人間って、特別なものが、良いことだと感じがち
そして、特別に見えるものに、どうしても目がいきがち





でも、最初から、この世に、生まれてきた時から
一人一人が、特別な存在として、この世に産まれてきた





それを、忘れてしまうと、自分の存在価値も、何もかもが、無価値のように感じてしまって





人がやってることや、人が素晴らしいっていう思考になってしまう




この世に生まれてきただけで、素晴らしく特別な存在である



だから
仕事も
どんな仕事でも
その人が、尊いから
尊い人がやるから
素晴らしくて価値がある


それは、自分が自分で、感じればそれで良いし



人に認めてもらうとか
そんな必要は、全くない



私は、ずっと、この特別を追い求めて
特別そうに見える人から、何かを、与えてもらえるんじゃないか?って勘違いしてた




でも、この数年の間に、何人かの、特別かも?と思う人と会ってみたけど




残念ながら
どこまでいっても、人間は人間であって
上も下もなかった



同じようなことで悩み
同じようなことで苦しんでた



逆に
同じような事で喜びを感じ
同じような事で幸せを感じてた




昔から、人についていくな
教えに忠実にということを
言われてきた





それは、人間は、どこまでいっても
人間である
から




上や下を作るから
ややこしくなる


これは、命の尊厳みたいなことかな




尊い人が作るから
ご飯も尊いものになる



掃除のお仕事でも
レジ打ちだったとしても
全てに価値がある




あーなりたい
こーなりたいも
大切だけど



でも、本当に大切なものを、魂のレベルでわかっていたら


道に迷わない



一人の人に完璧を求めると
無理が生じる
だって
完璧は、存在しないから

コンピュータで書いても円◯は、完璧に書く事はできない


線でもかけないらしい



だから、不完全であることに
自信を持ち




完璧じゃない、不完全な私である事に、オッケーを出すことが


とても大切だと思う



心が、ワクワクしなくても
ときめかなくても



大丈夫!!!



たんたんと生きることの大切さを
このコロナで
心から学んだ






昨夜、運動不足の息子と、公園に、連続前まわりの練習に行ってきた照れ

私は、出来ないので、口出し専門!笑


このコロナの自粛期間で、体力も落ち、生活も乱れまくってしまった

勉強も、ろくにしていない


ふと、不安になるけど

心の底では

子供の力を信じてる自分もいる



どんな、大変で、最悪と思われる時期があったとしても


それを、その子なりに、乗り越えていける力を持っているということを
私は、心の奥深くで信じてる



だから、塾にも行かさない



体の機能が弱くなったとしても
クラブができなくても
学力の遅れがあったとしても




全て大丈夫しかないチュー


しかし、連続前まわりが出来ないwww


それも、思い出だし、頑張りたいなら、頑張ればよいウインク