「らんまん」を観ました。

明治22年に、文部大臣の森有礼を失った文部省は、学校制度改革の名目で、明治23年田辺教授の勤めていた女学校を突然廃止しました。


明治24年には、田辺教授は、

帝国大学の教授及び教頭を辞めさせられました。


「あさが来た」

のあさの銀行に、

成澤泉が訪れて、

「女子の教育に、関心は、おありですか?

私は、日本で初の女子の大学校を作ろうと思っております。」

と、言いました。

「驚いたことに、3年ぶりに帰国した日本は、女子教育が進んでいるどころか、女は家庭、学問等必要ないという風潮が、以前より高まっております。女学校の数も減りました。」と、言いました。


同じ頃だったのかな?と、思いました。


あさが、女子の大学校を作るお手伝いをしたのは、

よっぽどの覚悟と信念がないと

出来なかったのだと、

2つのドラマを観て

始めてわかりました。

「先生のお書きになりはりましたおなごの教育についてのお考えには、

びっくりぽんだす。

どないなお手伝いが出来るか真剣に考えてみよう思います。」

と、言って、それから、本当に実現したなんて、凄い❗️と、思いました。