で、年末に家族旅行を計画しておりましたが、11月に骨折し手術。その後の進行が先生の予想よりも早く、余命1ヶ月と告げられ、本人も知り、絶望したのか既に覚悟が出来ていたのか、その後急激に容体が悪化し、連日病室に泊まり込み母のケアをしておりましたが、まるで自分の意思で逝くように、予定より早く、その時を迎えました。
明るく元気で好奇心旺盛、ゴルフ、乗馬、タップダンス、お花など、多趣味で言いたいことを言う人でしたので、周りはとても驚いてます。タバコも吸いません。
我が家の眩しすぎる太陽であり、稀に見る気丈な人でした。
その気丈さゆえだったのか…わかりません。
最後は穏やかで、安らかに、やっと眠りにつくことが出来て気持ちよさそうな、いつ起きても不思議がない穏やかさでした。
私のメイク道具で、最後のメイクをさせていただきました。
闘病で忘れかけていた美しい母を思い出すことが出来ました。
癌で亡くなった人とは思えないキレイさでした。
生前、母と親しくしてくださった方々、お世話になった方々、母に代わり心より感謝申し上げます。
病気のことも事後報告になりましたこと、申し訳ございません。
母の気持ちを尊重させていただきました。
悲しく辛い日々が続きましたが、半年間、身も心も母ファーストで、出来る限り尽くし、連日泊まり込んで寝ずに看病し看取ることが出来ましたので後悔はありません。長く離れて暮らしていた私に一生分の時間を過ごさせていただいたようにも思います。
通夜と葬儀も無事終わり、今もまだ諸々追われていて忍び悲しむのは大分先かもしれません。
またおちつきましたら、闘病のことなど書きたいと思います。
急な訃報にもかかわらず、かけつけてくださった方々、温かい心遣い、支えてくださった方々、本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。
あまりに母に集中して、要介護の父にも頑張ってもらっていましたので、次は母の代わりに父に向けて、お仕事もしながら、少しでも父親孝行していきたいと思います。
ありがとうございます



