終わりは、はじまり
こんにちはブログを見て下さりありがとうございます先週末の午後、繋留流産の手術をして来ました。長くなりますが次に進む為、ブログにしたいと思います。゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜【手術当日】朝8時以降絶飲食。不安でいっぱいでしたが気持ちも固まり、ポカポカ陽気で穏やかな気持ちでクリニックに向かいました。13:40 クリニック到着、回復室で着替え14:00過ぎ 術前注射と点滴看護師さんとお天気ポカポカですねーと穏やかな会話をしていたところ「痛い、いたい、いたーい……」と手術室から悲痛なお声が響きました…看護師さんと思わず顔を見合わせ…そこから怖くなり不安で涙。前の方が手術室から泣きながら戻られ、…涙も出ますよね…と、カーテン越しに思いっきり共感してました。14:20 手術室へ 手足固定→血圧5分おき→人差し指の酸素計測怖くなってきてしまい血圧上がる(笑)お腹の中の子に、ありがとうありがとうと何度も伝え目を閉じて待っていました。「peony38 さんね、頑張りましょう」そっと足にポンと触れて下さいました。看護師さん「麻酔しますねー、一緒に数えますよ。」「いーち、にー、…」意識あるよーと思ってましたが、7以降記憶なし。…お腹になーんか違和感あるなぁ…ずしーんって…と途中で思った記憶がありましたが固定されていた足を解かれたところで目が覚め回復室へ。静脈麻酔は効き、痛みや気持ち悪さもありませんでした。採卵もそうですが、体重で麻酔量を加減しているそうで、体重を正確に申告しておくと効きやすいかもしれないです!同じ時間帯に、移植の方もこの回復室を使うので、とてもキラキラした声が聞こえました。いーなぁ…でも…事情が見えないだけでみんなこの日を迎えるまでいろいろあって頑張ってるんだろうなぁ…なんの涙かわからないけど、また涙が。静かにグスグスしてました。その後は点滴、ベットで休み改めて時間を見たのが15:30。17:00まで休み、ガーゼ抜き。お会計。3日間の抗生剤と子宮収縮剤。約1万円でした。薬にデカデカと「妊娠中と妊婦は服用禁止」と書いてあるのがなんだかなー18:00前に主人のお迎えで帰宅軽食どころか夜はがっつり、アイスまで食べました。【手術翌日〜術後2日目】さすが先生の丁寧な処置によりちょっとシクシクする時もありますが大きな痛みもなく、出血が少し続く程度です。生理終わりかけくらい。高かった体温も低温期の体温になりました。食欲もあり、お寿司とかケーキとか…主人と食べたいものをたくさん食べ、短時間の買い物も行きましただーがー術後翌日もともと約束してあり断れない義家族とのお食事に無理をして行ったのですが…義母が親族に「(私には)子作りに専念して欲しい」と話しているのを聞いてしまいメンタルぼろぼろに…もちろん義母は妊娠&流産のことを知りませんがたまたまとは言え流産後のこのタイミングでねぇ…っとに…それにそんなこと私がいる場で言葉にすることに幻滅。かなりのダメージを喰らい、大泣きし主人にわーわー言ってやりましたグチをすみません。【術後3日以降〜】出血が少し増え心配になった為安静に。食べて薬飲んで休んで…かなりのんびりしてます。出血が全てできってしまえばいいな。来週術後の診察の予定です。゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜まだまだ1回目の移植で甘いんですが流産確定後ふとなんでもないことでスイッチが入り涙が止まらないことがあります。主人にはたくさん受け止めてもらい改めてその存在に感謝しましたし、普段あまり弱みを見せない私ですが、実家に帰って早く母に話を聞いてもらいたい、甘えたいと思うようになりました。ここまでの過程で教えられたことは多く、足りなかったもの、乗り越えるべきものを認識し、またひとつ強くなれる気がしています。本当はもうこれ以上強くなりたくないよー受精障害や今回の流産(枯死卵)もやっぱり私の卵の質が1番の原因かと思っています。食生活と睡眠から身体を建て直すこと(今話題のメソッド⁈)今後のクリニック、治療方法の検討など。できることを始めていきますが、生理も来てなくて今何もできないことがもどかしいです。2回生理を見送り3月か4月にまた採卵からのスタートです。気が遠くなる…でも大好きな仕事を退職してスタートした治療。この貴重な時間を大切に、また頑張ります!お腹にいた私たちの子という最強の希望であり味方と一緒に赤ちゃんをこの手に抱くまでちゃんと向き合っていきたいと思います!