お久しぶりの症状との対面。
義理両親と義理姉家族との食事会。
言語4カ国が混じる空間。
ベースの言語は苦手なやつ。
会う前まではさほどストレスに
感じていなかったのに(これだけでも前進)
言語が切り替わり始めてから
「あ…やっぱ無理だ」と感じ始める。
身体がその空間を拒絶してる。
胃が締め付けられて
言葉が出てこなくなって
弱い立場に置かれてる気持ち。
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ここまでのストレスは
前職の上司との馬が合わなくて
感じた時の症状と似ている。
ひとつの良いことは
上司みたいにパワハラがないこと。
同時に、言葉の武器がなくなる分
ひどく落ち込む。実力が伴わないから尚更に。
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この体感を言葉するなら
自分責めで脳内が侵されること。
自分のコントロールで
何も対処できないと思い込むこと。
他人軸でいること。
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毎日続くことじゃないから
いつもなんとなく事なきを得るけど、
それじゃなんの解決にもならないと
気づいたのが3年前。
義理家族と関わることを拒絶し、
もう関わらない覚悟もした。
そこまでしないと立て直せないくらい
なにが原因なのかわからなかったし
在り方の根本改革が必要だった。
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時を経て、精神的に回復した今、
一緒に過ごしてみてもいいかな、
と思える日が訪れた。
言語が上達しても、考え方を変えても、
変わらずに気苦労はあるし、
胃の痛むストレスだってあるけど、
“もう関わりたくない”“会いたくない”
というような極端な気持ちにはならない。
それは、
自分自身で状況をコントロールできると
思えるようになって実行できたから。
“いい妻”を演じることをやめたから。
自分軸で生きることを積み重ねた結果、
ピンチを乗り越える術を身につけた。
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今までとの大きな違いは以下。
■ストレスだと感じた時に、なかったことにしようとして頑張ってた
→ちゃんと感情を受け入れて最悪の場合は抜けることに許可をだした。
■言語を上手に話さないと自分の評価が下がると思い込み、失敗を恐れてほぼ無言
→言語をうまく話せない自分を許して、できる範囲で会話に参加。
■疲れてても楽しいフリをして笑顔でその空間に居続けた
→疲れたから別部屋に行くと言えた。
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今までなら数日引きずった
気疲れも尾を引かないのは
もう他人軸で生きていないから。
相手のせいにせずに
乗り越えられたことは
本当に大きな一歩になった。
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今回、私が得たこと。
胃がぎゅっとするようなストレスや
頑張らないとできないことは
自分の居場所ではないし、役割ではない。
積極的に距離を縮めることはしないけど、
だからといって、
人生から排除するのではなく
自分のペースで生きながら
共存できればいいと思う。
ストレスから解放される方法は
“普通の概念”に囚われないこと。
“自分の感覚”で生きることだ。
この感覚を知るために
この経験が必要だった。